第20話 ばいばい、ブラザー。るうはシスター
今、二人の馬鹿による、三度目の戦いが始まろうとしていた。
片やお人好しの大馬鹿にぃ、紫紺寺裁駕。片や異次元の赤い精神異常者、ウルティオ。
このおバカ二人組は、あの大事件で寝込んで数日後、性懲りもなくまたこうして向き合っている。なにがしたいのやら。るうには完全に理解できない空間だった。
今度こそは決着をつけるとかなんとかアホ赤毛がいってたけど、ほんと意味不明。
それに。ほら、みて。もう最初っからクライマックス。やっぱあほ。あきれちゃうよね。
「愚者の座に至りし者よ、その身を嘲笑れし愚物よ…………」
しかもまた纏臨するのはなっちゃんだし。ちぇ……むかつく。
「……幻想纏臨! 現出せよThe Fool ! かの冒涜で御代に革新をもたらせ! Upright Number Zero、織田信長!」
でも、なっちゃんもなっちゃんだよ。呼ばれてほいほいきて。まんざらでもないのかも。むっ。どうせたたかうきもないくせに。なんて、ほっぺをふくらませていたら。
「性懲りもなく愚者を呼ぶか、同胞! であれば!」
そう嬉しそうに叫んだアホ赤毛は、呪符を引きちぎってあいつを呼ぶ。
「烏合なる民草、此処に在り。光り導きし軌跡、此処に在り。嗚呼、煽動は今此処に望まれた。故に栄光を謳いし英雄よ、融けろ。預言を騙りし英雄よ、混じれ。此処に満つるは汝を呼ぶ声。然らば汝、其の欺瞞明けぬまで偽を以て真と成せ――!」
二つに破れた呪符がひらひら舞って。
その先人が使役される。
この地に降り立ってあのアホ赤毛が初めて纏縛したのであろう、あの逆賊を。あの世界では英雄で、この世界では国賊な、あの魂を。
「死霊纏縛! 宿り堕ちろ Fortuna ! 其の偽善、韜晦、私が貰い受ける! 来い! Vertical Numerusu Onse 天草四郎!」
そう、あの天草四郎の魂を。やっぱり天草四郎だった。るうの予想、あたり。
ほら見て、予想の外れたにぃが落ち込んでる。めしうま。
「なるほど、天草だったかー。はあ……。まじか…………」
アホ赤毛が呼び出すストラージャの予想が当たった方のお願いを何でも聞くって賭けをるうとしてたから、予想を外したにぃは落ち込んでいるんだろうね。まったく、るうに勝とうなんて百年はやい。
にしても、どんなお願い聞いてもらおうかなー。なーんて、もうきまってるんだけど。
――どうせにぃはこの闘い、負けるんだろうから。
「なにを不抜けている。そちらが来ないのならこちらから行くぞ! さあ!」
そのことに気付いていないんであろう元気なアホ赤毛が、ちょびっとだけかわいそうに思えたけど、このあとのことを思えば、そんな気持ちはどこかへいってしまった。
「……おっと。そうだな、悪い悪い。じゃあ、ぼちぼち行きますかねえ。これで最後なんだ。終わりくらい楽しくやろうぜ! なあ、ウルティオちゃん?」
「ふっ。私の事をそれほど不遜に呼ぶ人間も初めてだったが、それも終わりとなっては恋しくすらある。不思議なものだな、異界の同胞よ」
「おじさんも、【同胞】なんて仰々しい呼び方されたのは初めてだぜ? 思えば、お前さんからはたくさんの初めてを経験させてもらった気がするな」
「……き、貴様は何を言っているんだ、突然。や、藪から棒に!」
なんかてれてるし。むかつく。
「いや、そんな言葉尻に一々目くじら立てられても困るんだが……」
にぃもなにうれしそうにしてるの。いつもるうが好きって言うくせに、ほんとうそつき。
「何を言う! 言葉には大きな力があるのだ! それくらい当然の気概だろう! むしろ、気にせぬ貴様が異常なのだ!」
「ま―た言霊理論かよ……」
「なんだその反応はーーー!! 大体、魔導を扱うものが言霊を否定とは何事か!」
「いや、否定はしてねえよ。というか断然肯定派だ。……でもまあそれより、早く始めないか? やらないなら俺帰るぜ? いいの?」
「ぐぬぬ……!」
「あれ、ウルティオちゃんお冠?」
