第14話 兄の知らない物語
グサリ。グサリ。グサリ。ズブッ。
高価な和服を鮮血で赤く彩った艶やかな黒髪ロングの妖艶な女性は、斧を持ち笑顔のままで死んでいるモノに突き刺した人切り包丁を抜いた。
「本当に、良かったのですか、瑠羽ちゃん?」
そう尋ねる美女の今の名はしょうこ。
そして答えるのは、紫紺寺瑠羽。猫をモチーフとしたワンピースタイプの寝巻きを身に纏った儚げな美少女。長いもみあげとショートカットの髪色は穢れ無き純白で、その体躯は、かなり小さめ。
「るうはべつにいーけど、きっとにいが悲しむからね」
瑠羽はトリッキーな展開式である六芒星を用いて周囲に展開された呪符を扱い、術式を放って辺りの殺人鬼を次々に無力化していきながらそう答えた。
「ですが、瑠羽ちゃんが傷つけばサイ様はより悲しむでしょう。妻であるワタシにはわかります……。それはイヤ。嫌なのです……」
「だいじょーぶ。問題ない。るうぶっちゃけにぃよりつよい。というかにぃはざこ」
「ハイ、実力で言えばそうでしょう。ですがココロは、心は……もろく、壊れ易いモノ」
「心配しすぎ。死体なんて……ここにくるまえ山ほどみてる」
「そう、ですか。では、ツラク、辛く、なったら言って下さい。ワタシが瑠羽ちゃんをお守りします。義理ノ、姉として!」
「えぇ……」
そんな会話をする間にも二人は逃げ遅れた人々を助け、殺人鬼達を始末していた。彼女達にとって、低級ストラージャ程度の実力しか持たぬそれらの相手は容易かった。
そう、低級ストラージャ程度であれば!
「しょこたん、くる!」
「承知……」
瑠羽は莫大な力を持った何かが空から降ってくるのを感じとった。その彼女の予感は正しく、直後に右手と両足を地につけて、それは二人の前に着地した。
ビジュアル系バンドのようなメイクと髪型をした、その中性的な出で立ちの人間のようなナニカは、髑髏マークづくしの異様な黒い服に身を包んでいた。
「困るんだよなあ……、そうやってばかすか殺されちゃあさあ。機動鏖殺部隊の鏖殺はするんであってされるんじゃあないんだぜって、なあっ!」
そう言うと、それは地面に散らばっていた殺人鬼達の亡骸の内、近くにあった一つを思い切り蹴り飛ばした。尋常為らざる脚力で放たれたと思われるその蹴りは、死後もきちんと繋がっていたはずの胴体と頭部を無理やり引き剥がした。持ち主を失った生首が血を撒き散らしながら彼方へと飛んでいく。ぐべぇしゃあ、という酷く気分の悪くなる音がした。
瑠羽はそれを無表情で見やりながら、しょうこに告げる。
「しょこたん、にぃのとこにいって。こいつ、強い」
「でしたら、尚の事!」
「しょこたんじゃ、足でまとい! むしろじゃま! それに今さっき、アレイスターがよばれた! にぃもやばいかも……」
初めて聞いた焦ったような瑠羽の声に、しょうこは一瞬の逡巡の後答えた。とても心のこもった声で。
「……分かりました。でも、もし、もしも、サイ様にカナシミを……悲しみを味あわせるようなことがあれば……、その時はわかっていますね?」
「もち。そのときはるうをころして」
「ヤクソク……約束、しましたよ!」
「ん」
二人は頷きあった。同じ男を、愛す者同士。
「では……。アイシテ、アイして、愛して、います!」
しょうこはそう言うと、自身の肩を人斬り包丁で軽く傷つけた。流れる血液が彼女の首を濡らす。すると彼女は地を蹴り、天高く舞い上がる。たった今左肩にだけ生えた、一つの真っ赤な翼を利用して。
これこそ彼女の不過業が一つ、比翼恋理。限界を超えて人を愛し続けた彼女の想いの力は、他者のその悲恋が叶って欲しいという願いと合わさり、遂に片翼を得るに至った。彼女の想いは天高く舞い上がり、想い人の元へと彼女を誘うだろう。
