第十四話 弥生、決断する
「ふぅ~、お前ら随分と目出てぇな」
馬渕は自分の刀が真っ二つに折れたにも関わらず、何事も無かった様にため息を吐く。
刀を叩き折ったアイシャは、自分を見てくる馬渕の目を見てゾッと背筋が凍る。
恐ろしく冷たく見下ろすその目は、自分を人として見ておらず、言うなれば道端の虫を見下ろす目。
感情も無い、踏み潰すのに躊躇いも無い。
「……えっ!?」
防ぐ間もなく、馬渕の前蹴りがアイシャの顎に命中する。呼び動作もなく、真っ直ぐに打ち抜かれた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……あがっ」
激しく地面を転がるアイシャは、自分の顎から流れ出る血を手で押さえながらうずくまる。
地面に溜まる血の量から、誰が見ても顎を砕かれたのが判るくらいだ。
「あ、アイシャさ……ん。ぐぅわああっ‼️」
自分より遥か後方に吹き飛ばされたアイシャに気に取られた流星は、自分に近づいてくる馬渕に気づかず地面へ蹴り倒される。
肩には折れて刺さっている馬渕の刀。馬渕は足で刀を踏みつけると更に傷口を広げるべく、前後に揺らす。
「くく……まだ死ぬなよ、工藤。楽しみはこれからなんだからな」
ナックに組み付かれていることなど、お構いなしに自由に行動する馬渕。
「くっ……こいつっ、なんて力だ……」
「いつまでくっ付いている? 邪魔だ、鬱陶しい!」
後ろのナックの脇腹へ右肘を叩きつける。激痛に顔を歪めたナックは、簡単に馬渕から離れてしまう。
馬渕の右肘は、先ほど刀で散々突き立て穿たれた箇所に命中していた。
もちろん、馬渕はその事を判っており、振り返るとナックの肩を掴み、再び脇腹の傷を狙って膝を食らわせる。
「うぅ……」
地面に膝を付き、痛みに耐えられなくなったナックは、そのまま地面へ前のめりに倒れてしまう。
倒れたナックを見下ろす馬渕は、執拗に怪我をしている脇腹を蹴り、ナックの身体を仰向けにすると、傷口を土足で踏みにじる。
「──あああぁぁぁぁっ!」
「もう……もうやめてぇっ! ナックが……ナックがこのままじゃ死んじゃうわ!」
ワズ大公に止められながらも振り払ってナックの元へ行こうとするリュミエールは、悲痛な叫びで訴える。しかし、馬渕は止める気配は一切なく、却って踏みつける力を強めるのであった。
「いやぁあ! 離して、ナックが……ナックがこのままじゃ……‼️」
「くく……じゃあ、あの女のご希望通り離してやるか。永遠にな。くく……」
ナックから離れた馬渕は、倒れるナックに向かって手をかざす。
「粉々がいいか? それとも黒焦げが好みか? くく……あーはっはっは!」
かざした馬渕の手のひらに、赤い光が現れる──その時。
“フレアダーツ!”
