最終章 幼女(ロリ)賢者は、青年と静かに暮らしたいのに

第一話 原田、最果ての地の王

「ハラダ様、またもや誰一人戻って来ませんでした」

「わかった」


 一人ひざまずく男は無念そうに唇を強く噛んだ。原田は後ろで扇ぐ女性達の手を止めさせると退室させる。そして、その太った体を椅子から重そうに立ち上がると、男の側に寄り肩を掴み立たせた。


「確か、今回の遠征にはお前の息子が参加していたな。無念だろう、奴等が許せんだろう、次、参加して仇を討て!」

「は、はい。必ず!!」


 男は機会をくれた原田に感動し涙すら浮かべて部屋を出ていった。


「ぐふっ、ぐふふ。単純な奴等だ。誰も帰って来ない? 当然だ。俺のスキル“抜け穴”は許可するものは通すが、帰り道などないのだからな」


 原田は不気味に口角を吊り上げ嘲笑う。部屋には、原田以外に床に這いつくばる女性が一人いるが、原田はその本性を隠そうともしない。馬渕から原田に買われた女性、月ヶ岡百合の前では。


 既に首輪などは着けず、最近では暴力的なことも行われない。けれども、百合は逃げようともしないのは、体が動かないこともあったが、それ以上に生きる気力を失っていた。


 それでも生き長らえているのは、原田が死ぬことを許さなかったからであった。


 原田は百合の髪の毛を無造作に掴むとそのまま床を引きずるが、ボロボロになった髪の毛は、すぐに抜けてしまう。


「チッ! 面倒くせぇな」


 原田は肩に軽々と百合を担ぐとそのままベランダへと出る。眼下に広がるのは、原田に心酔し、原田の言葉を疑うことのない人々。ベランダに原田の姿を見つけると、裸で担がれている百合など気にすることなく、原田を称える声を上げる。


「ぐふふ、見えるか? あれが馬鹿と言うんだ。俺が用意したローレライへの道は黄泉への道だとも知らずにな。ぐふふふふ」


 原田は、重い体を揺らしながら、屋敷の地下へと降りていく。見張りを追い出して祭壇のある部屋に原田と百合の二人となる。


「全く……この体の主はブクブクと太りやがって……。際限を知らないのか」


 狭く蝋燭の灯りしかない部屋の床に百合は無造作に置かれると「うっ……」と呻く。祭壇には捧げ物らしい食べ物が置かれており、百合は虚ろな目でそれを見ると、殺した感情が僅かにこみ上げてきて、うっすらと笑う。


 きっと捧げ物とされるのだろう、これでやっと死ねる、と。


 しかし、そんな絶望の中の希望も次の瞬間に失われる。原田の纏う雰囲気が一変し目付きまで変わる。その冷たい目に百合は恐怖という感情を呼び起こされて、体が小刻みに震えだす。


「まあ、いい。あと少し、あと少しで体さえ手に入れば。くくく……」


 百合は見た。原田の後ろに蝋燭により出来た影が異様な姿へと変貌するのを……。



◇◇◇



 その頃、アカツキ達は新型パペットを連れてローレライへ戻るのだが、船には乗せられず、空を舞う。グランツ王国に到着すると、パペットを見た人々は空を見上げたまま口をポカンと開きっぱなしになっていた。


 グランツリーの街中へ降ろす訳にもいかず、街の外れへとパペットを着陸させると、人々が群がり始め、兵士まで出てくる始末に、アカツキはパペットをそのままにしておく事が出来ずに流星と、障壁の張れる弥生を残してアカツキとルスカは降りていく。


 兵士に事情を話す前に、騒ぎを聞きつけてやって来たのは元勇者パーティーの一人でグランツリーでシスターとして働いていたチェスター。おかげで、兵士に捕まることなくアカツキとルスカは城へと入りイミル女王へと会うことが出来たのだった。


