第十三話 青年、幼女その身に纏いて

 空間固定で、身動きが取れないルスカの周囲が歪み始める。それとと同じくしてルスカは、悲鳴とも断末魔とも言える声を上げるも、なんとも形容し難い声。


 徐々に歪みは内側へと収縮し始め同時にルスカの体がローラーに巻き込まるように捻れていく。このままだと体は当然バラバラにされかねない。たとえ無事でもその体は空間の中へと飲み込まれてしまうと思われた。


「ルスカーーっ、逃げてくださいいい!!!!」


 アカツキは急いでエイルの蔦を伸ばす。ガロンもすぐにでも跳び跳ねたいが、鼻頭に受けたダメージで足が震えて踏ん張りが利かずにいた。


「う……う、ウオオオオオオオオーーっ!!!!」


 断末魔、その場にいた誰しもがそう思った。


 ところがルスカは翼を二枚、体の四分の一ほどをその場に残すことで、姿を消す。


 次に現れた時、ルスカは「アカツキっ!!」と叫ぶ。何の打ち合わせもない。けれども、アカツキにはルスカの言いたい事がその一言だけで理解出来た。


「左、四十五度です!! ルスカ!!!!」


 アカツキは目が見えなくなってしまったルスカの代わりに馬渕のいる位置を教える。距離は必要ない。ただ、そこに向かって真っ直ぐに突っ込めばいい。あとは食らうものが、馬渕を消してくれる。


 ルスカは自分の体を犠牲にした一撃へと全力で飛ぶ。翼は二枚失われ、目は潰れ、体の一部は捻り切る形で無くなっていた。それでもルスカは、躊躇うことなく、アカツキの言葉を信じて決死の覚悟で挑んでいた。


「大したものだ。敬意を表してやるよ。ま、俺からなんて嬉しくも何ともないだろうけどな」


 馬渕が呟いた時には、ルスカは大きく口を開き目の前にまで来ていた。アカツキもガロンも、これは逃げられないと確信する。


 そして、遂に馬渕の姿がルスカの体内へと飲み込まれて姿を消す。


 アカツキもルスカもガロンも、怪我は大きいが勝った──そう思ったのだが……次の瞬間、アカツキの表情に絶望の色が見えた。


「ば、バカ……な……」


 ルスカの体に風穴を開けて、馬渕が飛び出してきた。顔色一つ変えず、当然ただと言わんばかりに。


 ルスカは最早浮き上がる力もなく、ただの肉塊と成り果て墜落していく。ガロンを呼び寄せたアカツキは、大きく目を見開き地面へと落ちたルスカの側へと急ぐ。食らうものの力すら失い、地面を食らうことはなく、ただ横たわる。


「ルスカ!! ルスカ、しっかりしてください!!」

「あ……アカツキ……ど、どこじ……ゃ、見えぬ……」

「ここです! ここにいます!! 待ってください、今回復薬を!!」


 かなり万能な回復薬をもってしても助からないのは、アカツキにもわかっていたが、何かしないと気が狂いそうになる。ルスカは何か話そうと口を動かすも小声過ぎて聞き取り辛い。


「どうしました、ルスカ!?」

「わ、ワシは……ここま、でじゃが……あ、あとは頼……むのじ……ゃ」

「そんな弱気にならないでください! そうだ、ルスカは死の因果が切れてます! 大丈夫、死なないです、そうでしょ!!」


 小さく首を横に振るルスカ。意志は残るが体が無くなっては最早死と変わらないことを、同じく死の因果が切れているアカツキも分かってはいたのだが、どうしても認められずにいた。


「わ、シの……ちか、らと、心……は、お主と、一緒……置いて、いく……のじゃ……」


 アカツキにはルスカから何かが流れ込んで来るのが、感じ取れた。


「いち、ごの飴……食べたい……のじゃ……」

「ルスカあああああああーーーーーーっ!!!!!! うわあああああああああっ!!!!」


 アカツキは天に向かって嗚咽混じりの声を上げる。ルスカと一緒だったのは、僅かな時間であってが、出会った頃からの思い出が走馬灯のように甦る。もう、ルスカの好きな飴玉を作ってやる必要もないのだな、と虚しさで心にポッカリと穴を開ける。


 ──しかし、アカツキは立ち上がる。そのポッカリ開いた穴を埋めるようにハッキリとルスカの意志を感じているが為に。


「ルスカ……あなたの力、借ります!!」


 ガロンに跨がり、赤いオーラを出したアカツキに変化が訪れる。ガロンの白い毛色は見る間に黒く染まっていく。赤く輝くオーラは、黒いオーラと交ざり赤黒く鈍い輝きを見せる。そして、アカツキの瞳には、ルスカと同じ魔王紋が現れたのであった。



◇◇◇



 なんとも不思議な気分であった。常にルスカの存在を身近に感じ、怒り狂いそうな感情は自然と無くなり穏やかな気分。アカツキはアイテムボックスからルスカに飲ませる為に取り出した回復薬をゴクリと飲んだ。


 すぐに効果が出るわけではないのに、体中の痛みが和らぐ。


「終わらせましょうか、馬渕恭助」

「くく……昔から目障りで俺の邪魔ばかりをするな、田代ぉ。一番最初にお前を排除しておくべきだったと後悔しながらも、あとはお前さえ居なくなればと思うと寂しい気もするぜ……」

「嘘ですよね、貴方にとって楽しむオモチャが一つ減る程度でしょうが」

「なんだ、俺のこと良く分かってるじゃねえか」


 馬渕は八枚の羽を大きく広げると、話をしている最中のどさくさ紛れに左手を然り気無くアカツキへと向ける。


「ガロン!」

『オウ!!』


 ガロンが大地を蹴ると、次の瞬間には馬渕のすぐ横にまで距離を詰めていた。


「終わらせます!!」

「お前がなぁ!!」


 アカツキが振り下ろした赤黒い剣を馬渕は空間を歪め中から取り出した、刀に似た形状の真っ白い刃で受け止めた。

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