第37話
「敵襲だと?!」
行軍を止め、兵士達はすぐに武器を取る。アイザック達も武器を構えると死角を作らないように陣形を組み辺りを見渡す。
「ここで奇襲とは、随分思い切った事をするねえ」
「おいモニカ!! 感心なんかしてる場合か!! 敵の数が分からないしどこにいるかもサッパリなんだぞ!!」
苛立たしげに言い放つアイザック。するとテレサが「見て!! あそこ!!」と指さした。アイザック達が一斉にその先を見ると、遠くの木々の上から大勢のレッドゴブリン達が矢の雨を後方の部隊めがけて降り注がせていた。彼らの放つ矢の先には小さな炎が灯っていて、それが荷車や馬に突き刺さると燃え上がる炎の威力をさらに増している。
「クソッ!! 奴ら補給部隊を狙って!! 食料を消す気か!?」
「だろうな畜生!! だがこっからだと遠すぎるし今更行っても手遅れだろうよ」
「ロバートの言う通りね。それにあんな高い場所、弓兵でない私達ではどうしようもないわね」
アイザック達はただ悔しさを遥か後方に広がる地獄絵図にぶつけることしかできなかった。すると前方から馬に乗って鬼の形相のままやってきた兵士が「何をしている?! 早く奴らを殺しに行け!!」と怒号を飛ばした。弓を扱わない兵士達は行っても無駄死にするだけだと反発し、中には怯えきった兵士も現れる始末だ。
「大体あんな高い所、剣でどうしろってんだ!! いたずらに兵を減らすだけだ!!」
「ならば弓兵と共に動け。弓兵が死ねば貴様が代わりとなって戦えばいいだけのこと。それに魔道の心得を持つ者もいるだろう、彼らならあの高さの敵もどうにかできよう」
馬鹿げてる。アイザック達も含め多くの兵士達がそう思うが、その中でも助けに行こうとする兵士が少数だが現れた。だが彼らの決心は、向かってくる馬と荷車によって粉々に打ち砕かれた。炎と化した馬達が燃え盛る荷車を引きまわしながら人々を次々と亡き者にしていたのだ。加えてゴブリン達の攻勢もとどまるところを知らない。被害は一方的に拡大していくばかりだ。
やがて補給部隊の壊滅的な被害が誰の目にも明らかになった頃、ゴブリン達は撤退を始めた。ほぼ時を同じくして、前方の正規兵と思わしき兵士達が弓を抱えて彼らの追跡を始めた。それを見た兵士達の中から、奮い立たされたのか、あるいは気でも狂ったのか彼らに続き追跡を始める。
エドウィンもまた近くにいた兵士から弓と矢をぶん取り、彼らに続こうとした。だが彼の勇気はモニカのパンチによって防がれる。
「何をしやがるモニカ!! 奴らは今俺達に背を向けているのだぞ?! みすみす逃すというのか?!」
「普段の冷静なあんたはどこいった?!! この森がどんな場所で、街道を外れるのがどれだけ危険なのか忘れたのか?!」
怒りに震えるエドウィンの顔には深い皺がいくつも浮かび上がっている。だがモニカは彼を行かせまいと仁王立ちしている。やがて彼は手に持っていた弓を地面に投げつけると、感情をぶつけるように額をガシガシと掻きむしった。
同時に、ゴブリン達が逃げた方角からまるで様々な獣の咆哮が混じったようなおぞましく低い声が響き渡った。それは追跡に向かったであろう兵士達の悲鳴を飲み込み、木々を揺らし葉を吹き飛ばす。立ち尽くしていたアイザック達に届くと、その場にいた誰もが恐れおののき、中には尻餅をついてしまう者もいた。エドウィンはこの時、命があることを実感してしまった。
「……すまん、俺としたことが」
「まったくだ、しっかりしてくれよ。あんたが殺したいのは魔族だが、ゴブリンよりも魔王を殺した方がよっぽど憂さ晴らしになるだろ?」
「……返す言葉が無いのがもどかしい」
エドウィンは下唇を噛み、手で眉間を抑えている。彼は疲れたように地面に座ると土を一握り掴み、地面に叩きつけた。
「しかしこれではっきりしたな。相手はどうやら一筋縄ではいかないらしい」
「でしょうね。それにきっと、魔王は狡猾でとんでもなく嫌な奴に違いないわ」
テレサの言葉を皮切りにみな口々にウールをひどく言い始める。彼女の知らない所で、彼女の評価は勝手に底を突き破るほどに最低なものとなってしまう。
最悪のレッテルが貼られてしまっているなどウールは当然知る由も無く、彼らが進軍している間ずっと、迎撃の最終調整を行いつつ館でのんびりと暇な時間を享受していた。
♢
「ふあぁぁ~~……。なあベルム、グルト達はまだか? さっきから眠気がひどいのだが」
「ええ……。彼ら今滅茶苦茶頑張ってるんですから我慢してくださいよ……。それに『奮闘している配下の報告を無視してぐっすり眠るなどあってはならん!!』とかさっきまで言ってたじゃないですか」
「そうではあるが思ったよりも帰りが遅くてな。……ベルム、今の私なら数秒で夢の中に行けるぞ!」
「なにちょっと誇らしげに言ってるんですか……」
陽はとっくに沈み、窓から入る月の光がウールとベルムのいる部屋を照らしていた。ウールは既に寝間着に着替えてふかふかのベッドに入り、いつでも夢の中に行ける状態だ。ベルムは鎧姿のまま傍に置いてある椅子に座り、グルトの報告を今か今かと待ちわびていた。
今この静寂に包まれた館で起きているのは警備の兵士意外にはウール達ぐらいだ。残りの兵士は明日に備えてぐっすり眠るよう指示を出してしまったので誰も起きていない。そのせいか物音もほとんどなく、月に照らされた海の音が窓から聞こえ、その心地よさが余計に眠気を誘う。
ウールはもう一度大きな欠伸をすると、ゆっくりと、まるで見えない手で押されているように起こしていた体を横にしてしまう。そして恐るべき睡魔に敗北を喫したちょうどその時、廊下の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえ、かと思うと扉が勢いよく開かれた。
「ウール様! ベルム様! 大成功ですよ――」
「あ~グルト、皆が眠っているので静かにしてください」
「あ、すいませんつい。……魔王様もお休みになられているのですか?」
グルトが覗き込むようにベッドを見るとベルムは否定する。だが妙に静かだと違和感を感じ彼がもしやと思いベッドを見ると、幸せそうに涎を垂らしながらぐっすりと眠るウールの姿があった。「んふぅ~」と気の抜けるような声を漏らす彼女の寝姿は可愛らしいもので、思わず親心に近いものを掻き立ててしまうほどだがそんなことは今のベルムには関係ない。
ベルムはにへら顔のまま眠るウールの体を何度も揺らし、ついには頬を何度もペチペチと叩きながら「起きてください!」と呼びかける。
「……なんだうるさい。私は起きてるぞ」
「よくそんな白々しい嘘を吐けますね」
「うるさいうるさい。まあそんなことはどうでもいい。で、グルト。戦況は?」
「……え? あ、はい! 狙い通り敵の補給部隊へ大打撃を与えられました。あの様子ですと恐らく壊滅しているでしょう。そして敵は混乱、さらに撤退する我々を追跡し、よりにもよって敵は近くに来ていた『森の天災』と呼ばれる魔獣と戦闘を行っていました」
魔獣は魔物よりも動物に近い存在であり、長い年月による進化、あるいは幾重にも渡る異種交配により生み出されてしまった存在とされている。だが実際のところどうであるかは、彼らの持つ危険性から誰も研究しておらず、まだ力を持っていた頃のウールでさえも自然発生した彼らについては「扱うのが面倒だし割に合わん」といって相手にしなかった。もっとも、城からあまり出なかったという方が彼女には当てはまるのだが。
そんな魔獣の一種である『森の天災』と呼ばれる存在は、レッドゴブリン達が扱うのはもちろん、彼らが束になっても到底歯が立たない。なので実際に姿を見たことがある者はほぼおらず、彼らはその魔獣の気配、あるいは鳴き声を聞いただけですぐに避けるようにしている。
「え~っと、その『森の天災』とやらを私は知らんのだが、まあとにかく大損害を与えたのだな?」
「はい、そしてこちらの被害は皆無に等しいかと」
「うむ、そうか。よくやったぞ」
そう言うとウールはベッドからピョンと出てグルトの前に立ち、右手を高く上げた。
「……何やってるんですか魔王様?」
「ん? ああそうか、知らなくて当然か。いやな、村にいたころ人間達から教わってな」
ウールは左手でグルトの腕を握り高く掲げさせると、彼の手のひらで自分の手のひらをバチンと叩いてみせる。
「相手を称賛したり喜びを分かち合う時にこうやって手のひら同士をたたき合うといいらしい。何でそうなったかは知らんが、結構気持ちがいいものだからやってみたくてな」
「はあ……」と困惑しているグルトをよそに、ウールは「ではやろうか」といって右手を再び高く掲げる。グルトも同じようにすると、互いに手のひらをバチンと叩いた。称えるような明るい笑みをウールはしてみせ、彼もつられて笑顔をみせる。
「さて、気持ちも晴れたし今夜はもう寝るとするか。グルト、本当にご苦労だった」
「勿体ないお言葉、きっと他の奴らも喜びますよ。では魔王様、良い夢を」
グルトが嬉しそうに部屋から出るとウールはベッドにもぐりこむ。
「良い夢、か。私は見れそうだな」
「どういう意味――。ああ~……メアリスのことですか」
「フフフ……。奴らが一睡もできず、もし寝ようとしてもメアリスの奏でる
「……随分な言い回しですね」
「うっさい、いいからベルムも明日に備えてさっさと寝ろ」
そう言うとウールは横になり寝がえりをした。そして数秒後、夢の中に落ちた。ベルムはあまりの即落ち具合に呆れながら、ウールの体を撫でて部屋を出た。
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