第12話

 翌日の朝


 ウールとベルムが眠っていると、扉を吹き飛ぶのかと思えるくらい勢いよく扉を開きクレアが中に入ってきた。ベッドでスヤスヤと眠っていた二人は飛び起き、ベルムは勢い余って床に転がり落ちる。ウールは寝ぐせがあちこちついてぼさぼさになっている頭を掻きむしりながら、不機嫌な様子でクレアにどういうつもりなのか訊ねた。


「すぐに逃げる準備をして! ウールちゃんを捕まえに来た王国の兵士達が村の入り口まで来ているの!」


 それを聞いた途端、ウールはすぐに窓から外を睨むように見た。ウール達が泊っている家は幸いにも村の奥の方にある少し丘になった場所に位置しており、入口あたりは目を凝らさなければよく見えないくらい離れていた。





 同じころ、村の入り口にて


 50人は優に超えているだろう大勢の兵士達が言葉を発さず、圧力をかけるように村人と向かい合うように立っている。不安な面持ちで向かい合う村人達。その中をかき分けるように村長とオリヴァー、そしてリチャードがひどく動揺した様子で現れると兵士達の前に出て何事か訊ねた。


「この村に魔王がおり、しかも匿っていると報告があった」


 兵士達の後ろの方から鼻につく、高慢ちきな声が聞こえてくると兵士達が規律よく道を作る。そこから真っ新な白金の鎧に深い紫色のマントを着た男が、見下すように顔をフンとあげたまま馬に乗って村人たちの前へと進んで来る。彼の隣には勇者がまだ若くみずみずしい自らの肌にしわが刻まれるほどの険しい顔で歩いていた。


「どこにいる? 答えなければ貴様ら全員、国への反逆とみなし処刑することになるが?」


 男は脅すように剣先を煌めかせ村人たちに向ける。だが村人たちは不安と戸惑いの混じった顔をしたまま誰も答えようとはしない。息苦しい空気がしばらく続く。ついに男は堪えきれなくなったのか額に血管を浮かばせると剣で空を斬ってみせた。それを合図に兵士達が一斉に剣を抜く。


「冗談に思えるのか? なぜ答えない、死にたいのか?」


 剣を握る手が怒りで震えていた。勇者は一言も発さずただ黙って事の成り行きを見守っている。


「……魔王はこの村にいる。今は村の奥の家に泊まっている……。銀色の髪に赤い目をした、まだ年若い少女だ」


 村長は悲しみに満ちた目をし悔しさと後悔をにじませながらポツリポツリと答えた。オリヴァーが首を小さく振りながら村長を見つめるが、村長は「皆を守るためだ、すまない」と答え、震えの止まらない掠れた口を結ぶ。


「協力感謝する。だが――」


 男は突然あざ笑うかのように顔を歪めながら剣を掲げた。先ほどまでの騎士らしさは消え失せ、異様とも、邪悪とも思える雰囲気を醸し出している。


「匿っていたのは事実だ、処刑はしないが相応の罰は受けて貰う。そうだな……奴隷商人にでも売りつけ懐を暖かくするか」


「ま、待ってくれ! そんなつもりはなかった! 私達は脅されて――」


「どうでもいいのだよそんなことは! こんな辺鄙な場所まで来て、魔王を連れ帰るだけで兵士たちが満足できるとでも? 名誉なんてあやふやなものよりも実りあるものの方がよっぽど価値があるのだ」


 男は剣を振り下ろし村人を命じる。だが突然、勇者が声を荒げながら待つよう叫んだ。出鼻をくじかれ苛立ちを隠し切れない様子で男は舌打ちをすると彼をキッと睨む。すっかり彼が勇者に気を取られたその隙に、オリヴァーはリチャードに耳打ちをした。リチャードは頷くとそろそろと数歩後ずさりをしながら村人たちの中に紛れ込む。


「あんたどういうつもりだ! それでも王国の騎士か?! 誇りはないのか!?」


「流石勇者なだけあって言う事が素晴らしい。いや、勇気があるだけの一般人か」


「黙れ! たしかにその通りだがそんな事は関係ない! お前達が今やろうとしていることは悪い事だ!」


「悪い事? こいつらは我らの敵である魔王に与くみしていたのだぞ? つまりこいつらも敵だ、ならばどれだけ苦しめようが正義となるのでは? 勇者殿?」


「ち、違う! まだ決まったわけじゃない! それに脅されて仕方なくやった可能性が――」


 息を荒げながら勇者は必死に抗議を続ける。だが男に喉元に剣先が突き付けられると口を閉じた。


 少しでも動けば確実に死ぬ。感情が入り混じった目で勇者は男を睨むが、男は自らの長い金髪を見せつけるように撫で、うすら寒い笑みを浮かべながら薄い唇をした口を開く。


「勇者よ、お前が魔王の事を報告してくれたことには感謝している。だがこれ以上意見するというなら、お前も魔王に与したとして殺す事もできるのだが?」


 背筋の凍る冷酷な声。勇者は両手を握りしめたまま歯を食いしばるが何も答える事ができない。すると男が飽きたようにため息をつくと兵士達に村人達を捕らえるよう命じた。



 抵抗する村人達と兵士が武器をかち合う金属音。まるで家畜のように乱暴に連れ去られながら悲鳴をあげる人々の声。見るも無残な悲痛の叫びがあちこちでこだまする中、男はそれを満足そうに堪能していた。


「こんなの……間違ってる……」


 勇者はただ立ち尽くし、震えた声で悔しさを漏らすしかなかった。




 ウールとベルムが着替えを済まし荷物をまとめて外に出た時には戦闘が激しさを増していた。クレアがこの世の終わりのような顔をしているのとは対照的に二人は引きつった顔をしながらも「うわぁ~ひどい」とどこか呑気だった。そんな二人をクレアは早く行くよう急かすがウールが「待て」と言い指さした。


「あれはリチャードではないか?」


 クレアが驚きウールの指さす先を見るとリチャードが息を切らしながら走って来ていた。だが彼の後ろからは馬に乗った二人の兵士追いかけていた。


 ウールは両手に魔力を込めながらすぐさま駆け出した。渦巻くように燃え上がる火球から溢れる火の粉が、風をきるように走るウールの銀髪を煌めかす。


 リチャードとの距離が数秒ほどに縮まる。ウールは走るのを止めると、地面に根を張るように足を思いきり広げた。


「しゃがめ!!」


 突き飛ばすように叫ぶとリチャードは頭から勢いよく滑り込む。


 ウールの手から火球が放たれた。同時にリチャードの頭がウールの股下へと入り込む。


 追ってきた兵士達に火球が命中する。焼けるような音。その音を聞いて振り向こうとした時、リチャードは助かったと感じ取る。だが同時に、今の自分が社会的に非常にま・ず・い・姿であることに気づいた。もし見上げれば、少女の下着をその両目に焼き付けることになるからだ。


 死の恐怖とは違う、ある意味それよりも恐ろしい別の恐怖。噴き出す汗がダラダラとリチャードの頬を流れ、慌てて顔を地面すれすれに引っ付ける。


 息を殺しながらウールの股下からそろそろと抜け出すと転がるように仰向けに倒れドッと息を吐いた。一方のウールは兵士を倒すのに気が向いていて、自分の股下でそんなことになっているとは全く気づいていない様子だった。


「なんだリチャード、そんなに息を切らして」


「い、いや違うこれは――」


「運動不足か? 傭兵だろ、訓練を怠ってはダメではないか」


「え? あ、ああそうだな! ちゃんと訓練しないとな、うん」


 リチャードはぎこちなく笑いながら気絶している兵士達を馬から引きずり降ろす。そして馬の手綱を握りながらウールのもとへ連れて来ると、クレアとベルムが微妙な視線を彼に送っていた。


「吾輩ならもっとうまく避けられましたね」


「し、仕方ないだろ! 下手すると死んでいたし咄嗟の事だったんだ!」


「そうね、でもそれって訓練をサボっているたからじゃないの?」


 クレアが「どうなの?」と意地悪な笑みを浮かべながら答えを急かす。リチャードは恥じらいと申し訳なさで顔がすっかり赤くなったいた。


「冗談よ、無事でよかった」


 するとクレアがリチャードにギュッと抱きついた。「無事でよかった」ともう一度耳元で彼女は囁き、リチャードは決まりの悪そうな表情をしたまま彼女の背中をさすった。


「あ~、じゃれ合うのはいいが後にしろ。とりあえずリチャード、なぜお前だけここに来た? オリヴァー達はどうした?」


「三人を逃がすためだ。とにかく今は村から逃げないと」


「でも皆が――」


「後で話す。クレア、不安だと思うけど今は我慢してくれ」


 リチャードは心配そうにしているクレアを慰めながら馬に乗せると彼女の前に乗る。ウールも馬に乗ったベルムの後ろに座る。


 リチャードが全員乗ったか確認するように後ろを振り向くと三人が一斉に頷く。そしてリチャードとベルムが手綱を動かすと馬は駆け出し、阿鼻叫喚響き渡る村を後にした。

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