「……当たり前だろう!! 貴様との最後の別れの戦いだというのに、なんなんのだ、なんなのだ、その態度はーー! 気負ってきたのは、色々悩んできたのは、私だけかーーーーー!! もう、なんだ、その……、あほらしい! ………………お前、泣かす!!!」
「え、ちょっと待てって、落ち着け。えーとなんだ、お前、えっと……あれだ。キャラ崩壊してんぞ? あとー、そんな言葉遣いでいいのか? それにそのー、言霊の力は?」
こまってるにぃ、かわいい。……じゃなかった、きもい。
「うるさい! 悪いのはお前だ! 初めて楽しいと思えたとか、あの苦しい気持ちとか、一緒に死線をくぐり抜けたとか、助けてくれたとか、きっと全部勘違いだったんだ! もう、お前なんて知らない! 焼く、八つ裂きにしてやるーーーー!」
てんてこまいに暴れだしたアホ赤毛も、かわいくない。うざい。
「えぇ……。なんなんだこの展開。……なっちゃん助けて」
「アハッ! ウケる、マジウケる! ウルちゃんAYMなんですけどー、今日一ウケる」
あいかわらず、なっちゃんは演技がじょうず。
「いや、笑い事じゃねえんだけど」
「あっははは、でもゆめかわでキュン死しそー。あっは、でもやっぱウケる」
「おい、なっちゃん。動けって。いや、動いてくださいお願いします!」
「――灼き尽くせ、創炎式テンスクイーン――焔極」
そんなひっちゃかめっちゃかに、そのおバカ二人組の三度目の闘いが始まった。
――そして、全てが終わった後で、アホ赤毛に敗北したにぃは、一人川原で寝転ろび、赤い夕空を見上げていた。どこかさびしげに。まるで、日が沈むのを、惜しむみたいに。
そんなにぃにるうは声をかける。いままでになく、勇気をだして。
「にぃ」
「……あ? お、なんだ瑠羽か。どうした? てか瑠羽が外出なんて珍しいな」
にぃは馬鹿みたいな顔でそう言った。
「そーでもない。にぃ、失礼」
「悪い。そっか。俺が知らなかっただけか」
「そ」
「家、最近開けてばっかでごめんな。あんなこともあったし、本当は駄目なんだが、無理言って明日は……休み、とったから」
にぃは本当に申し訳なさそうにそう言う。思わず、心がゆれた。
なにそれ? そんなのにぃらしくない。やめてよ。そんなこといわれたら、そうしてほしくなっちゃうよ。やめてよ。るうはもう、きめたんだから。
「っ……、いい。それより、もっとだいじなこと、あるでしょ?」
「……どういうことだ?」
にぃは本当に心当たりがないとでもいうような顔をした。
「とぼけても無駄」
「とぼけてなんかねえよ。なんの話だ? 俺にとって瑠羽より大事なことなんてないぜ? まじでなんのことかわかんねえよ」
「うそ」
「嘘なんて、」
「……………………じゃあ! なんで負けるとわかっててなっちゃんよんだの? まあ、にぃはばかだから仮にそれがわかってなかったとしても、どーしてちゃんと抗戦しないのを見たあとでもなっちゃんをひっこめなかったの? なんで? どーして? まだある! なんでふつーの術式ばっかつかったの? にぃが得意なのは絡めてなのに! それと、」
「やめろ」
にぃはとても冷たい声でそう言った。
でも
「やめない!」
やめれるわけない。
こんなに大きな声をあげたのは初めてで、身体が熱くなった。
しばらくの沈黙の後、にぃは口を開く。
「……わかった、いいんだ。わかってる、認めるよ。俺はさっきの闘い、わざと負けたさ」
「手加減するのはいい。ずるするのもゆるしてあげる。でも、八百長は、だめ……」
にぃだってしたくなかったはずなのに。それがわかるから、うれしくて、かなしい。
「まさか瑠羽が見てたとはな。全く気付かなかったよ。バレないと思ったんだけどなー。やっぱ瑠羽はすごいよ。自慢の妹だ」
その言葉でよろこんでしまう弱い自分がいやだった。
そんなようでは、にぃにすぐ言いくるめられちゃうから。
「そんなの……、るうのほうがにぃより強いんだから、あたりまえ。いつもいってる」
いつも言ってるほんとのこと。でも今日は、ただ声のふるえた強がりだった。
「ああ、そうだったな。……それで、どうするんだ。このことをあいつに告げ口するか?」
「ううん」
「だったら、なんで?」
わかっってるくせに、どうしてとぼけるの?
にぃのそういうところが、だいきらいで……、だいすき。
だからるうは、きりださなくちゃいけない。話題をかえなきゃいけない。
「アホ赤毛が最初に纏縛したストラージャがだれかって賭け、おぼえてる?」
「唐突だな。まあでも、もちろん覚えてるぞ。で、さっきその答えが判明したわけだが、俺の負けだったな」
「じゃあ。いつもやってるから、わかるよね?」
いつもやってる、賭け。いつもはうやむやにされる、お願い。
でも、今日は無理にでもきかせなくちゃだめなんだ。
「ああ。負けた方が勝った方のお願いをなんでも一つ聞く、だろ?」
「うん」
「じゃあ、今回のお願いはなんだ?」
「おねがいをふたつ聞くこと」
「なんだそりゃ。って、むっ、ぐぐ……」
面食らってるにぃの顔にぶちゅり。身長差があるから大変だったけど、なんとかなった。
これでるうのふぁーすときすは、にぃのもの。
「……ぷは。ひとつはこれ。瑠羽とキスすること」
「何考えてんだ瑠羽! 俺とお前は、」
「もうひとつはね、にぃがいま一番したくないことを、一番したいようにすること」
「なんだよそれ? 何言ってんだ瑠羽。今日のお前ちょっとおかしいぞ」
「おかしくない! あまえないでよ! わかってるくせに! いまきっとにぃのせいでないている女の子がいる。なのに、それをしってるのに、それを見過ごすにぃなんていやだよ! るうをその言い訳にされるなんて……、もっといや!」
拳をぎゅっと握って、るうはそう言った。
にぃはそれを悲しそうにみつめて、あきらめたようにまた口を開く。
「……瑠羽は全部お見通しなんだな。そんな顔するなよ。俺まで辛くなる」
「だったら!」
「だがな、そんなこと出来るわけないだろ! 出会って間もない女の子の為に、ずっと一緒に過ごしてきた家族ともしかしたらずっと離れ離れになるような選択をとる。そんなことが、俺なんかに出来るわけないだろ! あんまり俺を過大評価しないでくれ、瑠羽。俺はそんな立派な人間じゃあねえよ。ただの狡いおっさんなんだよ」
これはきっとにぃの本心だった。うれしいうれしい、にぃの本心だった。
だけど、人の欲望っていうのは、けっしてひとつじゃないんだよ。
「じゃあ、なってよ。かっこいいおっさんになってよ。るうの自慢のにぃに、なってよ」
「無理だ。俺はお前が好きなんだよ。お前ともう二度と会えないかもしれないかもしれないなんて……、耐えられないんだよ……!」
本当に、にぃはずるいおじさんだった。
そんなこと言われたら、ただでさえ悪い頭が、もっと回らなくなっちゃうのに。
「そんなうれしいこと、言わないで。……きもい、から」
「きもくてもいいよ。瑠羽と一緒にいれるなら」
「やめて。そんなこというの、ずるい」
「そりゃあずるもするさ。俺は狡い人間だからな。勝ちの為ならなんだってするさ」
うれしい、うれしい、うれしい。
だから――
「……だったら、るうもずる、しちゃうよ?」
るうはずるをする。
「兄に似て悪い子になったな」
「しらない。ぜんぶ、にぃがわるい。わるいん……だよ?」
にぃにむけて忘却魔術をかける。この世界の人間じゃないるうには、呪符を介さずとも扱える魔術がたくさんある。これ、にぃには秘密だったんだけどな。
