07 世界改変⑦ この世界での生き方~出来る事が増えてしまった
「0.01%だよ」
おい、1万人にひとりかよ・・・。
「 ん?想像していたよりも少なかったかな?」
エヴァの提示した確率は医療分野ならありえない・・・・奇跡を願うほどの低確率だった。
「治験部屋にいた俺たち3人のうち2人も適合者だったわけだからな・・・」
俺と郷野が居合わせたという事がありえない程の偶然となる。
突然、古雅崎はエヴァに迫っていった。
「 あなた達はそんな確率で・・・・不適合者を、有田君のような状態にした人間、一体どれくらい殺したの・・・!?」
有田に対するどうしようもない怒りの向け所がなかったのだろう。
「 あー、勘違いしないでね? たとえば1万人のうち9900人位はそもそも異粒子中毒を起こすんだ」
エヴァは手のひらを広げて制止にかかる。
まあそうだろうな。
実際に1万人に投薬するわけではない、あくまで理論値で出してる確率だろう。
「 一般人の99%が投薬の対象にすらならないということだな?」
「 そうそう。残りの1%、約100人が先天的な異粒子順応者で治験対象。もちろん人道的に実験しているよ?害のない微量投与からはじめて不適合を察知したらすぐに中止する。
微量ならマギラシーショックを受けるわけじゃない。有田は最終段階で不適合になった超レアケース、半適合者だったんだよ」
「それを人体実験というのよ!」
「えー? こんなご時世に行われる投薬実験なんてどこもこんなものだよー。よっぽど悪質で大量中毒者を生んでいる国をいくつも知っているし」
「詭弁だわ。あなた達が人の命を弄ぶ理由にはならない!」
エヴァを罰しようとするが如く、古雅崎は折れた木刀を構えだした。
だがエヴァは動じることなく俺に言葉を投げた。
「
「代償がないのなら喜ばしい事だろうがな」
「そう、当然何かを得るならば何かを失うことになる。でもそれが何なのか今は教えられない」
「教えられない?わかってないんじゃないか?」
「ん~どうだろうねえ~」
何かあるのか。だが話す気はなさそうだな。これ以上はもういいか、帰ろう。
古雅崎はまだ用があるようだが。
「私はあなた達の実験を見過ごせないわ。責任者に会わせなさい!」
するとエヴァはフッと笑って背中を向けた。
「
君たちの存続は適合者、悠希と郷野が握っているよ。この事実を頭に入れておくといい。」
そう言ってスっと姿を消してしまった。
あいつも何か特別なものを持ってるヤツだな。
ふう、
もう今日はここに用はない。
これから警察や各種機関が調査に入ってくるだろう。
事情聴取や精密検査などで連れ出されたらたまったもんじゃない。
「古雅崎、有田の遺体のことは任せる。俺の事は・・・・まあ出来れば黙っておいてくれ」
真面目だからしゃべるかもしれないが、その時は逃げまわろう。
ひとまず面倒ごとは生徒会の本分だ。
人の形を失った有田を見つめたまま何も言わない古雅崎を置いて俺は学校を出ていった。
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思考を巡らせながら帰路につく。
状況を整理しよう。
世界の改変、自身の改造、異生物の驚異。
俺がこの変わり果てた世界で生きる上で弊害になることは異生物くらいになった。
異粒子の中毒がない俺にとって、異粒子そのものが味方になったわけだ。
中毒で苦しむ人たちと比べたら圧倒的な余裕を持つことにやる。
どうする?
「出来る事が増えてしまった。」
俺は出来ない事を見極めてキチンと線引きをする。
根性だしても出来ないことは出来ない。
それが時に薄情者として映ってしまう事が多いが、大多数の人間が見切り方が下手か自分勝手で自己愛の強いバカなのだと思っている。
だからこそ多くの困った人を見捨ててこれた。
・・・だが力を持ってしまった。
目に映る人間を救うことができる。
俺は昨日関与した家族、観咲家の前にたどり着いた。
懸念したことがひとつあったからだ。
観咲・姉に渡した薬剤。
施設から貰ったあの薬はもしかしてマギオソーム治験薬に関係するものだったのではないか?
