第三話 幼女、新たなスキルを得る

 アカツキと弥生との子、フウカ。生まれて一ヶ月も過ぎるとその表情も豊かになってくる。

相変わらず、アカツキの家にはフウカを見に、知人友人がひっきりなしにやって来ていた。


「オデコがアカツキさんに似てますね」が、大多数の意見。

自分のオデコを触りながらアカツキは、不安げな表情を浮かべる。


 すっかりマスコットと化したフウカだが、彼女が初めてその目を開いた時、周囲は騒然として、一斉に弥生に視線が移った。


 フウカの瞳は、とても綺麗な翡翠のような鮮やかな緑色をしていたのだ。


 疑われた弥生は、必死に弁明する。当のアカツキと言えば、弥生を信じており鼻で笑い飛ばす。

しかし、その疑惑を晴らしたのはルスカの一言であった。


「これは、アカツキのせいじゃな。おそらく」

「私、ですか?」

「ふむ。アカツキは今神獣エイルと融合しておる。いわばアカツキ自身がエイルそのものと言ってもよいのじゃ。だから、じゃろうな」


 アカツキと弥生は思わず、互いに顔を見合わせて「もしかして……葉緑素?」と、声が重なり苦笑いを浮かべる。

そして、フウカはそんな両親を見て「キャッ、キャッ」と笑うのであった。



◇◇◇



 それから更に一月が経とうとした頃、アカツキ宅にワズ大公が訪れていた。

子供が生まれたと聞いてはいたのだが、公務が忙しい上、現在ファーマー一帯を治める身として遠く離れた、ここリンドウの街へ中々行けずにもどかしい日々を過ごしていた。


 そして、ようやく首都グルメールに用事が出来て向かうと決まってからは、時期を延ばして首都を飛び越え、ここリンドウへとやって来たのである。


「はーい、お爺ちゃんですよー」


 聞いたことのない甘えた声で、フウカをあやすワズ大公。

一目でもうメロメロである。


「誰がお爺ちゃんですか」

「よいではないか。ほーら、フウカちゃーん。お爺ちゃんだよー」


 アカツキのツッコミをスルーして、ワズ大公は自分を祖父だと言い張る。


「良くないですよ。大体、自称お爺ちゃんが、この街には多すぎるのですよ。この間とうとう、ナックまでお爺ちゃんになってましたから。その代わりリュミエールさんは“じゃあ、私、お婆ちゃん!?”と嘆いてましたが……」

「ほう……ナックめ。いい度胸だ、ワシもまだまだ若い者には負けぬぞ」


 何を張り合っているのかと、呆れるアカツキ。ルスカも呆れた顔をしながら、ワズ大公からフウカを奪い取る。


「な、何をするのだ!?」

「何をじゃないのじゃ! それよりカホ達のところに立ち寄ったのじゃろうが。何か言うことはないのか!」


 カホと弥生は、普段からカホのスキル“通紙”を使い、近況のやり取りをしていた。カホや流星もフウカの顔を見たいと言っていたのだが、師であるクリストファーの容態が思わしくなく、こちらまで足を伸ばせずにいた。