「瑠羽、お前……」
にぃは目を見開いておどろく。
そんなにぃが愛おしくて、るうはこの魔術が失敗しないか不安になった。この魔術が成功してくれないと、にぃはきっとアホ赤毛と一緒にあの世界へは行かないのだろうから。
だから、前ににぃにこの魔術を使った時のことを思い出す。
あの時は、まだにぃのことなんてぜんぜん好きじゃなかったのに。どうして、こんなにも好きになっちゃったのかな。
「ごめんね。だいすき……だったよ」
最後にもう一度だけ、るうはにぃにキスをした。
走った。走った。走った。
うしろは一度も振り返らなかった。
だって、そしたら、決意がゆるんでしまいそうだったから。あふれる涙を見られてしまから。 そんな顔を見せたら、思い出されてしまうかもしれないから。
走って走って走って、元々悪い足が更に痛くなって動かなくなるまで走って、まだまだ涙が止まらなくて。顔がぐちゃぐちゃになって、胸は苦しくて息はめちゃくちゃで。
それでもるうはまだ泣いてた。
だって、大好きな家族との、大切な家族との別れなんだもん。
それに、にぃがもし帰ってきたとしても、その時るうを家族と言ってくれないかもしれないんだもん。だってあんなことを、してしまったんだから。るうの生まれた、あんな世界に行くんだから。るうの秘密を、もっと知ってしまうかもしれないんだから。
でも、いいんだ。これで。涙は止まらなくても。にぃの為なんだから。本当は、るうの方がお姉ちゃんなんだから。辛いのは、悲しいのは当然なんだ。いつもにぃがるうの代わりにやってたことを、やってあげただけなんだ。
「本当に良かったのですか?」
いつの間にか、るうのうしろには、しょうこがいつもの和服姿で立っていた。
「……うん」
るうはそう言ってしょうこの胸にうずくまった。
そうしなければ、そのまま泣き崩れてしまいそうだったから。
「そうですか……」
そう言うしょうこの声はとても優しくて。頬をなでる絹はすべすべで、るうを包み込むその身体はとてもやわらかくて。にぃとは大違いで。るうはまた泣いた。
「ですが、羨ましいものですね。ワタシも、禁じられた恋に燃える悪い女でしたケド、終ぞ、兄弟を愛すことは出来ませんでしたから。兄を愛す、とは、どういうものなのでしょうか……」
いつも通り、しょうこの言うことはよくわからなかったけれど、今はなぜかそれをいいとおもった。
「……しょうこ、行かないの?」
「夫の居ない家を守るのも、妻の務めですよ?」
「つらく、ない?」
「ツライ……ですが、恋に辛いのはつきものですから」
「じゃあ、ないてよ。るうだけずっとないてるの、やだ」
一人は……やっぱり、さびしいよ。
「女の涙は殿方の前で流すものと、ワタシは決めています」
「なにそれ」
「瑠羽ちゃんにはまだ早いお話でしたね」
「うん。そうだよ。はやすぎるよ……」
るうの頭はいつまでたってもよくならない。
それが、これほど憎いとおもったのは初めてだった。
ばいばい、にぃ。るうとは正反対の、やさしいやさしいお兄ちゃん。
うそでも、たのしかったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます