俺の周りにはヒロインしかいない
篠岡遼佳
俺の周りにはヒロインしかいない
俺の名前は
身長は178cm、体重はそれ相応。部活程度だが陸上や球技をやっているので、鍛えている方かも知れない。黒髪の短髪は美容師の姉が切ってくれている。目の色は濃い茶色。眉との関係で、少し眠そうな顔になってしまうのが気になっている。
空港特有の、広い敷地と高い天井。それから行き交う人とスーツケースと、ポーンというアナウンスの音。
――俺は10年ぶりにこの街にやってきた。あまり変わっていないことに少しほっとする。
これまでは、南の地方都市に住んでいたが、家族が離れて暮らすことになり、こうして一人で空港にいる。
いろいろ話し合いはあったわけだけれど、父さんと母さんがちょっとやそっとでは行けない距離に転勤になってしまったのだ。
俺はもう高校生になっているということと、現地語が話せずどうしようもないので、日本で仕事をしている姉と一緒にここに残ることにした。ここには遠い親戚が持てあましている一軒家があるそうで、そこを使って欲しいとのこと。豪儀な話である。
と、誰かが大きく手を振っているのが見えた。
動きに合わせて、豊かな栗色のポニーテールが揺れている。
「しづき君!」
その声はあっという間に近づき、俺のことをぎゅっと抱きしめた。勢い余って椅子に座らされる。
「ねえ、私のこと、覚えてる?」
小首を傾げた大きな瞳が、俺のことをそっと見つめてくる。
俺は答える。
「ああ、
「!!! おおあたりー! すごいね、もうあれから10年経ってるのにね!」
テンション高く、俺の手を掴んでぴょんぴょんと跳ねる葵。
「手紙も電話もしてたけど、やっぱり本物は違うや」
そして手を握りしめ、じっと俺の目を見つめて囁く。
「会えてうれしいよ、しづき君」
「あー、葵ちゃんだけずるいぞ! ボクのことは!?」
「わたくしのことも覚えておいでですわよね?」
「あたし! あたしは!? 忘れてないよね!?」
今度は後ろからぎゃいぎゃいと言われてしまった。
ジャージのよく似合うショートカットの同級生、つばの広い帽子とワンピースのロングヘアの後輩、背が低くてミニスカート、ボリュームのあるウェーブヘアをした先輩。
「
「お、すごい、さすがだね!」
「ええ、まあ、当然覚えておいでだとは思っておりましたけど」
「いやー、あたしってちっちゃいから覚えやすいとは思ったけどもね、すごいね」
「ちょ、ちょっと待って」
俺は手を前に出して四人にストップをかける。
「いっぺんに喋るのはなしにしてください……どうか順番に……」
さすがに四人と喋ると四倍疲れる。
俺が言うと、おっと、といった感じで四人は視線を交わし、そして代表して葵が話してきた。
「えっとね、こほん、こうして空港までやってきたのは、10年前もそうだったからです」
入れ替わり立ち替わり、今度は順番に話を継いでいく。
「ちょうど10年前の今日、8月11日が、君の旅立ちの日だったんだ」
「偶然ってあるものなのですね、わたくし、日記にきちんと書いておきましたからよく覚えております」
「私も覚えてるよ! ちゃんと書いたもんね」
四人はそう言って笑い合う。
彼女たちはそれぞれ10年間を仲良く過ごしていたようだ。なんとなくその時の流れを感じて、俺はうれしくて笑った。
さて、まったくジャンルの違うヒロインたちがこうしてまとまっている理由は、ただひとつ。
俺のことが好きだからである。
――いやいや、のろけでも妄想でもなんでもない、これは事実だ。
でなければ、街に出るのに三〇分、そこから更に乗り継いで空港まで来てくれるわけがない。
それに。
それに、俺は知っている。
十年前。
俺たち五人は、とても仲がよかった。
だから、俺が遠くへ引っ越しすると決まった時は相当なショックを受けていた。俺ももちろん、寂しくて悲しかった。
けれど、彼女たちはそれで終わらなかった。自分ではどうしようもない、誰かを想う気持ち、誰かを忘れたくない想いを持てあましてしまった。
だから、
それぞれ、自分で考えた、「忘れないため」のおまじないを実行した。
あの子は、高くから飛び降りた。そして、足を少し引きずるようになった。日常生活には支障ない程度だけれど、彼女は「忘れないため」走れる未来を捨てた。
あの子は、飼っていた動物を殺した。そして、殺したのだからと、食べた。確かに相手は金魚程度だったけれど、彼女は「忘れないため」罪を飲み込み、もう魚は食べられなくなった。
あの子は、思い出にしたいと、写真を一枚残らずすべて燃やした。記憶していることなら、すべてを書くことが出来るから、写真は必要ないと。「忘れないため」すべてを捨てた。
あの子は、他に思いつかなかったと言っていた。だから、「忘れないため」自分の腕に、ボールペンで滲むほどみんなの名前を彫った。日付も一緒に。
かわいいいたずら、のつもりだったのだろうと、大人は本質を理解しなかった。
小学生の時にはよくあることだと、それらは片付けられた。
だが。
そんなものではない。
それは俺が一番知っている。
俺は目の前で四人にそれをされて、それを分かち合った。
飛び降りたし、金魚も食った、写真をちぎり、俺の腕にも傷痕がある。
この十年、それを思い出す度に、俺は早く帰らなければならないと、想いを強くした。
なんてヒロインたちだろう!
俺は、彼女たちを思う。
「先輩、ちょっと腕見せて」
「え……もう~、こんなところで見せるの? 照れるなあ」
風先輩は、言いながら、肌を晒すのを少し恥ずかしがった。
この暑いのに着込んでいる長袖のカーディガンをめくる。
左腕には、10cmに渡って、もう判読できない文字の跡があった。
「ああ、うん、ありがとう」
俺はそっと袖を直してやり、ぽんぽん、と先輩の柔らかい髪を撫でた。
――実際、心が淀んでいるのは俺なのかも知れない。
それとも、そんな俺のために色々なものを捨て去ろうとした、彼女たちかもしれない。
けれど、今も昔も、みんな笑顔が素敵だ。
顔の造作は平均以上だし、俺のことを思ってくれている。
拗ねてももちろんかわいい、わがままも心を許してくれてる証だ。
「よし、じゃあしづき君の新居に向けてしゅっぱーつ!」
「お姉さまに会うのも久しぶりですわ。楽しみです、しづきさん」
「荷物はこれだけ? しづきは相変わらずものが少ないね」
「あたしはしづきちゃんのスーツケースに乗っかる~」
花が咲くように、彼女たちは笑う。
空港を行き交う人たちも、彼女たちにつられてなんだか笑っているようだ。
――うん、やっぱり。
俺の周りには、どう考えても、ヒロインしかいない。
俺の周りにはヒロインしかいない 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます