第18話 宿命のペディード

 なっちゃんの不過業によって俺達が転移した先は、比較的大きい神社のような神殿の中だった。クレアがくれた情報によれば、ここは帝宮内にある八神殿という場所らしい。

 倭国式木造建築であることがすぐにわかる構造と木の匂い。また、建物の内部であるためか薄暗く、しんとした雰囲気で物静かな広めの空間。

 そんな神聖の領域に、ぽたぽたという水音のようなものが聞こえたような気がした。

 音のする方を振り返る。

 するとそこには、中性的で彫りの深い顔立ちをした美しい茶髪の人間が立っていた。

 それは、まるで瑞西アルプス地方の民族衣装ミーデルのようなベストを、パフスリーブの白いブラウスの上に着用し、その下には青い長めのスカートを履いていた。

 まるで、童話の登場人物が如く。

「やあ、汝らを待っていた。まさかカエサルが倒されるとはね。想定外ではあるが、我等は誰もが使い捨て。問題は何も無い」

 その白い手に、血塗れた刃を握って。装束を赤く塗りたくり。

 カエサルの仲間らしきそいつの後ろでは、上帝がうつ伏せに倒れていた。

 その体の中心は、何故か赤い液体で汚れている。

 この状況を理解するまでに、少し時間がかかった。

 これはつまり、クレアの予測は当たっていて、上帝は敵の策に嵌められていて……。

 つまり、つまりつまりつまり?

 上帝は……、上帝は、負けたのか? 殺された……、のか……?

 そう事実を認識したとき、俺は何も考えられなくなっていた。

「てんめええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 殺意が体を支配する。怒りが体を突き動かす。

「随分と感情が豊かなのだな紫紺寺裁駕。私は感情というものが嫌いだ。時に私もこれに支配されてしまう。そして大変不快になる。矛盾だな。私はこれを世界からなくしてやりたい。どうだろう、汝もそうは思わないか?」

 俺はそんな問いかけなどもはや耳にいれる気はなく、転移前から念の為に展開しておいた五十五枚の呪符を使い、俺の持てる最大火力を放つべく詠唱を開始する。

 もちろん、他の四人も同様に。

「唸れ万象、光れ天鏡、来たれ明朝。神掌に宿りしその輝きは、」

 ある官憲は迅雷を呼ぶ術式を

「さあさ集いしはお立会い。ここに揃えしは三千の種子島。しかして、この穢土、上は色界、下は風輪なれば、中心を須弥山として四方を四大州、その周りを九山八海として一世界。千で小千世界、その千で中千世界、更にその千で大千世界」

 かの武将は三千の鉄砲を

「今此処に天を墜とそう、然れど舞い降りしは我が神に在らず」

 ある皇帝は死を呼ぶ棘を

「嗚呼、恋しくて……。嗚呼、嗚呼! ああっ! でも、」

 かの痴女は急所を刈り取る一撃を

「最大の危機は、勝利の瞬間にある。凱旋を約束しよう! 我こそは、世界理性の体現者!」

 かの帝王は栄光の騎兵軍団を

 ――この地に、顕現させる!