細かな炎の針が向かって飛んでくる事に、寸でで気づいた馬渕は、ナックに向けていた手のひらを炎の針の方向へ変更する。
馬渕から放たれた赤い光は、炎の針に触れると爆発をするが、その爆発を縫って炎の針は、顔を防いだ馬渕の腕に突き刺さった。
「てめぇ、田代はどうした? 諦めたのか、それとも死んだか?」
魔法を放ったのは、もちろんルスカだ。
アカツキの側を離れて、一人、馬渕へ立ち向かおうとしていた。
◇◇◇
ほんの少し前──ルスカは、最後の材料は判らなかったが、残りの二つの材料から、二種類の候補のレシピにまで絞っていた。
不明の材料、乾燥したシッポ。
一つ目の候補は、トビトカゲのシッポで七十グラム。
もう一つの候補は、犬耳族のシッポで百グラム。
材料の種類は、判明しなくても構わない。ただ、タツロウのスキル“精製”で呪いを解く薬を作るのには、正確なレシピが必要であった。
七十グラムか、百グラム。
乾燥したシッポは一見トカゲのシッポのように見える。しかし、乾燥している為、はっきりとは断言出来ずにルスカは悩み続けていた。
弥生もタツロウも、不安な表情でルスカを見守る。
「ダメじゃ……判らぬのじゃ」
チラリと後方のナック達の様子を見ると、それほど時間は無いと判断せざるを得なかった。
「すまぬ……すまぬ、アカツキ。ワシには、ワシには判らぬのじゃ……」
リュミエールの悲痛な叫びがルスカの耳に届く。ルスカは一つ賭けに出た。
「ヤヨイー。お主に後は委ねるのじゃ。なに、お主の判断にワシもアカツキも恨まぬのじゃ。ワシは、マブチを押さえる」
弥生に全てを託して、ルスカは馬渕の元へと向かっていく。
「ちょ……ルスカちゃん、待ってぇー! ……行っちゃった。ど、ど、ど、どうしよう」
「そんなん言うても、やらなあかんやろ。覚悟決めや」
タツロウに催促されながら、弥生はルスカの残した二つのレシピを見比べる。
「この犬耳族って……アイシャさん、だよね? どうしよう……トカゲかアイシャさんか……」
見た目はトカゲのシッポのようだが、アイシャのお尻から生えた尻尾もフワフワの毛を抜き乾燥させると似たようなものになるのでは、と踏ん切りがつかずにいた。
「トカゲ……ううん、やっぱりアイシャさんの方で! タツロウくん、お願い」
時間に迫られて弥生は決断する。「いいんやな?」とタツロウは最後の確認をすると、弥生は自信満々に大きく頷く。
「うん、だってワタシだったら食べられないもの、トカゲ」
「そんな理由かい!」
「そ、それだけじゃないよ。だって残り二つの材料はワタシ達の世界にもあるじゃない。それにトカゲも。だけど、アイシャさんの尻尾は無いもの」
意外と考えているとタツロウも納得する。
トビトカゲと言うトカゲは聞いたことはないが、弥生の言うように、もし、この薬が自分達の世界の材料ばかりなら、この世界の誰が思い付くのか。
呪いを解くってことは、呪いそのものが、その世界に存在することを意味している。
レプテルの書に、こうして解答があるならば、過去に誰かが作ったのは間違いない。
となると、呪いを解く薬は、間違いなくこの世界で、この世界の住人が作った可能性が高い。
「トカゲじゃ無いことを祈るで」
タツロウは、他の材料である
レシピの比率を頭に浮かべ、不要な分は手のひらの横から零れ落ちる。
手のひらの上で混ざり合い、用意された小瓶へと注ぎ込む。
「出来たで」
小瓶がタツロウから弥生に渡されると、弥生はすぐにアカツキの元へ行く。
先ほどから息は絶え絶えになり、瞳はピクリとも動かさないアカツキ。
薬はとても自力で飲めそうになく、弥生は躊躇うことなく、自分の口に含むとそのまま、アカツキと唇を重ねる。
少しずつ、少しずつ、アカツキの口内へと流し込む。
(お願い、飲んで。アカツキくん!)
弥生は、そう心で願いながら全てをアカツキの口内へ薬を運んだ。
ゴクリ──アカツキは喉を鳴らす。
本来ならば、飲み込めなかったかもしれない。
しかし、薬を口移しで飲ませる前に先ほど回復薬を飲ませたのは、この為であった。
呪いを解く薬を飲む体力を回復させるために。
偶然ではなく、アカツキが呪いを受けた時からずっと容体を見てきた弥生だから、気づけたことであった。
「お願い! 薬よ、効いて!」
両手を組んで祈る弥生も覚悟を決めていた。
もし、自分が間違っていたのなら、アカツキの後を──そう考えながら。
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