第11話
「おい待て、さっきなんて言った?」
「は? 何ってプレッシャーが――」
「それってつまり、こいつが魔王だって意味か?」
ウールがベルムを指さしながら訊ねると男は当然のように頷き、仲間たちもうんうんと頷く。ウールはショックのあまり頭を抱えながらしゃがみ込んでしまい、ベルムは慰めるようにウールの背中を撫でた。男は半信半疑で魔王かどうか訊ねるとウールは消え入るような声で「そうだ」と返事をした。
「ベルム、私はそんなに魔王に見えないのか?」
「ではここにいる人間全員に聞いてみましょうか。私が魔王だと思ってた人は――」
「聞かなくていい!」
満場一致で人々が一斉に手をあげる。
「お前らもバカ正直に答えるな!!」
「いや~まさかこうなるとは予想外ですね」
ウールはすっかり自信を無くしどうすれば魔王に見えるのか死んだような顔で考え込む。「角でも付ければいいのか? それとも仰々しい鎧を着て……」と独り言をぶつぶつと言いながら手で角を作ってみたりと試行錯誤を繰り返している。その姿がこれまでの自信に満ちていた姿とはあまりに落差があり、誰一人声をかけることができずにいた。
「あの~魔王様、そういうのは後にしてとりあえずあの男の話を聞きませんか? というより今すぐやめてください、見てるこっちが辛いです」
すっかり意気消沈していたウールは曖昧な返事をするとふらふらと立ち上がった。頭をぶんぶんと振って気を取り直すとすぐに元通りになり凛々しい表情をしていた。
「で、私達をどうする気だ? 仇でも取るのか?」
「切り替え早いな……。まあそんなところだ。ついでにお前らを殺した後、適当に村の物を取るつもりだ」
男が剣を抜くと彼の後ろにいる男達も続けて剣を抜く。村人達は恐怖し悲鳴をあげながら逃げ出してしまい、ウール達二人はポツンと取り残されてしまった。それを見た男は剣を向けながら「命乞いをするなら今のうちだぜ」と早くも勝ちを確信しているかのように吐き捨てる。
するとウールは考える時間を男にダメもとで求めた。男は余裕からかあっさりと許し、ウールはベルムに身を寄せると小さな声で相談を始めた。
「ベルム、この数相手に勝てると思うか?」
「正直言って厳しいですね。半分くらいならどうにかできると思うのですが」
「う~ん……。今の私ではさすがにそこまで減らすのは厳しいな」
顔をしかめたままウールは何となく『ファイア』を発動し確かめるように手を何度も握る。男達は驚き何人かがオラオラと声を荒げながら襲おうと走り始めた。
だがウールが「うるさい! ちょっと黙ってろ!!」と子供を叱りつけるように言い放つと、彼らは尻込みし素直に後ろに下がっていった。
「接近戦だと前の二の舞になるし、かといって剣を使うのも微妙だな。魔法は……、まだ発動に少し時間がかかるからあの数だと物量で押されるか」
「はっきり言ってこの状況、完全に詰んでますね。せめて魔王様の火球が二個ずつ作ることができたら――」
その時ベルムの横が急に明るくなった。何が起きたのかと思い振り向くと、ウールの両手の上でぐらぐらと音を立てながら火球が浮き上がっていた。ウールは時が止まったように瞬きもせず火球をまじまじと眺めている。
「……できた」
口をポカンと開けたまま固まっているベルムをよそにウールは男達に向かって火球を放つ。先頭にいた二人の男の股にそれぞれ一発ずつ命中し、彼らは白目を剥いて気絶した。近くにいた男達が倒れた二人の服に燃え広がる炎を消そうと慌てふためいている。
「威力も十分あるようだな」
「威力があるというか弱点に当たったからああなったのでは……」
「そうなのか? ならばもう一回試してみないとな」
ウールは再び両手に火球を作り出すと男達が短い悲鳴をあげながら後ずさりする。するとリーダーの男が前に出て「不意打ちは卑怯だ」と訴えた。
だがウールは動じない。どころか「お前らこそ数で勝っているから卑怯だぞ」とキッパリ言い返す。そして男がもっともらしそうに頷くとウールは自分が正しいといわんばかりにニヤリと笑いながら首をかしげる。
「お互い卑怯なら卑怯ではないよな? だったら遠慮なくいかせてもらおう」
「は?――」
男が疑問に思った時には既に目の前に火球が一つ迫っていた。思わず目を閉じ顔を動かす。
奇跡的に避けられた。だが後ろにいた男が不幸にも顔に攻撃を受け気を失った。
これが戦闘の合図となり誰かが荒々しく声をあげる。既に四人が再起不能となっていたが男達は恐怖と怒りが交じったままがむしゃらに二人に向かって走り出す。
「魔王様、援護お願いします」
「言われなくても」