 膨大な量の魔力が一点に収束し、急速な魔力変動による暴風が周囲に吹き荒ぶ。

ここに一つの大術式と、四つの絶理が解き放たれようとしていた。それは世界の理を破壊せしめる超エネルギーによる多段攻撃。

 しかしそれを見ても、奴はなんら臆する事はなく。旋風にベリーショートの茶髪を弄ばれながら、無表情でこう言った。

「ああ済まぬ、申し遅れた。私は第一猟兵師団LSSAH所属上級大将、宿命カフのクリームヒルト、クリームヒルト十世。で、答えを聞いても?」

 馬鹿にしているとしか思えないそのムカつく鼻っ面に向けて、俺は思い切り叫ぶ。

「寝言は寝て言え糞野郎! ――こうも恋焦がれしその輝きは、雷鳴の如き夜明けなり! 無動凪式八一十、虹裂!」

 その言葉と共に、俺の腕からは七色に輝く八本の雷の槍が飛びたつ。

「そしてこの千、三つ重なりて三千大世界。さすればここにありし三千丁、二百七十億に化けて娑婆を荒らさん! 穿て、霊山浄土三段撃!」

 なっちゃんの背後からは、虚空に浮いた三千丁の火縄銃から轟音と共に弾丸が射出、その玉は敵のもとへ向かうまでに倍の九百万、そしてその倍の二百七十億となって敵を襲う。

「貴公の苦しみを嘲笑う、美しき薔薇である。天上に咲け、真紅の大輪フォーリウム・フローリス!」

 ヘリオガバルスのその言葉によって天井を喰らい現出したのは、致死の呪いを持つ莫大な量の薔薇の花弁。その美しい死は敵の頭上を覆い尽くした。

「貴方はワタシを愛すでしょうか……? 朝雲暮雨婦怨無終……!」

 しょうこが放つのは、回避不能の人斬り包丁による斬撃。自身を愛さぬ不届き者が一番大事に思った臓器を、有無を言わさず抉り取る絶技。

「さあ、乱せ! 最上なる我が七十にして八十万の兵よ! ラ・グランド・アルメ!」

 ウルティオのその呼びかけに応じ現れたのは、神殿内を埋め尽くすほどの騎兵隊。

 眩い雷が奔り、燦然と鉛玉が飛ぶ。毒の華が咲き乱れ、殺人の宴を祝う。騎馬が今だと嘶き、鬨の声が上がる。常為らざる魔の奔流、その乱用は、全てを無に帰すだろう。

――しかし、それに紛れて、こんな冷たい声がした。

「思想体現、類型百十一――ウェーバーの脱魔術」

 クリームヒルトがその言葉を発した途端、奴に向かって飛んでいた八本の雷の槍は、その全てが跡形もなく消失した。

「思想体現、類型二十――ヘーゲルの英雄否定」

 クリームヒルトがその言葉を発した途端、二百七十億の鉄砲玉はその場で急に数と勢いを失い、まるで見えない壁にぶち当たったかのように全弾が地べたへ落ちた。

「思想体現、類型二百四十七――ローレンツのバタフライ効果」

 クリームヒルトがその言葉を発した途端、奴の視界の全てを埋め尽くす膨大な量の死を運ぶ薔薇の花びらは、どこからともなく吹いた突風に煽られ全てが彼方へ飛んでいった。

「思想体現、類型四――パスカルのクレオパトラ」

 クリームヒルトがその言葉を発した途端、しょうこはがたがたと震えて呆然と立ち尽くし、奴を襲うはずだった人斬り包丁を取り落とした。

「思想体現、類型百五十五――クラウゼヴィッツの限界点」

 クリームヒルトがその言葉を発した途端、奴の目前まで迫っていた魔力によってこの世へと降り立った騎兵一個連隊全てが跡形もなくかき消された。

 今此処に、俺たちの現段階での全力は、その尽くを無効化された。

 そしてクリームヒルトは、あまりのことに呆然としている俺たちを前にして、頭を抑えながら、そう一言だけ、呟いた。

「思想補強、類型千三百九十九――マクスウェルの悪魔」

 身体が、震えていた。怒りが、さーっと消えていく。

 無論、今でも憎いという気持ちは心を支配している。一刻も早くこいつをぶちのめして上帝を助けなきゃいけないこともわかっている。それでも、事態の深刻さが俺を冷静にさせた。当たり前だろう、一斉にぶつけた渾身の一撃は奴に傷を与えられないどころか無効化され、加えて、奴のその防衛手段の仕組みもさっぱり理解できていないのだ。絶望的だ。

 だが、この戦いだけは絶対に負けられない。考えろ。まだ切れる伏せ札は二枚ある。それを何時切るかをよくよく考えるんだ。上帝を救えるのは、俺達だけなんだ。

考えろ。

 奴は全く魔力を介せずあの謎の力を使ってみせた。これがきっとウルティオの言う能力と言う奴だろう。奴等は魔導も魔術も魔法も使うことはできないが、特殊な能力を持っているらしい。ちなみにカエサルの場合は、言霊による頑強さや精神支配がその能力であったと思われる。しかし、こいつはそれとは遥かに一線を画す。絶理をいとも簡単に、それも一つでなく四つも無効化するなど魔法どころかもはや神の所業に近い。

 クリームヒルトの発した言葉から推察するに、その能力は故人の思想を現実のものにするといったようなところだろうが、果たして?

