第33話

 一波乱も二波乱もありながらクレアの案内でウール達はようやく館へと着いた。中に入ると傭兵達が右往左往していたが、ウール達に気づくと何事かと思い動きを止める。そしてクレアが近くにいた傭兵に事情を説明すると、傭兵は飛び上がりそうなほど驚き奥へと走って行った。


 数分後、傭兵が慌てた様子でリチャードとがっしりとした中年くらいの男を連れて戻ってきた。男は栗色の髪を後ろで結び、額や頬、目じりにしわが刻まれている。また彼の服装は豪勢な館に似合わない泥臭さを感じさせるもので、右ひじの辺りには血の滲んだ包帯が巻かれていた。


 そんな不釣り合いな服装をしているのは彼だけでない。リチャードももちろん、館にいる他の傭兵達にもそうで、腰に巻いたベルトに剣をさげている。何かしらの傷を負っている者もいて、そうでない人々を探す方が難しいほどだ。領主処刑後、この街で何が起きたかは辺りをちらと見たウールでさえ容易に想像がついた。


「話はこいつから聞きました。俺はベン、といいます。今はこいつらの指揮を執っています」


「そうらしいな。あとお前、格式ばったことが苦手だろ? 言動がちぐはぐだぞ」


 ベンはギクリと驚き、気まずそうに腕組みをした。見た目からしてこの場にいる中で一番年上のようだが、苦笑いを浮かべながら頭をかく仕草はどこか人懐こさを感じさせる。ウールが「かしこまらなくていい、私もそのつもりだからな」と言うと彼は少し気恥ずかしそうに野太い咳ばらいをした。


「ベンがこうなのも仕方ないさ。俺達の中で一番強くて頼りになるって理由でリーダーなったんだからな」


 リチャードがそう言うとベンは「それを言うか」と困ったように彼を小突いた。するとグルトが同情するように頷き少し前に出る。


「ベンと言ったか。俺も似たような経緯でリーダーになっているからな、お前の気持ちよくわかるぜ」


 魔族に慣れていないせいか声をかけてきたグルトにベンは一瞬体を引いてしまうが、これは失礼だとすぐに気を取り直して彼と話し始める。二人は次第に苦労話をしだし、ウール達を置いて意気投合してしまう。このまま放っておいたら日が暮れるのではと危惧したウールは、厚い扉越しでも聞こえそうなほどの咳払いをし無理矢理会話を止めさせた。


「おしゃべりをしにここに来たのではないぞ?」


 しつけをする親のようにここに来た目的を二人に強調すると二人は萎縮してしまう。そんな二人をよそにウールはベンに話ができる部屋に案内するよう言う。彼は申し訳なさそうに謝り一行を奥へと案内しだした。その時の彼の背中はウールよりもずっと大きいのになぜか小さく見えた。





 案内された部屋はこれまた豪勢なつくりで、触れるのさえ躊躇するような豪華な暖炉や風景画、天井には落ちてきたら大惨事になりそうなほどの、巨大で余すことなく趣向の施された照明が吊り下げられている。ウールは部屋を見渡しながら改めて死んだ領主を心の中で軽蔑していた。


「来客を逆なでする為に作られたとしか思えない奴の肖像画が無いだけで、こうもマシになるのだな」


 部屋の中央に置かれた光沢のある長テーブルを撫でながらウールは言う。傭兵達が笑うのをよそに、滑らかな感触を指先で感じながらベンよりも先に椅子に座った。


「全くだ。だから奴を処刑する時はそりゃもうすごい盛り上がりだったぜ。聞くか?」


「豚の解体作業なんぞ聞いても何の足しにもならん。それよりもこれからどうするかをさっさと話し合おうではないか」


 指でトントンと机を叩き催促するとベンは「ああ、すまんすまん」と向かい合うように座る。彼の隣にリチャードが座り、ベルム達も彼らと向かい合うように座った。


「さて。確認だが、お前達は我々魔族と手を組んでもいいと考えているのだろう?」


 互いに簡単な自己紹介を済ますとウールはすぐに本題に入った。余計な駆け引きなどごめんで、ここに来た時からずっと対策に時間を費やしたいという思いに変わりないからだ。


「もちろんだ。王国を迎え撃つのに俺達だけじゃとても不可能だ。それに、あんた達はこの街を救うのに手を貸してくれたしリチャードとクレアを助けてくれた。だから信頼できるし断る理由も無い」


 ドンッ! と自信満々に答えるベンからウールは視線を外しリチャードを見た。彼は過剰ともいえるようなベンの自信に少し辟易へきえきしていたが、その強いまなざしから彼も同意見だと言いたげだ。


 対するウールはどうでもよさそうに肘を机に立て、ふうんと右手に頬を乗せていた。その時ふと、初めてクレア達と出会った時の事が頭をよぎった。


「……そうか、まあこっちも現状だと我々だけでは無理だろうからな。それで、お前達の兵力はどれくらいだ?」


「戦える奴はざっと三千くらいだ。だが王国軍は仲間の報告だと一万を超えるらしい。あんたらはどれくらいだ?」


「一万、いやそれ以上か……。こっちが出せるのは四千ほどだ。だから数でかなり不利なのには変わりない」


 するとベンはウール達の持つ兵力がどのようなものかを訊ねてきた。ウールは少し躊躇してしまうが、ベルムが頷くのを確認すると、すぐにどういった特徴を持っているかを彼らに説明した。その中で彼らはワイバーンに大変興味を持っていたが、数を言おうとしたところでグルトに口止めされてしまう。


「ワイバーンの数はあまり晒したくない。それと、無敵の存在のように思ってもらっているらしいが実際はそうじゃねえ。刃で突き刺されると当然皮膚を貫くし、ドラゴンみてえに火を吐いたりはしない。あんたら人間には違いが分かりにくいと思うが、ワイバーンとドラゴンは似てるようで全然違う。犬と狼のようなもんだ」


「だが空は飛べる。これだけでも十分強いと思うが?」


「ああそうだ、それに身体能力も高いから俺達のワイバーンが強いのは間違いない。だが英雄一人では戦争をどうにもできないのと同じで、ワイバーンがいるからといって勝てるわけじゃねえ。過度に期待されていたずらに消耗されるのはごめんだ」


 エイリーンもグルトに賛同するように頷く。彼女もまたかつてはベン達と同じような認識だったが、今乗りこなしているからこそその違いをハッキリ理解しているからだ。ワイバーンについて知らないベン達は完全に理解しているかは疑わしかったが、一応の理解を示している。


「まあワイバーンを使うなとは言ってないから戦果は期待していいぞ。それよりもまずは敵との数をどうするかだ」


 ウールは額を指で押しながら目をしかめ、どうしたものかと考えを巡らす。正面切って戦うのはまずありえない。となれば奇襲だがどうすれば効果的であるかだ。光すら無い迷宮に迷い込んだようにどん詰まりになり、難しい顔をしているとベルムが街周囲の地図を見せるように言った。ベンから地図を受け取ると机に広げ、全員が問題を解くように地図とにらめっこしながら頭をひねる。


「ちょっとお聞きしたいのですが、この森を一万以上の大軍が抜けるのにどれくらいかかりそうですか?」


 ベルムが指さした場所はウール達がここに来るまでに通った森だ。ポルーネのそばの平原を抜けるとすぐに森が広がり、地図を見る限りでは必ず通らなければならない場所だ。


「大軍を指揮したことないから実際のところ分からねえが、普通に行けば二~三日はかかるだろうな。強行したとしても一日は森で夜を越すだろうよ」


 顎をさすりながらベルムは静かに独り言を漏らしている。他の全員が策があるのかと期待のまなざしを向けていると「集中できないのでやめてください」と注意され、しゅんと小さくなってしまう。それをよそに彼は次に街の地図をベンに要求した。そして地図を受け取ると唸りながら入り組んだ街の道を指でなぞっていく。


やがて彼は両手を机に置き、ほうと一息ついて天井を見上げた。ウール達はさっきされた注意をもう忘れて再び期待のまなざしを向けている。


「……奇襲をしかけるにはやはりこの森が一番よさそうですね。ここで敵の士気を下げれると戦いを優位に運べそうです」


「なるほど! 士気を下げて敵が崩れているところを一気に叩くというわけだな」


 ベンはそうだろうと言いたげに見ているがベルムは首を横に振る。考えが外れて少し不機嫌そうにしている彼が口を開く前に手を前に出して制止させる。


「吾輩が考えているのはそれだけではありません。まず森で奇襲を行い士気を下げる。そして勢いを失った敵をこの街で」


「ちょっと待て! 街を戦場にする気か?! 一体何考えてんだ! それなら外の平原で向かい撃てばいいだろ!!」


「いえ、それは無謀だと思います。敵は傭兵を多く雇ってはいますが正規の兵もいます。そして奇襲を行ったからといってこちらが数で優位になるとは考えにくい。そんな状態で寄せ集めの吾輩達が正面から向かい合えばどうなるかは分かるでしょう。それなら街で待ち伏せし、分散した敵を各個撃破する方がいいでしょう。地図を見た限り、この街はかなり複雑なつくりですから効果的だと思います」


 リチャード達は苦しそうに互いを見ると言葉が出なくなった。ベンもまた彼の言葉を聞いて最悪の事態が頭をよぎったのか目をつむり低く唸っている。やがて彼は息を大きく吸うと、覚悟を決めたように大きくごつごつした手でドンと机をたたいた。


「あんたの考えは分かった。だが街への被害はどうするんだ? 住民たちは? どこに避難させる? そもそも奇襲といっても内容はどうなんだ?」


「それを今から話し合うのでしょう?」


 ベルムがさも当然のように言い放つとベンは狼狽し彼の茶色の目が慌ただしく泳ぎだす。それを横で眺めていたウールは面白がるようにニヤニヤと笑っていた。

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