猛烈に不安になってしまった。
爛漫だったあの妹の顔がくもっていたら?
・・・・見たくない。
古い作りの玄関は無用心なほど簡単な作りの引き戸であった。
だがそのドアはとても重そうに思える。
暖かく迎えてもらわなくてもいい、
彼女達が元気でいるかだけが知れればいい・・・・。
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ガラララ!
まだ手を掛けていない引き戸が勢いよく開きだした。
「来てくれたんだね悠希くん!」
そこには目をキラキラと輝かせた可憐な少女が俺に笑顔を向けてくれていた。
「・・・どうしたの?あれ?元気ない?」
怪訝そうな俺の顔を覗き込む。
元気か聞きたかったのはこちらの方なのに、
しぐさの可愛らしさでつい顔が緩んでしまった。
開いたドアから美味しそうな料理の香りがする。
そうか、お姉さんは無事なんだな・・・よかった。
漠然とした不安が消えてくれた。
オレはこんなに他人を心配する人間だっただろうか。
こんなに人の笑顔を喜ぶ人間だっただろうか。
安心している自分がいる。
すると急にお腹が減ってきた。・・・この匂いはヤバイ。
「さ、上がって!今日来てくれると思って沢山つくってたんだから!エヴァさんももう来てるよ!」
・・・アイツ!
消えたと思ったらここに来てたのか・・・・!
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配膳された料理はたしかに量があった。
どうも住民が郊外へ転居していって食料配給品が多く余っていたらしい。
筑前煮が山のように盛られて、唐揚げも同じくらい、野菜やみそ汁もありとても美味しそうで家庭的な料理。
俺が来てなかったら女性二人でどうするつもりだったんだろうというくらい。
もしかしたら家族が揃う家だったらこれくらいの量になるのが普通だったかな。
姉妹と他人二人(うち一人は正体不明)という今のメンツは普通とは思えない組み合わせだが。
「いっぱい食べてくれる人がいると作り甲斐があるわ。食卓が賑やかなのはとてもうれしい」
なんだかホッとする空間だった。
オレはこういった食卓を過ごす事があまりなかったが、
この瞬間が世の中にとってとても代えがたいひと時だというのがわかる。
慣れていないせいか、どうすればいいのか少し困惑してしまう。
いや・・・素直に楽しめないのは、犠牲になってしまった有田の姿が頭に焼き付いているからなのだろうか。
今日・・・俺にもっと出来ることはあったのだろうか。
俺は観咲姉の方を向く。
「・・・結奈さん、体調の方はどうですか?」
つい、結奈さんに有田の姿を重ねてしてしまう。
「おかげさまで。心配してくれてるのね、ありがとう悠希君。優しいわね」
「こんな元気なお姉ちゃんいつぶりだろう、とっても嬉しくてはしゃいじゃうくらいだよ!」
本当に調子が良いようだ。よかった。
妹の花凛ちゃんの明るい笑顔が俺達も明るくしてくれる。
昨日、自分に出来る事がなかった時、それでもこの子を救おうと自分らしくない行動を起こしたが、もしかしたらそれがここにいる皆の笑顔を生むきっかけになったのかと思うと、罪悪感の中にも温かいものが感じれた。
「渡した薬の事を心配しているんだね、うふふ、心配しなくてもたぶん彼女は大丈夫だよ」
エヴァのその言葉はどこか疑わしかった。
根拠のない言葉は信じれないタチだが、今はそれを楽観的に信じよう。
そうだな、出来る事なら二人にはこのまま、ずっとこの笑顔のままでいてほしいと思える。
そしてその笑顔を・・・時々でいいから、そばで眺められるといいな。
暗雲とした世界の空と同じように染められていた自分の心が、ほんの少しだけ晴れやかになったような気がした。
異世界によって残酷にも侵されたこの街で、
せめてこの場所は守りたい。
うん・・・・そうだな。守れるようになろうか。
この改変された世界での、それが俺の生き方だ。
第1幕完
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次回第2幕
【機密襲撃】
この世界の情報を得ようとエヴァの所属する企業に赴く悠希。
そこには各国企業が追い求めるエレメントが。
世界の勢力争いの実情を知り、壮絶な人間同士の闘いに巻き込まれる事となる。
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