「その、陰気な呟きが貴様の能力か?」

ウルティオはやや息を荒げながら、不敵に挑発した。

「ああ、よく知っているな、劣等種。私には生憎汝らのような劣等の因子は無い。生まれる堕ちる前から、そう決定されている故な。そんな理不尽な世界を私は作り替えたいだけだ。故に邪魔をするな、劣等」

「黙れ! 優生に溺れ魔を捨てた血豚共に、劣ると言われる覚えは無い!」

「愉快なことを言う。たった今汝ら自慢の魔術魔法は第六感の前に破られた。これこそ、汝らがいかに劣等かを示す良い判断材料であろうに。それとも、進化に取り残されたた汝ら劣等種は、それに気付く事すら出来ぬと言うか?」

「ふふーん。ただ、攻撃を防いだだけでよく言うよ。ただ守るだけならボクでもできる」

「それは汝の計算違いだ。攻撃なら疾うにしているぞ? 脆弱なる、精神へと」

「何っ!?」

 それは、甲高い女性のヒステリックな奇声。

「そ、そんなっ! 愛が、ない……っ! 愛は嘘? アイは、ウソ。う、そ? いや! 嫌、イヤイヤイヤ嫌! ……嫌だ嫌ダイヤだyダ……、うそうそうそうそおおおお!!!」

 突如として響いたのは、黒板を爪で引っ掻いた時のような、不快で悲痛な叫び。

 その声の主であるしょうこは、白目を向き狂声を上げて、地面をのたうちまわっていた。

「おい、アンタしょこたんに何しやがった!」

「特別なことは何も。ただ彼女には恋の虚しさについて知ってもらっただけだ」

 クリームヒルトは平然とそう言った。そう、平然とそう言った。

 が、その恋の否定とは、恋人の役を特に純粋に持っているしょうこにとって、死も同義だった。いや、死よりもひどい。それは、彼女のもとになった人物、阿部定のアイデンティティ、及び、人生の否定。ひいてはそれに対する夢想の否定なのだから。

「おい……お前、その意味がわからねえとかぬかすわけじゃねえよな?」

「勿論。呼び出されたストラージャなど、どうとでもなればよい。我々にとっては、アルカナに封ぜられたその概念こそが重要。カードに収まってくれさえすれば、それで構わぬ」

 その言葉に、俺の心の奥底にある何かに、静かに火が付いた。

「そうかよ。喜べ、お前をぶっ殺さなきゃいけねえ理由がまた一つ増えた」

「であれば、また一つ、理由を与えよう、陰世界の青年よ。丁度、内部が脆弱なのがもう一人。それ、掻き乱してやるぞ? 思想体現、類型百一――ホッブズの自然状態」

 そうして俺を冷ややかに一瞥した奴の口から、ふとこんな無機質な呟きが聞こえ――

「が、があああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 咆哮が木霊した。

 それは、赤眼赤髪の少女が放ちし呻き。尋常の凛々しさも気高さも純真さも無い、唸り。

「が、ああっぐあ、っげが……ぎ。G……Ahhhhhhhhhhhh―――――!!!」

 そして、この世のものとは思えぬ獣染みた唸り声を上げる彼女は、もはや彼女ではなく。

 赤い両目からは涙のように血が溢れ出し、頭頂部には背後を突き刺すかのような二本の角が生え、背中には漆黒の翼が二対。血のような紅に染まっていた髪は真っ白に変わり、肌の血色も青白いものへと変容。臀部には、先端の尖った尻尾まで生えている。極めつけに、彼女の細い胸部を突き破り、体内からバリバリと肋骨が突出。