しかし、それを黙認しようとはしないモノが一人。
「逃すとでも思ってんのか? おいおおい、機動鏖殺部隊がやっとこさ炙り出した英雄様、それもォ、優先確保因子阿部定をよお、この俺様が逃すとでも、思ってんのかァァ!!」
そう言うが早いか、それは地を蹴りしょうこの方へと人為らざる身体能力で飛び上がる。
だが、そうは問屋が卸さない。
「とーぜん」
そう言うと瑠羽は、自身の周囲に展開された五十六枚の呪符を、魔導ではなく魔術で操るべく口を開く。
「しゅーそく、追尾。からのー、包囲―」
彼女のその言葉により操られた呪符が、しょうこに追いすがろうと宙を飛ぶ髑髏服にむかって飛んでいくと、その体を覆い、身動きを封じた。
全身を呪符によって縛り上げられた髑髏服はじたばたと藻掻き、怒声を飛ばす。
「アアン? なんだァ、こりゃア!?」
「ばくは」
途端、その言葉通りに全五六枚の呪符が全て爆破された。
熱波が、瞬く間に広がっていく。
その爆撃をまともに喰らった髑髏服は、受身さえ取れずに大地へと不時着した。だが、
「糞がっ! まんまとまんまとまんまとまんまと! 逃げおおせられちまったじゃあねえか! 首尾よく易々楽々難無くゥ! 糞ッ! 糞ッ! 糞ッ! 服も髪もメイクも台無しだぜ、オイ! どうしてくれんだァ? アアン? なあなあなあなあ!!」
まるで何事もなかったかのようにむっくり起き上がると、そう下品に荒々しく悪態をついた。今度は近くにあった遺体の頭部を踏み砕きながら。ごげら、とおぞましい破壊の音がした。バラバラになった無残な頭蓋が、血肉に塗れてスライムの様にとろける。
「祟れ、その無念代行せん」
瑠羽は目の前で怒声を上げる髑髏服を無視して、魔術を行使した。彼女が扱うのは死霊魔術。父親同様元々この世界の住人では無い彼女は、この世界においては独自の魔術を扱うことのできる数少ない人間の内の一人となっていた。その事実を知る者は、彼女を除いてこの世界に二人のみ。
「無視は良くないぜえ、お嬢ちゃん。だってそれじゃあ俺が寂しいだろう!? なあ! 答えてくれよ、俺はお前に興味が湧いてきた。お前一体何者だ? お前、この世界の人間じゃあねえなあ、オイ、そうだろう? アアン?」
髑髏服はそう言うと瑠羽との距離を一瞬で詰め、瑠羽に掴みかかろうとする。
しかし、瑠羽の用いる死霊魔術によりそれは阻まれた。髑髏服はまるで見えない壁にでもぶつかったかのように動きを無理やり止められる。
瑠羽はそれを見下すように、珍しくきっぱりと言い放つ。
「にぃにもいってないこと、赤の他人に教えるきなんてない」
「へえ、そうか。兄がいるのかァ。なら、兄を殺せば教えてくれるのかァ? なあ? なあなあなあなあ? クハ、クハハハハハハハ!! ハ、そうだ、先に言っておこうか。俺の名は二世呂雉、#女教皇__ギーメル__#の呂雉だ。そしてェ! 第三SS猟兵師団トーテンコップ所属ゥ! 武装親衛隊、大将! よろしくなァ!」
その言葉を聞いた瑠羽の顔に、今までにない程激しい憎悪が浮かぶ。
「るうは紫紺寺るう。ううん、いまは死魂師のるう。でも、いや、そんなことはどうでもいい! おまえは絶対にぃのもとへはいかせない! ここでしんでもらう!」
「ああ? 紫紺寺だとォ? おいおい、これ以上面白くするのはやめてくれよォ、気持ちよく後腐れなく衝動のままにぃ……ぶち殺せなくなっちまったじゃあねえかあ!」
「だいじょーぶ、るうは死なない。また、にぃにあうまでは! ――招来要請、故人百五十六。死魂纏來! ひきずりこめ、足利義満!」
二つの強者が、今激突しようとしていた。
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