第十一話 他の転移者、その行方

 馬渕が勇者と信じる者は、このローレライ、そしてドラクマにおいて誰一人として居ない。

唯一、勇者と信じていたリリスが居なくなったため、馬渕は勇者として失墜してしまったのだ。

にもかかわらず、馬渕は余裕の笑みを浮かべていた。


「呪いが無いなら斬り込める!」


 ナックは馬渕の懐深く踏み込み剣を振るい、アイシャと流星もより接近していく。

不敵な笑みを崩さない馬渕にルスカの第六感は警報を鳴らし続けていた。


「何故じゃ、何故奴は余裕でいられる? いや、それよりも……何故ナック達の攻撃を避け続けられる?」


 勇者としての力は失われた。それは魔法が効かないことや、相手に力を与えたり呪いをかけることも出来なくなっただけでなく、身体能力も落ちているはずである。

ナックの剣の強さは、ルスカも一目置いている。

アイシャも、伊達にこの若さでギルドマスターになっていない。

それなのに虎型の魔物に擬態する流星の巨体を片手で抑え込み、易々とナック達に向けて投げつける。


 ルスカは、一時考えるのをやめ、参戦するべく気力を振り絞り馬渕に立ち向かおうとした──その時。

渾身で放った拳を片手で受け止められたアイシャは、腹に強烈な一撃を受けて嗚咽すると、そのアイシャの首を左腕一本で掴み、持ち上げてギリギリと信じられないほどの握力で絞めていく。


「ぐっ……あっ、あぁ……」


 握られたアイシャの拳が、力なく開いていき何とかしようと伸ばした腕は、馬渕の腕を掴めず途中で垂れ下がる。

アイシャのピンチにいち早く動いたのはナックだった。


 乾坤一擲──「うおおおおっ」と叫び声をあげ、アイシャの首に伸ばした左腕を斬り落とした。


 力なく地面へ倒れるアイシャを流星が素早く口で咥えて助け出す。

ナックは、振り向き様追撃するべく、剣を馬渕に向けて薙ぎ払うが、ナックの剣は馬渕によって三本の指だけで防がれた。


 あっさりと受け止められて、驚くナック。しかし、驚いた原因は容易に受け止められた事よりもその受け止めた腕に驚いた。

ナックの剣を受け止めたのは、つい先程斬り落としたはずの左腕であったのだ。


 地面には斬り落とした左腕は、しっかりと残っているのをナックは横目に確認する。

理由がわからずナックの思考は停止してしまっていた。


「ナック! 避けるのじゃ!」


 ルスカが叫ぶも、思考が停止して無防備になっていたナックの顎へ目掛けて飛び膝蹴りを繰り出す馬渕。


「ぐうわぁぁぁぁ……」


 ボタボタと鼻と口からおびただしい量の血を流すナック。フラフラと下がりながら地面に落とした剣の音が鳴り響く。

追撃をかける馬渕に気づいた流星がナックを助ける為に駆け出すがギリギリ届きそうにない。


“障壁!”


 アカツキのショックから気力を振り絞り何とか立ち直った弥生が、ナックを光の壁が取り囲む。

ほんの刹那馬渕の刀を受け止めた光の壁は崩れ始めるものの、流星が間に合いナックを背に乗せて大回りをしてルスカ達の元へ避難する。

しかし、ナックを降ろした流星の背中からは、刀傷により鮮血を垂れ流す。

流星は助ける時に、馬渕の刀を受けてしまったようであった。


 ゆっくりとルスカ達の方へ向かって歩く馬渕。斬られた左腕には、傷痕すら残っていない。


「マブチ、お主まさか……」


 地面には斬られた左腕が落ちていることから、再生したのだとピンときたルスカは、皆より一歩前に出て馬渕と対峙する。


「お主……自分を改造したのか?」

「……違うな。あんな中途半端と一緒にするんじゃねぇよ。改造というより、完成……そう言った方が近いか」

「完成じゃと?」

「あぁ……長かったぜ。何度も実験を繰り返す必要があったしなぁ。それに、何より実験体の数を揃えるのは、大変だったぜ」


 完成──馬渕はそう述べた。つまり、先程まで命懸けで戦ったアスモデスすらも、ただの実験台に過ぎないということになる。

馬渕は大袈裟に両手を広げて天を見上げると、大きくため息を吐いた。


「凡そ、五年近いか。まぁ、転移者という格好の材料を探すのが大変だっただけだがな」

「何!? 転移者じゃと?」

「あぁ。そうだよ。俺と同時期に来た転移者だ。俺の顔を見るなり何の疑いもせずにホイホイとついてくる間抜けどもだ」


 馬渕の話を聞いて何よりショックを受けたのは弥生と流星だ。馬渕と同時期に転移してきたということは、弥生や流星のクラスメイトに他ならないのだから。


「三田村に、工藤。お前らは不思議に思わなかったのか? お前らも含めて田代の奴は、このローレライでも有名人になった。なのに、これだけ世界が騒がしいにも関わらず、何故他のクラスメイトの奴等は名乗りでない?」


 馬渕はニヤニヤと笑みを浮かべながら、弥生と流星に問いかける。その答えは、先ほど馬渕が話していたのにも関わらず。

まるで、自分らがどれだけ呑気で鈍感かを尋ねているようであった。


 流星も弥生も言葉を失う。考えてみればここに転移してから七年。自分達のことで精一杯で、他のクラスメイトがどうなっていたのか考えたことは無かった。


 更に馬渕は弥生と流星を追い込む。


「そういや、雨宮のこと覚えているか?」


 忘れるはずはない、クリストファーの弟子として流星は一緒に過ごし、そして弥生に麻薬を盛り逃げ出して行方不明に。

その後、麗華が改造魔族としてクリストファーに倒されたのは、クリストファー本人から聞かされていた。

麗華に馬渕が関わっていたことは明白であり、最後は利用されたのだと流星達は思っていた。


「くく……雨宮なぁ。工藤や曽我が側にいたせいで、中々接触出来なくてなぁ。ところがお前ら暫く居なくなっただろ? チャンスだと思ったよ。まぁ、あっさりと接触出来て色々仕込ませてもらったよ。くく……」


 確かに流星とカホはゴブリンを助けた後、暫くゴブリン達と共に過ごしていた。

麗華の側にはクリストファーもいる、と安心しきっていた。

ところが馬渕は、まるで自分達が居なかったせいで、麗華が悲惨な最期を遂げたのだと告げる。

流石に流星もショックのあまり目の前が暗転する。


「くく……それに、三田村ぁ。お前、何故俺に麻薬を盛られたかわかっているか?」


 馬渕は次の標的を弥生に向ける。弥生は馬渕と目が合うと、足が震えて下半身に力が入らなくなっていた。


「知っているか? 人って痛みに弱ぇんだよ。実験の痛みで死んじまうなんてザラさ。だからな、麻薬を使うんだよ。痛みを感じなくさせる為になぁ。ところが……ところがだ。お前、そこの男に隠されちまってよぉ。悪かったなぁ、実験に使えなくて。くくくく……」

「いやぁあああああああっ‼️」


 これ以上聞きたくないと、耳を塞ぎしゃがみこんだ弥生は、全身を恐怖で震わせていた。

もしかしたら自分も麗華の二の舞になっていたかもしれないと。

いや、ナックが助けてくれなければ、確実にそうなっていたと。


「狂っておるのじゃ、お主は」

「狂ってる? 俺が? いいや、違うね。狂わせたのはお前さ、ルスカ・シャウザード。お前が魔王を辞めるから、俺が転移してきたんだよ。お前が転移魔法を帝国に教えたから俺が転移してきたんだよ。わかるか? 全てはお前から始まっているのさ」


 ルスカを嘲笑うかのように高笑いをする馬渕。ルスカは拳を握りしめて小刻みに体を震わせていた。

悔恨の念からか、それとも馬渕が許せないからか。

ただ、馬渕を睨み付ける目には、意気消沈などしておらず、やる気に満ちていた。


「くく……おぉ怖い怖い。俺が完成と言った理由、教えてやるよ」


 馬渕は芝居じみた演技で怖がってみせると、すぐに普段の表情に戻る。

そして、ニヤリと口角を上げて嗤ってみせると、その左の目玉を押し出すように零れ落ちると、左目の代わりに青く光る球体が現れたのであった。

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