 ここにウルティオはもういない。あるのは鬼へと堕ちた化生。或いは悪魔か。

 だが、今更にして俺は分かった。そう、これはきっと、ナポレオンの不過業『百日天下』の副作用だろう。やはりあの不過業には何がしかの原因で発生する欠点があったのだ。

 そうだ、ナポレオンが失脚した際の蔑称には、コルシカの悪魔、人名の浪費者、食人鬼、なんてものもある。しかし、それも致し方のない事。ナポレオンは偉大な指導者だったが、五百万の 人間を殺したのもまた事実であるのだから。

 そしてそれを本当に体現してしまったのが、今のこの姿なのだろう。

「urrrrrrrru……、Ahhhhhhhhhhh―――――!!!」

「え、なに……これ?」

 人為らざる悪鬼と化したウルティオは、たまたま自身の一番近くにいた、事態に頭がついていっていないヘリオガバルスへと襲いかかった。

「きゃあっ!」

 悪魔の突進をまともにくらったヘリオガバルスは衝撃で宙を舞い、遠方の床にその細い体を打ち付けられた。

 くそっ、どうする? ただでさえきつい状況が更に悪化しやがった! 

どうしろってんだ、くそったれ!

 そして、そんな風に悩んでいる間にもそのウルティオだったものは翼をはためかせながらこちらへと迫り、その尻尾を俺に叩きつけてきた。

「くっ!」

 必死に回避したが、あまりの人間離れした一撃を完全に避けきることは出来ず、脇腹に一発もらってしまった。尖った尻尾で肉をえぐられ、血が溢れる。

「裁駕!」

 なっちゃんが不安そうに俺の方へ視線を送るるが、今はよそ見をしている場合じゃ……。

 ギン!

「くっ!」

 なっちゃんの方へと向かった悪魔は手から剣のような黒い靄を生み出し、それをなっちゃんに振り下ろした。それを辛うじてなっちゃんは自前の刀で受け止める。

 斬り合いというよりも打ち合いのようなものが続く。剛力で悪魔は黒剣を振り回し、なっちゃんがそれをいなす。そして躊躇することなく、引き金を引いた。

「はっ! 斉射!」

 ババババン!

 彼女の直上に並んだ十の火縄銃から、彼女の合図に合わせ弾丸が射出された。

 全弾名中!

「RAhhhhhhhhhhhhhh――――――!!!!」

 悪魔は苦しみもがくような素振りと声を上げ、こちらへと飛んできた。

 俺は咄嗟に防御壁を前面に展開する術式を施行。

「涅式四、土偶璧!」

 けれど、彼女はその壁を現れたそばから破壊してそのまま俺の体を押し倒し、のしかかってくる。その体重は然程重くはなかったが、俺の肩口を抑えにかかる腕力は並大抵ではなかった。体内魔力全てを腕に回して強化してもこうはいかないだろう。

「くっ、そっ!」

 そうこうする内に、彼女の醜く歪み果てた青白い顔が近づいて、俺の左肩に噛み付いた。

 ぎゃりっ! ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり、ぐぎっ!

