第十三話 ナック、アイシャ、流星、せめてもの一太刀

「たしろぉっ……てめぇ……」


 状況が好転するかのように、いつの間にか空は明るくなっていた。

日差しが二人の男をより明るく照らす。


 いまだにピクリとも動けず這いつくばるアカツキを馬渕は今まで以上に睨みを利かした目付きで見据える。

ギリッと悔しそうに歯軋りをする馬渕の口から笑みは既に消えていた。


 思わぬ奇襲。背中から伸びているとは言えアカツキ本体とエイルの蔦は別物。

体は動かずとも、蔦は正確無比ではないものの動かすことが出来た。

それは弥生にて実験済み。

普段なら、もっと正確に動かせるのだろうが、意識の薄いアカツキにとって地中を進ませ一瞬の機会を伺っていた。


「はは……さすがなのじゃ、アカツキ」


 ルスカは、不意に笑みを浮かべてエイルの蔦からレプテルの書を奪取すると、急ぎアカツキの元へと駆け出した。


「行かすか!」

「それは、俺の台詞だ!」


 追おうとした馬渕の進行をナックの剣が妨げる。


「いけ! ここは任せろ!」


 ナックの声はルスカには届いていた。しかし、今は返事を返す暇も惜しい。


「タツロウ! 来るのじゃ!」


 ルスカとタツロウは共に、アカツキの側で合流すると、早速とルスカはレプテルの書で呪いを解く薬を探り、タツロウはアカツキから預かっていた材料を全て取り出す。


「ルスカサマ、もう一つの材料、この黒い乾燥した尻尾。結局判っていないけど大丈夫なんか?」

「それも含めて探っておる、ちょっと待つのじゃ!」


 レプテルの書である青い光を放つ球体を指でまさぐっていくと、ルスカの頭の中へ様々な情報が飛び込んでくる。

それは太古の記憶。まだローレライが存在せずドラクマしかなかった頃からの世界の記憶。

中にはルスカにとって懐かしい記憶も流れ込んでくる。しかし、感傷に浸っている暇などない。

アカツキの側でしゃがみこみ呪いを解く為の薬のレシピを探っていく。



◇◇◇



「うおおおおっ!」


 ナックは二本の剣を操りながら、馬渕をルスカ達に近づけないように邪魔をする。

荒々しくも鋭い二つの斬撃に馬渕は刀で受け止めるのが精一杯であった。

しかし、それは斬撃をことが前提の話。

再生能力がある今の馬渕には、避ける必要すらもなかった。

ただ、馬渕自身がそれに慣れていないだけで、ついつい刀で防ぐという不毛なことをしてしまう。


「ちっ、やっぱりちょっと痛ぇ」


 ナックの剣を右肩と脇腹に鋭く深く食い込ませて体で受け止めた馬渕は、そのまま刀でナックの首を狙ってくる。


 剣を引き抜こうとするものの筋肉で締め付けられており、仕方なしに手放したナックは、まさに首の皮一枚で刀を躱すが、馬渕の追撃は続いていた。

完全に無防備になったナックに、馬渕は刀の柄を両手で掴み再び首を狙う。


「させるかっ!」


 すぐに背後から体当たりを食らわせた流星。前に一歩踏み出す直前に背後から体当たりを受けた馬渕は、バランスを崩す。


「っと……」


 踏み込む位置が大きく前にズレて、馬渕とナックの距離が、より近づくと馬渕に刺さったままの剣の柄をナックは再び掴み、そのまま深く刺し込んで密着する形で懐へと入り込む。

互いに密着していれば、刀身の長い馬渕の刀では、どうすることも出来ない。


 もちろん馬渕が一歩下がれば済む話であったが、それをさせじと、流星が背後から体で押し続けて馬渕を挟み込んでいた。


「てめぇら、調子に乗りすぎだ」


 片手を刀から手放した馬渕は、ナックの首を掴み締め付けながら持ち上げる。

それは、馬渕とナックの距離が腕一本分開いたことになる。


「この体でも痛みは多少ある。お前もどれだけ痛いか感じるか?」


 馬渕はナックを片手で掴んだまま、背後の流星を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばした後、ナックの脇腹に刀を突き立てる。


「ぐっ……があああああぁぁっ!」


 切っ先だけを刺しグリグリとねじっていく。深くは突き刺さず、何度も何度も傷口を広げるように捻っていく。


「どうだ、なかなか痛いだろう?」


 体を浮かされ蹴り飛ばそうとも力が入らず、締め付けられている首の力も強くなり呼吸が苦しく、ひたすら足掻く。


「離せ! 離しなさい!」


 アイシャも馬渕の懐近くまで飛び込み、何度も殴りつけるが、左腕が動かし辛い今、全ての殴打が手打ちとなってしまっていた。

そんなアイシャを意に介さず、馬渕はナックに痛みを与え続ける。


「こんなもの……!」


 痛みに耐え固定していた左腕を外して構えたアイシャは、気力を振り絞って拳を振り抜いた、しかし、意に介していないとはいえ、馬渕の視界の端にはアイシャの動きもしっかりと捉えており待っていたと言わんばかりに、体をアイシャへと向ける。


「ぐぐ……ぐあああああぁぁっ!」


 丘の上に悲鳴が響き渡る。

悲鳴を上げたのは馬渕でもなければ、アイシャでもない。

アイシャは全力で拳を振り抜いていた。止められなかった。アイシャの拳は馬渕へ届かず、馬渕によって盾にされたナックの背中へと突き刺さる。

ミシミシと背骨が悲鳴を上げて、ナックの脇腹には馬渕の刀が貫通していた。


「そ、そんな……」

「おいおい、仲間なんだろ? 随分と酷いことするじゃねぇか」

「ぐうぅぅぅっ……」


 馬渕は握った刀を更に捻っていく。ナックの呻き声がアイシャを呆けさせていた。


「ほらよ、返すぜ」


 刀をナックの体から引き抜いて、呆けていたアイシャにナックを投げ渡す。

ナックの体を受け止めるもアイシャは、馬渕にナックごと蹴りを入れられて吹き飛んでいく。


 自分に刺さった二本の剣を引き抜くと無造作に地面へと突き刺し、馬渕は刀を片手にルスカの元へと向かう。


「くそっ、行かせるか!」


 態勢をいち早く立て直した流星は、破れかぶれに馬渕へ覆い被さるように襲いかかる。


「しつこいな、工藤」


 勢いよく襲いかかった流星の方に振り返り様、刀を突き立てて、容易に勢いを止めてしまう。

刀の刀身を流星の血が伝っていく。

そして、とうとう流星の擬態は解けてしまい、元の姿へと戻ってしまった。

刀が突き刺さる右肩を押さえ、苦々しく馬渕を睨む。


「そうだ。いいこと思い付いた。工藤、お前を改造して曽我を襲わせるか。良かったじゃないか、俺に殺されるより、曽我もよっぽど救われるだろう。くく……はーっはっは」


 一人高笑いをする馬渕を睨み続けていた流星は、残った左手で馬渕の刀を掴む。

もちろん素手であったが、お構い無しに力強く掴む。


「うおおおおっ!」

「なんだ、貴様。まだ動けたのか?」


 突然背後からナックが抱き締めてきた。腕をがっちりと馬渕の前でホールドして組む。


「お前は、お前はアカツキの元へは行かさん! アカツキも、ヤヨイーも、ルスカ様も、俺にとっては大事な友人だ! だから、せめて、せめてお前の刀だけでも……! アイシャああああっ! やれぇぇぇっ!」

「はいっ! “セルフウェイト!”」


 死角からナックの肩を借りてアイシャは飛び上がると、馬渕を飛び越え流星を突き刺している刀に向かって降りていく。

“セルフウェイト”で自身の重さを増して、何もかも全てを出しきるつもりで放った拳は、馬渕の刀の刀身に振り下ろされた。


 右肩の傷を広げながらも流星は、外れないように掴み続ける。


「折れろおおおっ!」


 ギリギリと刀身にかかる圧力が増していく。ピキッと乾いた音が鳴り、馬渕の刀は限界を越えて、真っ二つに折れたのだった。

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