第九話 青年と弥生、鍛練の成果は如何に

 弥生の鍛練は、次への段階に進む。

それは、スキル“障壁”の距離を延ばす訓練。

ほとんど手元にしか出せない障壁をある程度離れた場所から出せるように。


「セリー、また手伝い感謝なのじゃ」

「ううん。別にいいよぉ。今日はハリー達呼ばなくて良かったのぉ?」

「セリーだけで充分なのじゃ。でないとワシの体が持たぬ」


 次の訓練は、ルスカに対して障壁を張り続け少しずつルスカから離れていく。

その間、セリーには、緊張感を保つ為にルスカに向かって石を投げ続けて欲しいとお願いした。

セリーと弥生は、危険だから止めようとルスカを説得する。

別に石をルスカに投げる必要は無くとも、障壁を保ちながら距離を離していけば良いではないかと。

しかし、ルスカの目付きは鋭くなり弥生を睨み付けると、拒否する。

これからの事を考えると、緊張感が弥生には足りないと。


「ドラクマに行って、あの馬渕と対峙するのじゃ。前みたいに動けないじゃ、話にならぬのじゃ!」

「うっ……」


 弥生にとって、馬渕は軽くトラウマで姿を想像しただけで、背中からは冷や汗をかいてしまう。

通常の状態で、馬渕に相対することなど出来ないのは弥生が一番良く分かっていた。


「わ、わかった。ルスカちゃん。ワタシ、やるわ!」


 もう足が震えて何も出来ないなんて嫌だと、弥生からもセリーにお願いする。

セリーは、二人に詰め寄られ渋々だが投石役を引き受けた。


“障壁”


 ルスカの前方に障壁を張ると、弥生は障壁を保ちつつ少しずつ後退る。

セリーも、まるで池の鯉に餌を与えるかのように、下手投げで軽く石をルスカに向かって放り投げる。


「セリー! もっと思いっきり投げるのじゃ!」

「わ、わかったよぉ。ルスカちゃん、ごめん‼️」


 セリーは、力一杯投げるのに戸惑いの表情を浮かべるも、いつもの白いリボンが激しく揺れるほど石を投げつけ続けた。


 一メートル、二メートルと距離を離す弥生。三メートルを越えた辺りから障壁を保つのが、辛く顔を歪ませる。

現在が保てるギリギリの距離で、弥生はこれ以上後退する事が出来ない。

気を緩ませると、障壁が消えてルスカに石をぶつけてしまう。

弥生は、どうしても後一歩が踏み出せずにいた。


 それを腕組みしながら立って見ていたルスカは、弥生に手のひらを向け“ストーンバレット”を足元に撃ち込む。

驚いた弥生は、慌てて一歩退いてしまい、障壁が消える。


「ぐっ……‼️」


 セリーの投げた石がルスカの額にぶつかり、血が滲む。


「「ルスカちゃん‼️」」


 弥生とセリーの二人は慌ててルスカに駆け寄ろうとするが、ルスカは両手を伸ばし来るなと示す。


「ほら、次じゃ。ワシに気を遣うな!」


 心配そうな表情のセリーと弥生は、踵を返して元の位置に戻り準備を始めた。


 弥生がルスカの前方に障壁を張るのを見て、再びセリーがルスカに向かって石を投げつける。

先ほどと変わらない距離まで離れた弥生は、障壁を消さないように耐えながら一歩、足を退く。

障壁が消えそうになりながらも今度は耐えるが、再び一歩退くと消えてしまった。


 今度はルスカの胸に石が当たり、表情を歪めて苦しそうに胸を押さえつける。

しかし、セリーも弥生も今度は駆け寄らない。


 友人に石をぶつけてしまい、心配そうなセリーの表情に比べて、弥生の目付きは真剣なものに変わる。

今までも真剣ではあったが、顔付きや雰囲気までも一変しており、いつものヘラっと緩んだ表情は精悍なものになっていた。


 流星やカホと違い教えを仰いだ経験もなく、ナックのように実践で鍛えた訳でもない弥生。

初めて鍛えるという事をしてみた弥生の成長は著しく、二つ目の訓練は僅か一日でルスカが納得出来る所まで来ていた。



◇◇◇



 弥生に比べて苦戦を強いられていたアカツキ。弥生と違い、急遽身に付けたエイルの蔦を操作するのには慣れてはいたが、活かしきれずにナックに未だに一本も取れずにいた。

幾度となく、奇襲をかけるもことごとく防がれてしまい、ならば正面から立ち向かうと、ナックの攻撃に防戦一方になってしまう。


 四本の蔦に剣を持った右手、計五本の攻撃を僅か一本の剣で、防がれ弾かれ圧されていく。


 再び正面からアタックをかけるアカツキ。四本の蔦がとナックに迫るが、ナックは慌てることなく剣で弾き、空いた左手で軌道をずらし、逆にアカツキの側へと近づく。


 防戦一方になるアカツキは、たまらず蔦を一本後方の木に括りつけて自らの体を引き寄せ逃げる。

ところがナックは引っ張られて行くアカツキの足を掴み、一緒に引き寄せられていく。

そして、そのままアカツキの首元に剣を当てて決着となった。


「くそっ!」


 悔しそうに地面に拳を叩きつけるアカツキ。その一方でナックは徐々にアカツキを攻略しつつあった。

アカツキの攻撃を防ぎきり、一気に詰め寄り決着をつける。

毎度同じようなパターンで負ける為に、アカツキもその原因の一端には気づいていた。


 接近されると途端に蔦が使いづらいということに。リーチが長い分、懐が甘くなってしまうのは仕方がなかった。

だから、アカツキは手数を増やして近寄らせないようにしていたのだが、悉くナックに防がれ接近されてしまっていた。


「何か、何か良い手は……」


 落ち込むアカツキを見てもナックは、一言も発しない。アカツキの攻撃を防げる理由、もちろんナック本人が一番良く分かっていたのだが。


 アカツキは蔦での攻撃を殆ど槍のように突くことしかしてこない。余りに直線的で且つ軌道が真っ直ぐなので、捌き易い。

フェイントもなく、リズムは単調。

四本の蔦が同時に襲ってきても、僅かにズレがあり、ナックにとっては迫って来ている物から叩き落とせば良いだけと簡単な作業であった。


「ほら、アカツキ。まだ時間はあるぞ」


 朝から付き合ってくれているナックには、領主としての仕事もあるのだが領主としての仕事を夜中に回して寝る暇を惜しんで付き合ってくれていた。

アカツキは立ち上がりはするが、手は浮かばない。


 必死に今までナックとやり合って来た事を振り返り、今度は正面から行かず身を隠す。

順番に思い出すと、やはり奇襲が一番ナックに対して有効な気がしていた。


 ゆっくりと音を立てないように、蔦がナックへと接近していく。ナックの左手の茂みからガサッと音がして視線を左へ移すと同時に逆方向から蔦が迫りくる。

予想はしていたのか、軽く身を反って蔦を躱すと今度は地面の足元から蔦がナックの足首を掴もうと飛び出す。

思わずジャンプで後方に退くと、今度は頭上の木から蔦が伸びてくる。


「くっ!」と、ナックは珍しく顔を歪ませるが、葉っぱの擦れる音で察知して体を捻ってこれを躱す。

ナックの体勢は崩れたが、これで左手の茂みの音を鳴らした蔦、右手から奇襲をかけた蔦、地面から飛び出てきた蔦、木の上から降ろしてきた蔦と四本であることを確認したため、視線を周囲に移し、ぐるりと雑木林の中を見渡しアカツキを見つける。


 これもアカツキの欠点であった。蔦を使用するとき、どうしても視認しなくてはならない。ずっと隠れているわけにはいかないのだ。


「見つけたぞ‼️」


 ナックが一気にアカツキへと迫る。ザザッザザッザザッと、ナックが砂地を踏みしめて走る音が雑木林に鳴り響く。

あと一歩の所までアカツキへと迫ったナックは、目を疑う。

アカツキを正面へと捉えた視界の端に映る蔦に。


 走る勢いを落とさず頭を下げ態勢を低くして蔦を躱すナックには、地面しか見えていないはずであったが、そこには自分に向かってくる剣先が。


「うおおおっ!」


 足は止めれない、態勢を起こすことも出来ない、自分の剣で払い除けれる状態ではない。

ナックは、身を捻りながら無理矢理体を放り、地面を転がり続けた。


「当たった……当たりましたぁー‼️」


 子供のように無邪気に両手を挙げて喜ぶアカツキ。ナックの肩には服が斬られて、うっすらと血が滲む。

かすり傷というより、ちょっと擦った程度。

それでも喜びを隠せないアカツキへ、スタスタと平然とナックが近づきアカツキの首元に剣を当てる。


「はい。俺の勝ち」


 ニヤリと笑うナックに、アカツキは半笑いのまま固まっていた。

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