第十五話 青年と幼女、再びドラクマへ

 浜は島民に、聖霊王のお告げだと納得させて聖霊王の石像を船に運ぶのを手伝わせる。島から持ち出す事に全く疑問に思わない島民達であったが、唯一運んでいる石像が壊れていることに首を傾げ、アカツキや浜に尋ねるも、誰も口を開かなかった。


 決して豊かな暮らしだとは言えない島の生活。貴重な食料や水も分けてもらえ、船に石像同様に積み込む。しかし、アカツキ達が今回来たことにより、グランツ王国と島との航路が確立され行き来も増えてくるだろう。


「それじゃ、元気で。田代、流星、三田村」

「ああ、またな浜。落ち着いたら、カホやタツロウにも会ってやってくれ」

「ああ、必ず」


 浜と島民に見送られ、アカツキ達を乗せた船は出航する。


 アカツキ達は、島が見えなくなるまで手を振り続けていた。



◇◇◇



 帰りの航路は空は青く澄み渡り、何処を見ても雲一つない。船の揺れも穏やかで、このまま何事もなく帰れると思った。


「ルスカ」


 アカツキは、甲板の段差に座りルスカを手招きで呼ぶ。ルスカは徐に近づいていくとアカツキに抱き抱えられて膝の上に座らされる。


「どうしたのじゃ、アカツキ?」

「体、辛いのでしょう?」


 首を上げアカツキを下から見ていたルスカは、黙って俯いた。


「気づいていたのじゃな……」

「どのくらい酷いのですか?」

「そうじゃなぁ……」


 ルスカは遠い空を眺めるとポツリと「もって二ヶ月」と呟く。


「多分、動けなくなるじゃろ。そしてワシの中の“食らうもの”も抑えることが出来なくなるじゃろな。まぁ、それまでに何か手を打つがの」

「ルスカ……」


 ルスカの体ではもう限界であった。このままいけば自分の体と意思を“食らうもの”が飲み込み、死の因果が切れたルスカにとって、意識だけは“食らうもの”の中に残ることになる。それは永遠の苦しみ。溶かされても戻る意識は、何度も何度もハッキリとルスカに耐え難い苦痛を与え続ける。


 アカツキはルスカを強く強く抱きしめる。


「諦めないでください。私に出来ることがあれば何でもしますから……」


 ルスカはそれに相応しい答えを持ち合わせておらず、ただただ抱きしめてくる腕をギュッと掴むのであった。



◇◇◇



 漁村には向かわず、アカツキ一行の船はドラクマへ通じる島へと進路を向けた。島へ到着すると、アカツキ一行と一部の船乗りを残し船は去っていく。


 ドラクマへ通じるゲートである穴へとアカツキ達は一斉に飛び込んだ。


「ここがドラクマか……」

「こう見てみるとわたしたちが住む世界と何ら変わらないわね」


 アカツキは以前来た時とは違い、随分と街が再建していることに驚く。それほど時は経過していないにも関わらずだ。つまり、それは魔族と人が協力し合ってきた賜物以外何物でもなかった。


 アカツキ一行は、街に入ると更に驚かされる。派遣されてきた人間、ドワーフと魔族が互いに笑顔を見せ合っていたのだ。


「魔族も随分と変わりましたね」

「違うのじゃ、アカツキ。魔族は何も変わっていないのじゃ。そう、なにもな」


 感慨深くルスカは街の住民を眺めている。魔王と勇者という因果の元に互いにいがみ合っていただけなのだたと。アドメラルクもアスモデスも、そして最初の魔王であるルスカが居なくなり、魔族は今、因果から解放されたのだと。


「さて、モルクさんの所に行きましょう」


 今の街には城は無い。では、今モルク達は何処にいるのか。それは、城の代わりに一際大きな建物が目立っていた。


「多分、彼処じゃな。パペットが丸々入る建物と言えばあれしかないのじゃ」

「そして多分、ナルホさんも居るでしょうね」

「うむ、アカツキ。帰るのじゃ」


 未だナルホに怯えるルスカは、クルリときびすを返して引き返そうとする。アカツキは、自分が居るから大丈夫だと説得すると、渋りながらルスカは歩き始めた。


「ルスカサマーーッ!!」


 ガションガションと音を立て大人と変わらない大きさのヨミーが、誰よりも一番にルスカを見つけて走ってくる。ヨミーは決して速くはないが、その横を杖をつきながら追い抜く影が此方に向かって来た。


「ルスカ様あああーーっ!!」


 ルスカは、スッと表情が消え無表情に変わるとゆっくり、しかし確実にアカツキの足元へ隠れる。とはいえ、見えるものは見える。逃げるルスカ、追いかけるナルホと、アカツキの周りをぐるぐると回り始めた。


「いい加減にしなさーーい!!」


 アカツキの怒号に周りの住民達が何事かと視線をやる。住民達が見たものは、エイルの蔦で助け出されたルスカと、同じくエイルの蔦に足を取られ盛大に吹き飛ぶ老人の姿であった。


 アカツキ達はモルクと合流するなり、巨大パペットの改修の様子を見るとナルホの腕に感嘆する。


 十四、五メートルはある巨体。長年放置されて傷んでいた外装は綺麗に赤銅色一色にメッキされている。内部の構造も、あとは魔石を設置するところまでに来ていた。


 動力として持ってきた聖霊王の石像だった魔石の加工が直ぐに始まる。


「ルスカ、考え事ですか?」

「うむ。魔石がこれ程大量に集まるとは思っていなかったのでな、半分くらい残りそうなのじゃが……あの巨大パペットを飛ばそうと思ってな」

「飛ぶのですか!? あれが!?」


 思わずアカツキの少年心をくすぐる。


「鳥みたいに飛べればいいなと思う程度じゃ。何せ、どうやって飛ばせばいいのか」

「そりゃあ、ロボットと言えばロケット噴射だろ!」


 話を聞いていた流星も少年心をくすぐられ、目が輝く。


「なんじゃ、アカツキ? そのロケットと言うのは?」

「うーん、私も詳しくはないので。要は、物凄い力を地面に向かって真下に噴射することによって浮かす。そんな感じですかね」

「それじゃと真上にしか飛ばんじゃろ」

「ルスカ様。こういうのは?」


 いつの間にかルスカの隣にいたナルホは、ルスカに何かを耳打ちするのだあった。


「よし、突貫でかかるのじゃ! 施した対魔法処理をなるべく減らし軽量化、それとワシらが乗る場所を腹部から背中に変更じゃ!!」


 作業員達は、新たな設計図を見せられると、徹夜続きになる事に辟易すると共に、この世界では画期的なアイデアに胸を踊らせる。


 こうして一週間の試験をメドに、再び巨大パペットの改修が行われるのだった。

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