「あれが、例のパペットですか……遠くにあるのに大きさが良くわかります。それに空を飛ぶことが出来るようになるとは……」


 イミル女王とアデル王配は、アカツキとルスカを連れてテラスに出ると、そこからパペットを眺め、嘆息する。未だに二人とも信じられないといった様子だ。


「まあ、速度は出ませんが。それで早速お願いがあるのですが、野次馬から守るように兵士を派遣してもらいたいのです。でないと流星も弥生さんも彼処から動けません」

「わかりました。アデル。お願い出来ますか?」

「はっ!」


 アデル王配は一度ひざまずくと、すぐにその場を離れ自ら指揮を執りにいく。


「いよいよ、ですね」


 そういうとイミル女王は、いとおしそうに城下を眺める。いつもと何か様子の違う女王の変化にアカツキは、サインを見逃さなかった。


「もしかして、御子ですか?」


 女王が優しい目で自分のお腹を軽く擦ったのをアカツキは見ていた。いくら鈍いアカツキでも弥生の出産から多少の経験は積んだということだろう。


「はい。まだ公にしていませんので、出来ればご内密に」

「わかりました。ルスカも内緒ですよ?」

「わかったのじゃ! それならば城の中に入るのじゃ。冷えてはいかんしの」


 ルスカは女王の許可をもらい少しお腹を撫でると、イミル女王を風の冷たいテラスから城の中へと誘導するのであった。



◇◇◇



 小さな一室、そこに他の者が来ないように見張りを離れた場所に立てて集まる。極力人を減らしたかったアカツキの提案により、メンバーはイミル女王にアデル王配、アカツキ、流星、ガロンに、弥生とフウカと内々うちうちであった。


「では、まず私から。あくまでも推測と思ってください」


 そう前置きすると、アカツキはグルメールやレイン自治領を襲った連中の背景を話始めた。それは最初に聞いていた流星を除き皆が衝撃を受ける。


「まさか……平気でそんな真似をするとは!」


 アデル王配は、衝撃を受け顔色の悪くなったイミル女王を支えながら激怒する。


「信じられない! それをしているのがもしかしたら原田くんなのかもしれないのよね!? 酷い!!」


 弥生も馬渕と同様にそれほど残酷な事をするものが、自分のクラスメイトに二人も居るとは信じがたいことであった。


「ルスカは、どう思いますか?」


 歪みに関しては、ルスカが一番詳しい。ルスカは眉をハの字にして腕を組み考えに耽る。


「可能性としては高いのじゃ。そして恐らくこんな事が出来るのは魔法ではなく、スキルなのじゃと思う」

「ではやっぱり原田……ですか?」

「ちょっと待て、今カホから連絡が来た」


 皆が流星に一斉に注目する。スキル“通紙”での連絡。そこには、アカツキの推測を裏付けするのに重要な事が書かれていた。


「アカツキ、ビンゴだ。お前の言っていたようにいくつか見つかったようだぜ。ルメール教のメダルがよ」


 アカツキは前にカホからワズ大公の容態の連絡が来た時に、流星からカホにルメール教のメダルを探す事をお願いしていた。そして、グルメールにも襲撃者達が落としたと思われる幾つかのメダルが見つかったという。


「むぅ、ルメール教のメダル──もしかしたら、それが鍵なのかも知れぬのじゃ。死体までどうやって移動させたのか気になっていたのじゃが、もし、死体がメダルを肌身離さず持っていたのなら、メダルが歪みの発生条件なのかもしれぬ」


「そういうことですか。リンドウの街で捕らえた空き巣。彼らが落としたメダルは一枚だけでした。牢屋の中で他のメダルを使い脱出でも試みたのかもしれません。けれども、それは使った人間だけではなく、近くにいたメダルを落とした者すら飲み込む歪みに吸い込まれた。グルメールに落ちていたメダルは、他の人が使用しているのを見て思わず捨てたと考えるべきでしょう。結局、その人も吸い込む力が強く歪みに放り込まれたのでしょうが」


 一同は、アカツキとルスカの考えにゾッとする。つまり襲撃者達や空き巣は、この結末の事実を知らずに利用したことになる。

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