第十八話 二人は静かに暮らしたい
ルスカの手元から放たれた闇の玉は、馬渕に当たると黒い三角錐となり馬渕を包み込み捕らえた。
外からは中の様子が伺えず、ルスカは両手を馬渕へかざしたまま。
アカツキは、役目を終えたと感じると、一気に疲れが襲いかかり背中を曲げて肩を落としながら疲れきった表情で、ルスカの元へと向かう。
「終わったのですか、ルスカ?」
「まだなのじゃ……じゃが、これで駄目となると、ちょっと打つ手がなくなるの」
宙に浮かぶ三角錐は、ルスカ達が立つ丘全体を揺らして、瓦礫や草花などを舞い上げて吸い込んでいく。
その吸引力は増していき、アカツキどころかルスカ本人まで吸い込まれそうになっていくではないか。
アカツキが蔦を地面深くへ突き立てて、自分とルスカを支え堪えていた。
「どうなっているのですか、あれは?」
「本来ならば終わっているはずなのじゃが、恐らくあの三角錐の中で再生と消滅を繰り返しているはずじゃ」
三角錐は大きくなったり、小さくなったりを繰り返す。そして、その収縮は徐々に小さくなっているように見えた。
すると突如、宙に浮かぶ三角錐の更に上空に巨大な黒い穴が開かれる。
黒い稲妻を纏い異様な空に開かれた穴から、巨大な腕が伸びる。
指は三本しかなく、まるで恐竜や怪獣を匂わせるような黒いシルエット。
その腕は、馬渕を包み込んだ三角錐を掴むと、空に開かれた穴の中へと連れていく。
三角錐と共に腕が居なくなると、穴は閉じられ平常の空へと変わった。
丘を吸い込んでいた力も無くなり揺れも収まると、ふらついたルスカの体をアカツキが後ろから支えて、地面に座り込んだ。
ルスカの肌は、普段の色を取り戻して目の色も元に戻った。
「お疲れ様です、ルスカ」と声をかけるが、まだ茫然自失となっていたルスカは、返事をせず空を見上げたまま。
「ルスカ?」と、二度目に声をかけると「……ん、終わったのじゃ」とルスカの視線は空からアカツキへと移り、ニカッと歯を見せて笑う。
地面に座ったアカツキの足の間に座ったルスカは、下から覗き込むようにアカツキと笑顔を見せ合うのだった。
馬渕が断末魔を上げることなく、静かに葬られたことに、アカツキは少し肩透かし感を覚えたが、断末魔や最後に一言遺すなどは、実際無いのかもしれないとも思う。
「呆気なかった気はしますが、意外とこんなものなんですかね」
「あぁ~、早く帰ってイチゴの飴が食べたいのじゃ!」とルスカは大きく伸びをする。
「そうですね。帰ったら作り……あぁ~っ!」
突如大声で叫ぶアカツキに、ルスカは何事と思い、思わず空を見る。しかし、そこには、すっかり日は昇り澄み渡る青空しかなく「どうしたのじゃ?」と、聞いてみる。
アカツキは肩をガックリと項垂れており「家が無くなったのを忘れてました……」と悲報を伝える。
「な、なんじゃと!? ワシは、ワシはどうすれば良いのじゃ!?」
戦いの後の飴玉を楽しみにしていたルスカは、空に向かって「マブチの、アホーーッ」と叫ぶのであった。
「アカツキくーん、ルスカちゃーん!」
二人の背後から馬車から体を乗り出して弥生が手を振っている。
疲れきった体を起こしたアカツキは、ルスカを抱っこしてやると、互いに顔を見合わせて破顔する。
そして、二人は弥生の乗る馬車へと向かい歩き出すのであった。
◇◇◇
ここは地球の日本のとある街──。
一人の紺色のブレザーを着た少女は、荷物を肩に背負いスマホ片手に帰宅を急いでいた。
SNSで流れてきた、七年前の集団失踪事件の続報。
友達との約束を断り帰宅を急ぐのは、少女の大好きだった兄の情報が入ったのかと思っていた為であった。
兄と同じ学校、そして失踪当時の兄の年齢を越えた少女は、家に着くなり荷物を、放り出してテレビのチャンネルをザッピングする。
どのニュースも、集団失踪事件を緊急特番として扱っており、少女は一つのニュース番組に辿り着く。
「それでは、七年前の集団失踪事件の続報が入ってきたので、臨時特番としてお知らせします」
少女はテレビの前にかぶり付き、一字一句逃さない構えだ。
「一ヶ月ほど前、川のほとりで遺体として見つかったのは、須藤綾女さん(当時十七歳)と判明致しました。遺体はバラバラに損壊しており、DNA鑑定の結果、七年前集団失踪事件に巻き込まれた一人、須藤綾女さんと警察発表がありました。これで、集団失踪事件の犠牲者は二十一人目となり……」
「お兄ちゃんじゃない……」
少女は、遺体で見つかったのが兄ではなく、ホッと胸を撫で下ろす。
事件以来、時折こうして遺体として見つかるものの、兄の名前が出ないかとハラハラしていた。
もちろん、少女は同じ被害者である遺体で見つかった人々へ心を痛めない訳ではない。
今回も同じであるが、いずれ兄との再会を願う少女にとって遺体で見つからなくて良かったと、いつしか思うようになっていた。
最近も須藤綾女以外に見つかった。その被害者の名前は雨宮麗華という。
彼女の場合も遺体の損壊は酷く、ほとんど肉の塊だったとニュースで報道されていた。
「お兄ちゃん……」
少女はテレビ台に飾られた写真立てを手に取ると、涙を流す。
写真立てには、幼い頃の自分と大好きな兄が二人並んで写真に収められていた。
そんな少女の側で、テレビからは、キャスターが淡々と現在も行方不明になっている人達の名前を読んでいく。
「現在も行方不明となっているのが、工藤流星さん、曽我カホルさん…………田代暁さん……馬渕恭介さん、三田村弥生さん。以上、十二人になります」と。
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