3 剣魔推参


 日が昇り、空は青い。冷たい風が吹いていて、気温はまだ低かった。赤石山の樹林からたちのぼる朝霧が、風に煽られて流れてくる。

 黒塗りの大型リムジンが二台。ゆっくりとした速度で坂道をのぼり、聖林学園の正門前に停車する。素早く降りた運転手がドアをあけ、中から制服姿の男たちが、大刀を片手に降車してくる。

 全員が、襟が高い長ランを羽織り、腰には鮮やかな角帯。肚には、きらきら光る漆塗りの脇差が差されている。

 その人数七人。剣魔のうちの紅一点である市川海老奈も、男子の士官用制服にすらりとした長身を包みこんでいる。長ランの胸を割って突き出す、白いワイシャツを盛り上げたバストが目立っていた。

「暑いなぁ」空を見上げて文句をいう。「夕方まで、待たない?」


「それまでに『テスラ・ハート』が見つかっては、元も子もないだろう」憮然とした顔で前に出る柳生紫微斗は、角帯に親指を入れると、作った隙間へ慣れた手つきで大刀を差す。呪禁刀『骸丸』。鷹沢善鬼が所持し、市川雷美が聖林学園に届けに来た、柳生連也斎の佩刀である。


「まあ、背に腹は変えられないか」海老奈はウェーブのかかった長い髪をかきあげる。彼女の腰に差さる呪禁刀は、二振り。大刀『阿形切あぎょうぎり』と小刀『吽形切うんぎょうぎり』。「その『テスラ・ハート』とやらをぶっ潰してしまえば、あたしたちを脅かすものは、もう何もなくなるわけだからね」


「そうとは限らねえ」顎をこすりながら、土方戦馬はにやにやと笑う。「呪禁刀がある。市川雷美が持つ謎の一本。あと、まだまだ日本には、見つかっていない呪禁刀が多数存在するはずだ」


「ふふふふ」苦笑を漏らすのは、夢想権化。彼の呪禁刀は脇差の『おそらく猪首いくび』。おそらく造りという独特な形の刀剣である。彼が使うのはじょう術であるため、大刀はない。手には一・二メートルほどの握りやすい太さの棒一本。これこそが、杖術で使用する武器『じょう』である。「呪禁刀があったとして、だれがわれらを斬る? それを恐れるなら、一番恐ろしいのは、ここにいる仲間であろうな」


「嫌なこと言いやがる」吐き捨てるように言う魁偉な長身は、東郷鉄鎖。腰の大刀は、『雲耀石火』。三尺を超える大太刀。柄や鞘が周囲の者に当たるのを避けるため、すこし離れて立っている。


「たしかにそうだが、いまは『テスラ・ハート』を潰すことが先決だ」無口な田宮刀内とうないが珍しく口を開く。彼の腰の大刀は、柄が長い『八方萬字』。居合に特化した刀剣であった。


 そして最後に降りてきたのが、比良坂天狼星。生成りの麻の夏着物に身を包み、帯は涼やかな浅黄色。透き通るような肌の白さと、湖水のような碧眼の青さが、朝の光の中で、ひときわ映えていた。

「『テスラ・ハート』、そのようなものが本当にあるというのなら、ぜひ見てみたいものですね」天狼星は嫣然と微笑む。「昼食の用意をすでに始めてしまっていますので、この学園を電光石火、いっきに攻め落として、わが校の三階のテラスでランチにいたしましょう」


 天狼星の、すっと前へ伸ばされた白い指を合図に、六人の剣魔は歩き出した。

 聖林学園の門扉は開かれ、中央に赤黒い血にまみれたバスが朽ちたように止まっている。

 柳生紫微斗を先頭に、六人の剣魔は一列にバスの後部ドアを目指した。

 聖林学園は静まり返り、人の気配はまったくない。柳生紫微斗は、油断なく左右に目を走らせつつ、大胆な足取りでバスの中に入った。




 さわやかな朝だった。

 青い空と白い雲。赤石山から見下ろす街の風景は、空気が澄んでいてクリア。

 園長室の窓から見下ろしながら、市川雷美は大きく伸びをした。

 いま、下の校庭では、正門に止まったバスの前部ドアから、士官の制服に身を包んだ纐血城高校の生徒が何人か降りてきている。


 全員が独特のデザインの長ランを羽織り、前は全開。白いワイシャツと腰に締めた帯、そして差した刀の柄が飛び出ている。遠くて顔までは分からないが、おそらくは剣魔たち。

 七人の剣魔のうち一人、卜部閻魔はすでに雷美に斬られたので、残りの六人ということになる。後ろのデスクについた吹雪桜人が、校内の監視映像をザッピングしながら、剣魔たちが散開して校内に散る様子を把握している。


 一般の生徒は、ほとんどがすでに女子寮に避難済み。なぜ女子寮かというと、一階の窓に鉄格子が嵌っていて侵入が難しいから。入って入れなくもないのだが、おそらく剣魔はそんなことまでして一般生徒を斬りには行くまい、現段階では。


 一方、剣魔迎撃の任務をうけた何人かは校舎の中に潜んでいる。雷美一人で六人斬るのは、いくらなんでも厳しい。そこで、うち何人かは雷美以外のメンバーに斬ってもらう、それが篠の計画だった。

「できれば、斬ってください。無理なら逃げて時間稼ぎ」

 それが篠の指示。

 とにかく、六対一では、雷美に勝ち目がない。もっとも一対一でどれほど勝ち目があるかは、やってみないと何ともいえないのだが。


「雷美さん、剣魔、散開します。一直線にここまで登って来ようとするかと思ったんですが、警戒しているんでしょうか?」

 桜人が緊張した声で報告してくる。口調がいつの間にか敬語だ、年上なのに。

 豹介の計略で、最上階の園長室までは防火シャッターが降ろされていて、まっすぐ上がってくることができない。あちこちと迂回する必要があるのだ。そこを剣魔たちは密集せず、ばらばらに攻略するつもりらしい。だれが一番に『テスラ・ハート』を破壊するか、賭けでもしているのかもしれなかった。

 桜人の背後に立って校内の映像を確認した雷美は、だいたいのあたりをつけると出口に向かう。

「では、行ってきます」

「お気をつけて」桜人はおぞこかに言い放つ。「ご武運を」

 雷美はにっこり笑って返事した。

「はい」



 土方戦馬は、仲間から離れて一人、一階の廊下を歩いていた。

 何人かは『テスラ・ハート』を求めて上の階を目指したかもしれないが、彼の探すものはおそらく上階にはない。北側で日陰になった廊下はまだ気温があがらず、ひんやりとしている。こっちにいるんじゃないか? そんな予感がしていた。

 人の気配のまったくないリノリウムの床を、かつかつと踵を鳴らして歩いていた戦馬は、やがて行く手に目当てのものを見つけ、破顔した。

「よう、雷美ちゃん。会いに来てくれたんだ」

 前方に、市川雷美が、抜き身を手に提げて立っている。二本差し、藍染めの剣道着、足には黒革の編み上げ長靴。


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