第11話 ピースファッカー
「ふひ、ふへ、けひひひ! ひひひひひひひひひひひひひひひひひひああああ!!!!! さあいっこう! 最高だよぉ! きっとこの悦びを知るためにぼくは造られたんだぁ……。ああ、なんて無意味で無意味で無意味で無意味で…………合理的なんだろう。ハジメテだったけど、とおってもきもちよかった……。まるで、お歌を歌っているみたい。あ、でもさっきはたたいてだったけど、次はどうすればいいんだろう? さく? きる? ふさぐ? えぐる? さす? それともひっぱる? ねえ、なにがいいかな?」
そろそろおやつの時間を迎えつつある天神町、一の井駅前。そこは平素ならば、人々のにぎやかな声と、学生やサラリーマン等の往来で満ちている筈の場所。
けれど……。
「あ、……ああ、……が」
そこに満ちていたのは、人でなくなっていくもの達の悲鳴と、その肉塊を作り上げる獣達の嗤い声。
血と死肉。その二つが、まるでインスタント食品を作るかのように容易く素早く作成され、積み上げられていく。辺りが赤色に染め上げられていく。殺戮が、その場を満たす。
そして今、その地獄の中で口を開こうとする少年が一人。いや、少女だろうか? そんなそのどちらとも取れる中性的顔立ちを血肉で醜く汚したこの悪鬼も、その獣達の内の一人だった。また、その中性的顔立ちはそれらの特徴でもあった。
「え? なあに? 質問されたらちゃんと答えないと駄目って、キミはおそわらなかったの? だめだなあ、この世界の人はちゃんとそういうことをおやにおそわるってきいてたのに。それともペドロはぼくにうそをついたのかなあ?」
血濡れのドレスを纏ったそれは、自分で動かなくした人体の横に立ち、目の前で腰を抜かし動けなくなっているOL風の女性に対しそう言った。まるで、青空はどうして青いのかを訊ねる子供のように純粋な声音で。
それに対し、これまた中性的な顔立ちを血肉で彩った人物が答える。狂ったように攻撃的に嗤いながら。瞳は異様な輝きで満たして。
「ハッハハ、オイオイ、そんなわけねえだろう? 見ろよこいつの瞳を! 興奮するだろオ? 光が無いんだァ、俺達がコイツの光を奪ったんだよォ! 滾る、滾るだろう? なあ!」
それの言葉通り、OL風の女性の瞳からは光が消えていた。それは、恐怖に怯え、全てに絶望している事の証明。その暗い瞳には、希望は二度と映らない。
「うーん、ぜんぜんぼくにはわかんないなあ。まあでも、滾るっていうのだけはわかる、わかるよ。だからこそどうするかまよってるんだ」
「ハア? お前の手にある斧は何の為にあるんだァ? 考えるまでもねえ」
迷うそれに対して、それは既にそれの手に握られている真っ赤な斧を指し示した。
「そっかあ! そうだったね、さっきも斧をふってるあいだはとおってもきもちよかったんだ! これをもう一度やらない手はないよ! かんがえる必要なんてなかったじゃあなかいか! じゃあ次は、もおっと楽しめるようにもおっとよわめにやろうかな。ああ、ああ、ゾクゾクするよ!」
恍惚とした表情と声に加えて、それは身悶えし体を震えさせた。
そしてそれの目の前には、恐怖で体の震えが全く止まらなくなってしまった女性が声を振り絞り懇願し続けていた。
「たす……けて」
だが、そんなか細い声が、人為らざる外道の耳に届くはずもなく。
それは愉しげに血塗れた斧を振り上げる。斧に付いた大量の血がその動きにあわせて飛び散り、血の気を失くした女性の頬を血で赤く染めた。
「あはっ! え、なあに? 聞こえないってー。それより歌を歌おうよ。ぼくにみんながくれた歌なんだ。じゃあ、いくよ! さん、はい!」
一方的合図と共に、それは陽気に歌いだす。自身が造られる原因となった縄跳び歌を。その意味すら、知らずに。
「りーじーぼーでんとぅっくあっくす、えんげぶはーまだふぉーてぃわっくす♪」
振り上げられた斧は、その歌に合わせて何度も女性へと振り下ろされた。何度も、何度も、何度も。それの、場違いに陽気な歌は狂気としか言い様がなく。
この場で最も正常なものは、女性の上げた、こんな悲痛な叫びであった。
「あ、ぐ、ぎがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その悲鳴を嬉しそうに聞きながらそれは歌い、何度も斧を振り下ろす。わざと、軽い力で。自分が長く、愉しむために。吹き出る女性の血が、目や口、耳、鼻に入ることなど全く気にせず。
「えへへ、元気はいいけど、お歌がへただね、おねえさん。だめだよー、そんなんじゃ。練習がひつようだねっ!」
それの顔は、人の苦しみを、憎しみを、悲しみを、死を、前にして、笑っていた。
故にそれは、笑顔に血肉を張り付かせながら、歌い続け、振るい続ける
「♪えんうぇしそーわつしーはどぅーん、しーげぶはーふぁだふぉーてぃわん!」
ずちゃっ。ぐちょっ。ごぎっ。ばきっ。にちゃっ。ずちょ。ぐちゃっ。ぐぎっ。
かたいものとやわらかいもの、かたいものとかたいもの。二つのものはぶつかりあって、一方だけが壊されていく。徐々に、徐々に。赤く、酷く醜く。
「が、かはっ……げぼっおえ。げ、ごげっ……。や、ご、ろ……し、で」
生きているのが不思議なほどに潰された、少し前まで人間の女性の姿をしていたはずの豚の死体のような肉塊から、掠れた隙間風のような音が漏れでている。
ぐちゃぐちゃにされた女性は、それでも死にきれず、訪れぬ失血死に絶望し、痛みからの開放を最後の望みとしたのだろうか。
しかし、そんな声がそれに届くはずもない。
「うーんこえもでてないよ? おとが合わなくてもこえはださなきゃ、ははっ!」
ぐちゃ。ねちゃっ。ごぎっ。どすっ。ばりっ。めきっ。ずちょっ。どちゃっ。
それは斧を振り続ける。無抵抗の女性に振るわれ続ける斧。彼女からありったけの赤が周囲に塗りつけられる。もはや人体は、獣と街を赤く染めるだけの、塗料と化していた。
こうして、今日何千個目かも判らぬ血溜りがまた新たに一つ生まれ、一つの命が無残に消えた。
「…………」
ただの肉と骨の塊は、もうしゃべることができない。
その、女性だったものをみて、それは嗤う。
「くふ、ひひひ、ははははははは! きゃはははははははは! 楽しい、楽しいなあっ! 今度は四十一回振れた! 次は四十二回かな? それとも四十三? えへ、へへへぇ……」
嗤うそれの横では、既に五人の女子小学生が、裸に剥かれ虚ろな目で横たわっていた。
「ああ、心地いいぜェ! リジー! 純粋で潔白な小さい牝ガキを犯して、奪って、殺すのはなあ!! ああ、その顔、その目、その瞳だよォ! たまんねえ……」
未来ある少女の命を奪ったそれを見て、リジーと呼ばれたモノは顔をしかめ、こう言った。
「まえからおもってたんだけど……、ペドロって趣味わるいよね」
そんなセリフを平然と心から吐き、軽蔑するかのような表情でいながら、全身をまるで血で洗礼を行ったかのように赤く染めた、リジーと呼ばれしモノ。
それを見て、ペドロと呼ばれたモノは狂ったように――いや、実際にそれは狂っていた――大声で叫びオーバーなリアクションをとる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオイ! 水を差すんじゃあねえぞお、リジー! 俺がヤリタイのは物を知らなねえ牝ガキだけなんだァ、わかるだろォ?」
「ぼくにはよくわかんないなー。よわいものいじめはげすのすることだよ?」
「オイオイオイオイオイオオオイ! それが無抵抗の奴に斧を何度も振り下ろすやつの言うことかよお! 笑わせんなってんだァ!」
「……? それより、もうここの人は他の子達がやっちゃったみたいだし、つぎいこ?」
「そうだなァ。この地にはさっきみたいな牝ガキがわんさかいる。そう考えただけで、俺は胸が破裂しそうなほど気持ちいいんだァ。早くこの胸に溜まった糞をひねり出してやらねえとなァ!!」
「ペドロ、きたないよ」
「お前の顔の方がよっぽどだぜェ。肥溜めの中にでも落ちたみてえになァ!」
「……あっ! ねえペドロ、あそこ!」
「アアン?」
「まだ、生きてるのがいる!」
「へえ、いいのがまだいるじゃあねえかァ……。あれはイイ、すごくイイ。ああ、ヤル前からわかるぜェ」
「ふーん、ぼくにはわかんないや。ペドロはすごいね」
「じゃあアイツは俺がもらうぜ。お前は他所にでもいってな」
「うん、じゃあね」
生まれれる前からそうあることを望まれ、生まれてすぐにそれを強要されたそれらは、ためらいなく、ただその欲求のままにそれを成す。
殺戮という、凶行を。
自分達がそうするよう作られたことさえ知らずに。
自身に流れる汚れた血の因子すら知らずに。
それらに人を殺す以上の事は望まれておらず、故にそれ以外の機能は持たされていない。
だからこそ、それらの思考及び会話はその倒錯した殺人衝動の様にどこか歪で、外見も同様に常人のそれとは一線を画す。
殺人マシンとして作り出されたそれらは、息をするために、息をするように、息あるものの生を奪い、犯す。
ほら、あそこで悲鳴がまた一つ。
惨劇は、始まったばかり。
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