 ワズ大公は、そんなクリストファーを此方へ来る途中、見舞ったのだとフウカを見る前に言っていたのである。

そして、カホや流星から贈り物を預かっていると。


 ワズ大公は、先ほどまでのデレて崩れた顔から真面目な顔つきへと戻る。


「クリストファーは、もう長くないだろうな……。ワシが着いた時には既に意識は無かったからな」

「そう……ですか」


 家の中は、しんみりとした空気が流れる。

クリストファーには、本当に助けられた。アカツキだけでなく、ルスカすらも感謝の念しかなかった。

暗く落ち込んだ空気を察してか、フウカは愚図り始めてしまい、ルスカが懸命にあやす。


「そ、そうだ。流星達からお主らに贈り物を預かっていたのを忘れていた。ちょっと待っておれ」


 ワズ大公は、慌てて家を出ていく。


「一体、何を持って来るのでしょう?」

「この間、カホちゃんも妊娠したらしいから、多分ベビー用品だと思うけど」


 カホ達が来れない理由には、クリストファーのことだけではなく、カホの妊娠の発覚もあった。

まだ、お腹は出ていないらしいが、流星達の居る場所からリンドウの街まで、そこそこ長旅になるため控えたと連絡は受けていた。


「すまぬ、すまぬ。待たせたな、ちょっと外へ出てくれ。出来ればフウカちゃんも連れてな」


 アカツキ達は、顔を見合わせて首を傾げる。

家の中に持ち込めないものを貰っても……正直、そう思っていた。


「これだ!」


 ジャーンと、銅鑼でも鳴りそうな雰囲気であったが、アカツキ達は、被せていた布が外されて目を丸くする。


「これは……もしかして、乳母車?」

「そ、そうだよね? アカツキくん、これベビーカーだよ」


 木造の木箱に持ち手が付き下には四つの車輪。箱は上部が半分ほど凹んでおり底には小さな布団が敷かれていた。


「ほらほら、アカツキ。フウカちゃんを早く!」

「ど、どうしたのですか、この乳母車?」


 この街にも赤ん坊はいるものの、いまだに乳母車などはなく、皆は背に赤ん坊を背負っている。

この世界に住み始めてからも、見たことがなかった。


「カホと流星がな、記憶を頼りにお主らの為に作らせたと言っていたぞ。職人んどもは、記憶が曖昧で苦労したみたいだが」


 アカツキはルスカからフウカを受け取り、木箱の上の布団に寝かせる。

少し持ち手を取り動かすとガラガラと車輪が音を立てて回り、その音が心地よいのかフウカはキャッキャッとはしゃぎ出す。


「いいですねー、これは。乳母車ですか。考えも及びませんでしたよ」

「本当に。かなり車輪が軽いし。ほら、ルスカちゃんも動かしてみて」

「おお。ワシでも動かせるのじゃ。これで、フウカとお出掛けしたいのじゃ」


 三人とも満足そうな表情に、何故かワズ大公がドヤ顔をしていた。


「どうしたのです? ワズ大公」

「ふふふ。実はこれには仕掛けがあってな」


 そう言うと、ワズ大公はフウカを抱き抱えて弥生に渡し、布団を剥ぎ取るとアカツキに手渡す。


「流星が言うには、いずれ大きくなるのだからと言っておってな」


 ワズ大公は、布団の敷かれていた底を取り外すと、半分だけ外れる。


「こ、これは!?」

「そうだ。立てるようになってきたらな、ここに座らせられるのだ」

「ルスカ」


 布団を一度家に入れルスカを呼び寄せると、アカツキはルスカを乳母車の中へと入れる。


「ルスカ、そこに座ってください」


 ルスカは言われるがまま、段差となった場所に座るとルスカの背丈で丁度頭一つ箱から出る形に。

持ち手を掴み乳母車を動かす。

乳児の間は寝かせ、大きくなれば乳母車の中で座ったり立ったりと出来るようになっていたのだ。


 弥生は、ワズ大公に頭を下げて礼を述べる。ワズ大公が作った訳ではないにも関わらず何故か満足そうであった。


 一方、アカツキは我慢して、我慢して耐えていたが、堪えきれずにルスカにお願いする。


「ルスカ! すいません、一度だけ、一度だけ、私に向かって『ちゃーん』って言って貰えませんか?」


 ルスカだけでなく、この場にいた全員がポカーンと口を開ける。

アカツキの言っていることが、よくわからなかった。

しかし、アカツキのたっての願いである。

ルスカは、乳母車の中で立ったままアカツキの方に向かって「ちゃーん」と呼んでみた。


「ぶふっ!」


 今まで見たことが無いくらいに吹き出したアカツキは、両手で口を塞ぎ笑いを必死に堪える。

そして、もう一度と、指でお願いする。


「ちゃーん」

「ぶはっ!!」


 笑ってはいけないと歯を食い縛りながらアカツキは、お腹を押さえる。

何がそんなに可笑しいのかとルスカも弥生も不思議がっていた。


 弥生は知らないが、これはアカツキが好きな時代劇「子連れ狐」という番組の有名なシーンであった。

当時アカツキは、妹の為に夕飯を作っている時やっていた時代劇の再放送を観る習慣があった。

「子連れ狐」は、かなり人気の時代劇であったが、流石に現役高校生がなかなか観る番組ではなく、弥生は何のことか気づいていなかったのであった。


 そして、ルスカは「ちゃーん」を連呼する度にアカツキが笑うことから、新しいスキル「怒られそうになったら乳母車で『ちゃーん』」を覚えたのであった。

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