DI―mension 君の願った世界は英雄を望んだか?

ふみのあや

第0話 アベンジャー・ヴェルメーリョ

 此処はヒノクニ。其の嘗ての大都市。名を、旧シンジュク西区。

 鉄塊、廃材、瓦礫、死肉、哀哭、絶望、崩壊、混沌。唯其れ切りが辺りを満たす土地。

 空を見上げたとて、目に映るは薄墨の曇天のみ。希望の陽など疾うに潰え、高層の建造物に至ってはもはや姿形も無く、わずか十尺でも在れば重畳、後は見る影もない骨組みの残骸が虚しく連なるばかり。いや、其れすら残っていたなら次善、という有様であった。

 此れこそ十年前の戦火――彼の集団殺戮を戦と呼べるのであればだが――其の罪跡。圧倒的強者に依る徹底的且つ一方的虐殺の証拠である此の風景。過去には笑顔溢れるヒノクニの首都であった此の街も、今では其の機能を失っている。

 一面の荒地に漂う匂いに、平和など在るべくも無く、ただ怨嗟のみ。血と腐肉は、此の場にある全ての者の嗅覚を麻痺させ、硝煙や土煙は鼻腔内へと不快に絡み付く。壊滅に壊滅を重ねた鏖殺の末、此の地は正に地獄其の物、其の具現と成り果てていた。

 しかし、凡そ人の息を感じさせる事無き此な死地に、本来ならば在るべくも無き、熱を持った人の群れ。さあ其れこそは、古びた布切れで全身を覆ったみすぼらしい集団だった。然れど、身なりからは想像もつかぬ統制でもって、彼等は称賛に値する程華麗に整列している。其の数、実に二百強。

 そして、其の集団の視線を一点に集めし少女が一人。雄々しくも優美たる其の可憐な顔を、決意に染めて、彼女は一人、即席の粗末な演壇の上で凛と佇んでいた。

 燃え盛る炎の様な、或いは止め処なく流れ続ける生き血の様な真紅の髪を振りかざし、少女は大仰に口を開く。これまた紅に染まる、爛爛とした瞳を偏に広げて。


「聞け、同胞達よ! 遂にこの日が来た! 決死の日が! 友の死に耐え、家族の死に耐え、為す術無き生を耐え続く我等が抗えるは、己が死のみであった。友を、家族を、我等は彼等を見捨てることで生き永らえここに至る。涙を流しただろう、血を見ただろう。だが我等、どう言い繕おうと皆一切悪人である。悪鬼を見逃し醜く生き延びた我等に、もはや義は無い! 一粒も、微塵も、欠片も! だが、それでも! それでもなお我等が人たり得るは、未だ胸に熱い火を灯しているからだ。心に轟々と燃え盛る紅蓮があるからだ! さあ、失われた同胞の為、囚われた同胞の為、我等絶えてなお燃え続く火焔となるのだ!」


 少女の弁は、其の様は、正に彼女の言が如く荒ぶる灼熱だった。そして、其の焔は瞬く間に彼女の同胞へと燃え移る。まるで、油を伝う種火の様に。今、彼等は同じ目標に向かってひた走る、一介の巨大な焔と化していた。

 其の圧倒的カリスマをもって、少女は同胞を惹き付け焚き付け鼓舞し続ける。それは彼女の生れながらの才と境遇によって培われたものであろうが、些か其の小さな身には重すぎる荷にも思えた。なぜならば、その立ち姿には鬼気迫るものあれど、彼女の背丈はどう見ようと成長の途上であることを伺わせる小粒であったが故に。

 そして、熱に当てられ鬨の声を上げる同胞の声が止むのを待って、彼女は再び声を上げる。其の可憐な唇さえも、燃えるような赤に染めて。


「火が潰える、それはいつであろうか?

風が吹いた時か? 否!

水を被った時だろうか? 否!

それは、全てを、纏わり付く事象全てを! 覆い尽くし、燃やし尽くした時だ!

我等、悪鬼羅刹一切万象盡く全てを灰燼に帰すまで、絶えることは無い!

否! 絶えてはならない!

我等燃え尽きし時、それはあの憎き血豚共を根絶やし燃やし尽くしし時のみと心得よ!」


 彼女の声は天に轟き、空を震い、心を揺すった。空の灰は彼女の火によるものかと思わせる程に其の声は熱く。其の熱は周囲を焦がし、此処一体はあたかも火嶽の如き様相を呈し始めていた。

 おおー、と聴衆はどよめく。この場にいる全員が彼女の熱に浮かされていた。もはや正常な心持ちの者は此処には無い。沸騰した彼等のフード下で、眼光が炯炯としているであろうことは想像に難くなかった。

 革命と復讐。

 其の気運は、今ここに臨界を超えた。超えてしまった。

 終ぞ其の機運を、満たすこと無く。


「我が髪を見よ! 我が瞳を見よ! 我等が全てはウルティオの為に!」


 ウルティオ。その意が指し示すは少女の名。それと同時に彼女達の目的。

 つまりは、決死の復讐だった。血の革命だった。


「我等が赫き血を以て、奴等が醜き血を暴け! さあ、行かん、この世の果てへ!」


「「転移!」」

 少女の言葉に合わせ群衆は一斉に懐から概符を取り、叫び、引きちぎった。

 千切れた概符が宙を舞い、残った後には何も無い。二百程いた一団は転移の力を宿していた概符によって、一斉に此の世界から消失した。闘争へと其の身を投ずべく、夷狄蔓延る別世界へ飛んだのだ。彼等が十年前、そうされた様に。

 そして、未だ此の死地にぽつんと佇む少女が一人。

 全ての仲間が転移し終えたのを見て、一瞬張り詰めた表情を緩めた彼女は、直ぐに元の統率者としての顔に戻り、唱えた。

「……転移!」

 少女によって十字に千切られた概符が宙を舞い、彼女の体はここではないどこかへ消える。おそらくは彼女の仇、そして姉の囚われている別の平行世界へと。

 此れが彼女の血塗れた革命、其の第一の挫折になるとは露も知らずに……。

 


 西班三百二十一年、窮陰。雲影、未だ消えず。

 少女は血を求め、光へと藻掻く――。

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