「ぐ、……ああああああああああああああああああああああ!」

 ウルティオだったものは、俺の肩を口に含むとそのまま噛みちぎり、咀嚼した。骨が管が肉が筋が、人体に欠かせない様々なものが俺の体から奪い取られていく。

「裁駕! ちっくしょーーーー、斉射、斉射、斉射――!!」

「裁駕ぁ! くそお、力を貸して、太陽神殿!」

 二人が必死に応戦するが、俺はもう助かりそうにない。今度は右肩に噛み付かれた。彼女は本当に食人鬼になってしまったとでもいうのだろうか。

 だめだ、もうほとんど力が出ない。どうあがいたって彼女のこの剛力には勝てん。

「困るぞ劣等よ、神に至る因子を食いつぶされては。自滅する結果を望んだのだが、まさかこんなことになるとは思わなんだ。手を焼かせるな」

 遠のく意識の中で、そうほざくクリームヒルトの声が聞こえた。

「思想体現、類型二百二十二――シュレディンガーの猫」

 奴は再びその得体の知れぬ能力を使い、こちらへと瞬間移動をした。

 宿敵の顔がすぐそこに見えた。けれど、俺の腕はもう力が入らない。

「思想体現、類型百六十二――ヴァイヤーの悪魔否定」

 そして次にそう呟くと、俺にのしかかっているウルティオへの首を片手で掴み、そのまま持ち上げた。それにより、俺の上にのしかかっていたウルティオの重みが消える。

 ウルティオは何故か抵抗することなく、まな板の鯉のようにされるがままとなっていた。これも奴の能力とやらによるものなのだろうか。妙に落ち着いた頭でそんなことを思う。

「幻想再現、事例百九十四――タナトス」

 無機質な声が八神殿内部に残響する。

 クリームヒルトはそう言ってカードキーのようなもので虚空を切った。するとその空間が裂け、出来た割れ目からはぼんやりと妖しく輝く剣が招来。奴はそれを手に握る。

 考えなくてもわかる。奴は、ウルティオを殺そうとしている。

 目の前では、その刃が異形と化した少女に向けて振るわれる所だった。

 くそ、駄目だ、間に合わん。通常の方法じゃ手遅れだ。伏せていた切り札を切ることも、立ち上がってこの糞野郎をぶん殴ることも出来ない。

 ただ、たった一つだけあった。こんなこともあろうかと用意しておいた策が。

 それは、策と言えるかどうかも怪しいレベルのささやかな備え。そもそもこんな状況でなきゃ使えない時点で、準備段階からして間違っている愚策中の愚策。

 けれど、俺はそれを用意しておいてよかったと、心から感じていた。

 それはカエサル戦の後、俺がウルティオに抱きついた時に万が一と思って彼女の背中にこっそり貼り付けておいたたった一枚の呪符。錫杖の騎士の小アルカナ。

 そのカードが指し示すのは、突然の座標変更。

「汝の人生、塵程にも価値がなかったよ、劣等」

 それはつまり、ここでは俺とウルティオの位置の入れ替えを差す。

「……篝、式ナイト――相互置換。……ぐっあ! がっ……!」

 ――詠唱を終えた俺とウルティオの位置が入れ替わった瞬間、俺の胸にはぼんやりと光る神秘的な剣が刺さっていた。

 俺は今、敵の攻撃によって串刺しにされている。

 胸からドロドロと流れ出る血が見えるのに、痛みはない。もうすぐ俺は死ぬのだろうか。

 いや、紙一重だったな。どうせ死ぬならこうして死にたいものだろ。誰かの代わりになってな。ああ、父よ、早死する息子を許してくれ。

 敵が強すぎたんだ。俺みたいなただのおっさんにはちょっと荷が重すぎた。

「な、……に!?」

 驚くクリームヒルトの声を聞いて、思わずしってやったりなどと馬鹿げた考えが浮かぶ。

一矢報いてやったぞこんちくしょー! なんだか知らんが奴等は俺を殺したくはない素振りだったからな。殺されてやったってわけだ。どうだ、やってやったぞ! はっはは、目を見開いて驚いてやがる。ざまあみろ!

 ……なんて負け犬の遠吠えは止めよう、虚しいだけだ。結局俺は誰も助けられてねえ。結果を先送りにしただけだ。情けない。最年長者だってのに。

 そんな思いが頭の中を一瞬で駆け抜け、消えていく。

 そして、ウルティオを無罪放免にしてやろうと決めた時のことを思い出したとき、ちょうどこっちを悲しそうな瞳で見つめる、変わり果てた少女と目が合った。

 だから、俺は最後にこう呟いた。

「ウルティオ、……ごめんな」

 そう、何を言うでもなく、ただ、一言。

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