第三話 幼女と青年、原田と出会う

 アカツキがザングル国へ向かうと決めたのは、つい先程のことであった。アカツキ達がパペットに乗り込む際、兵士から言われた一言が原因だった。


「ちょっと俺も乗せてくれよ」


 この兵士達の任務は野次馬からパペットを守ることにある。そして、その任務は上役に報告して初めて終わりを迎える。アカツキ達が来たからといって終わりではないのだ。


 アカツキはグランツ王国の兵士としての練度に疑念を抱く。


 例え相手より数が上回っても、策が上手くいったとしても、一人の兵士の瓦解から軍が崩れることだってある。


 そういうこともあってか、アカツキは帝国に最後まで抵抗したというザングル国の兵力を宛にしてバッハに援軍を頼むつもりでいた。


 ザングル国に入ると、バッハが居そうな場所がすぐにわかる。様々な色や形の違う鎧を身に付けた兵士が綺麗に隊列を組んでいることが、上空から見下ろすとよくわかった。


 鎧が様々なのは近隣諸国で集めた兵士だからだろう。しかし狂いもなく並ぶ姿は、バッハの指揮の高さを証明していた。


 近くの森の中にパペットを降ろすと、アカツキとナックだけでバッハの元へと向かう。


「ワシは留守番しておくのじゃ。アイシャや流星にもこのパペットの扱い方を教えたいからの」


 確かに魔法を使えるのは、ルスカを除くと流星とアイシャが最有力である。流星とアイシャは、何故と疑問に持ちながらも、パペットに興味がないわけではなく、すぐにそんな疑問は吹き飛んでしまい夢中になってしまった。


 流石に空を浮く巨大なパペットを見てバッハが気づかないわけもなく、アカツキと途中で合流する。アカツキはすぐにバッハと話し合うため、他の人に聞こえないようにバッハと二人きりになれるよう、ナックに見張りをお願いした。


「なるほど、あれが例のパペットと言うやつか。それで何だ、頼み事とは。我に任せろ!!」


 アカツキはグランツリーが急襲される可能性があることを伝え、一部を援軍として寄越して欲しいと伝えた。


「此方の守りもあるでしょうが、正直グランツ王国の兵士では心許ないのです。お願い出来ませんか?」

「わかった! 我が自ら半分を率いて駆けつけよう!」

「半分!? それだと此方の守りが。それにまだ来ると決まったわけじゃ……」

「話を聞いた限り、我が相手方に立った場合で考えてもグランツリーを襲う! 今やグランツリーは、グランツ王国は、このローレライの支柱だ。落とせるのなら襲わない道理はない!」


 バッハは力強くそう主張すると準備にかかろうとするが、何か思い出したようで、アカツキにちょっと待っていろと、この場をあとにする。


 しばらくすると、バッハは一人の女性を連れてきた。アカツキも見覚えのある女性。森エルフのハーミーであった。


「すいません、アカツキ様。遅くなってしまいまして。森エルフの住み処にあった魔石です」

「ああ。ありがとうございます。しかし、バッハさんの所に居たとは」

「うむ、次のグランツ王国への定期連絡で一緒に送り届けようと思ったのだがな。しかし、今はグランツ王国は危険だ。彼女は我が家でお世話をしよう」


 アカツキは、魔石をハーミーから受け取ると、ナックを連れてルスカ達の元へと戻っていく。正直、魔石は聖霊王の像という思わぬ量が採れた為、不要なのだが、ルスカに渡すと、ルスカはそれを更に流星へと渡した。


「もし、万一、ワシに何かあった時やパペットの魔石が不足した場合のために、使えばよい。何、山脈の頂上くらいまでなら事足りるじゃろ」


 何気ないルスカの一言で誰もが気にすることは無い。しかしルスカの体調の事を知っているアカツキには重い一言であった。


 向こうに到着すれば休めるかどうかわからない為、この場で仮眠を取ることにしたアカツキ一行。晩御飯をアカツキが用意し食べ終わったタイミングで、アカツキはルスカの側へと行く。


「辛いのですか?」

「大丈夫じゃ。なんとしても、この件だけは収めねばな。もし、万一ワシの封印が解けた場合、アカツキ。お主がワシごと封印するのじゃ。三体の神獣、それに聖霊王もいる。恐らく一時的だが可能なのじゃ」


 気丈に振る舞うルスカをアカツキは悲痛な表情で見ており、包むように抱きしめる。


「嫌ですよ、ルスカが居なくなるなんて……」


 アカツキは、そう寂しそうに呟くのであった。



◇◇◇



 仮眠を取ったアカツキ達は、まだ朝靄のかかる中、出発することに決めた。もし、何処かで見られているならば、視界不良の今の状況はありがたい。赤い光を放出しながら、巨大なパペットは山脈を越える高さまで上昇していく。