ベルムは仮面を脱ぎ捨てフードを取ると男達を迎え撃とうと走り出す。一方の男達は素顔を見せた彼の姿に驚きさっきまでの威勢が吹き飛ぶ。
小動物のように一瞬怯む彼らにすかさずベルムが斬りこむ。加えてベルムの背後からウールの魔法が投石機から放たれているように容赦なく降り注ぐ。彼らはそんな状況を前に理性や冷静さを失っていく。
隙だらけの彼らをベルムは鮮やかに倒していく。彼を相手にするのが精いっぱいで誰もウールを相手にする余裕がない。
そのせいかウールは魔法を放つだけの単調な作業を繰り返していた。すると気が抜けたのかウールは思わずあくびをする。その拍子でうっかり放った火球がベルムの後頭部めがけて飛んでいく。
「ああまずい、ベルム避けろ!」
「え?――」
振り向いた時には目の前まで火球が迫っていた。あまりに唐突の事で考える暇など無い。
ベルムは咄嗟に剣で防ごうとした。火球は音を立てながら風船が割れたように炎をまき散らす。まるで生きているように炎が宙を舞う。そしてどういう訳か彼の剣に巻き付くように燃え上がる。
「こ、これは……」
刃から炎が噴き出しているようだった。ベルムは見惚れるように燃える剣を見る。彼だけではない。その場にいた誰もが目を奪われ動きが止まったのだ。
「あ、あんなのただ燃えているだけだ!」
一人がそう叫び、ベルムに斬りかかる。だがベルムはすぐさま弾き飛ばすように剣を振る。
剣と剣がかち合う。
キィン……と軽快な音だけが辺りに尾を引くように響き渡る。
勇みよく攻撃を仕掛けた男の剣は無残にも真っ二つに折れたのだ。
音が次第に小さくなる中、意味が分からなさそうに男は手に持っている折れた剣を凝視していた。そして彼が恐る恐る足元を見るとすぐ横の地面に剣先が突き刺さっていた。
「怯むな! たまたまに決まっている!」
リーダーの男が自分に言い聞かせるように叫ぶとベルムに斬りかかる。対してベルムは叩き落とすように剣を縦に振る。
男の剣が真っ二つに折れた。
男は恐怖で腰を抜かして倒れ、地上に釣り上げられた魚のように口をパクパクと動かす。
一方のベルムは不思議そうに剣を自分の顔の近くに寄せて眺めている。顔は炎で照らされ、ただでさえ怖いのに影がより濃くなり恐ろしさが増していた。
ふとベルムが視線を男に戻すと、男の恐怖はついに最高潮に達した。彼は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、その後ろを男達が今にも倒れそうなほど危ない走り方で追いかけていったのだ。
「意外と何とかなるものだな」
逃げる男達を見ながら二人は服に着いた土埃を払う。すると突然、隠れていた村人たちが歓声をあげながら二人のもとへ走ってきた。その中に涙目でウールの方へ走ってきているクレアがいた。彼女は少し引いた顔をしているウールを決して離さないようにギュッと抱きしめる。
「ウールちゃん大丈夫?! 怪我はない? もしどこか痛いならすぐに言って!」
「今抱きしめられているのが一番痛い……」
ウールの意識が遠のき、ついには魂が抜けたように口をポカンと開けたままガクリと首を曲げた。驚いたクレアは慌てふためきながらウールの体をぶんぶんと揺らしはじめるが、ベルム達はこれ以上すれば本当に死んでしまうと思い、何とかクレアをなだめようと必死になっていた。するとウールが意識を取り戻し、げっそりとした顔のままクレアの胸にポフンと顔をうずめるとようやく彼女は落ち着きを取り戻した。
その夜ウールとベルムは村長の家で盛大にもてなされた。酒や料理が振る舞われ大勢の村人が入れ代わり立ち代わり訪れ、てんやわんやの大騒ぎになった。だが時間が経つにつれ人々の二人に対する歓迎が熱を極め、段々とやりたい放題となり始めていた。
そして当の二人は酒が飲めず、すっかり酔っぱらっていた人々に唖然としたまま食事を黙々と食べているだけだった。
「感謝されるのは嬉しいのだが、こいつらこんなに盛り上がって明日大丈夫なのか?」
ウールが呆れたように冷めた目で人々を眺めている。ベルムも同じように眺めており、二人は同時に水を飲んだ。
主役である二人が帰った後も宴会は遅くまで続いた。
そして翌日、二人の不安はものの見事に的中した。村人の多くが二日酔いで辛そうにしており、クレア以外のキャラバンの人々もひどい二日酔いに苦しむことになった。
その日は村を発つ予定だったが急ぐ理由もなく、またオリヴァー達の体調がかなり優れていなかったことから出発は次の日に決まった。
それがウール達に危険をもたらすことになるとは知らずに。
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