 山頂付近も、まだ霧が晴れてはいないが、高すぎるが故に他に見間違えることなく視界に山を捉えることが可能であった。


 上昇していくに連れ、気温はどんどんと下がっていく。冬のように肌寒く風が肌に触れる度に痛い。それぞれが毛布を出してくるまって寒さを防ぐ。


「あそこが山頂なのじゃ!」


 ルスカの声に皆は横を向き一斉に一点を見る。ハッキリとはしないが白い靄の中に、山らしいシルエットが浮かんでいた。


「うわぁ、高えな!」


 上昇から平行にパペットを飛ばし始め、改めて下を見た流星は思わず感嘆する。ナックもアイシャも飛行機など知る由もなく、初めて感じる高度に体が硬直していた。


 アカツキはと言うと、吹きすさぶ横風の中、安全バーを越えて時折ルスカの様子を見に行く。


「大丈夫ですか、寒くないですか?」

「大丈夫ですか、眠くなったりしていませんか?」

「大丈夫ですか、飴玉舐めます?」


 普通なら恐怖で足がすくむ中、何度も何度も世話を焼くアカツキを見ていると、他の皆は内心「お母さんか!」と叫んでいることであろう。


 山の間を通り抜け、パペットはいよいよ最果ての地の上空へとやってくる。


 眼下に広がる光景に、アカツキ達は襲撃者達が何故長年世代を越えてローレライから追い出された事を恨んでいるのか、その理由が何となく理解出来た。


 パペットが降下していくと、段々とその光景がハッキリと見えてくる。


 何もない。川も湖も緑も。ただ剥き出しの岩場が広がる。


 広がる岩場の中の平野に街はあるものの、田畑もなく水源のようなものも見当たらないというのは異常であった。


 パペットを街の近くへと降下させると、訝しげな表情の住民がゾロゾロと家の中から出てくる。しかし、そこに若い男性の姿はなく、女子供だけであった。


「──しにきた。何しにきたのよ、人でなしどもが!!」


 住民は、そこかしこに落ちている石を拾い投げつけてくる。しかし、皆の腕は細く、アカツキ達の所へ石は全く届かない。


「おいおい。これじゃ、降りた途端に殺されかねんぞ。どうするのだ、アカツキ」

「話をして通じるか……それにしても男性は一体どこへ……。うん? 誰か来ましたね」


 野次馬の女子供を押し退けて、初めて男性が姿を現す。


「おい! あんたらを呼んでいる! ハラダ様がお会いになると!!」


 パペットの足下で叫ぶ男の言葉に、大人しくなっていた野次馬が再び騒ぎ出す。


「どうするのじゃ、アカツキ」

「呼んでいるなら丁度いいです。行きましょう。ただ、パペットを無人にしておく訳にはいきません。アイシャ、ナック。残ってもらえますか?」

「わかった、任せておけ」


 まずアカツキがルスカを背負い降りていく。その後、続いて流星と流星の頭の上にいるガロンもパペットから降りた。流星は、必ずついていかねばならない。何故なら、アカツキは間違いなく原田の顔を覚えていないからだ。


 野次馬から鋭い視線を向けられて、生きた心地がしない。いつ石を投げられてもおかしくない状況。街の中へ入ると建物自体は頑丈な石造りで立派であるが、まず、店が一つもない。他国から食料を仕入れることも出来ず、お金自体無意味であるのだろう。


「ここの人は何を食べているのですか?」


 先頭の男に問いかけると、男は足を止めアカツキ達を先程の野次馬と変わらない鋭い視線で見てくる。


「……魔物だよ。大昔、ここに流れついた先人が連れてきた魔物を家畜として飼っている」


 それだけ言うと喋り過ぎたと思ったのか、口をつぐむと再び歩き始めた。


 街の一番奥に、屋敷と言っても過言ではない建物へと案内される。玄関には、女性が三人迎えてくれるが、どの女性も下は小さな下着のみで、上半身は胸を露に出していた。


「ハラダ様がお待ちです」


 女性の態度や姿にアカツキ達は、一瞬で不快を覚え、ここで原田がどんな生活をしてきたのか理解する。皆の表情が歪む。


 案内されたのは重厚な扉の前。三人の女性が一斉に引くと、ギギギ……と音を立てて扉が開かれ、部屋の奥にはひじ掛けに肘を立て腹回りの大きな男性が座っていた。

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