第十話 元勇者、土木作業員へ転職する

 アカツキと弥生が鍛練に勤しむ頃、ローレライの二ヶ所で大きな工事が行われていた。


 一ヶ所は、戦場にもなったグランツ王国とレイン帝国の北にある砦である。

三国会議により、大きく国交が開かれる事となり二つの砦は取り壊されて、新たに一つの砦が北へ向けて建てられた。

北へと向けた理由は、魔族や魔物の住むドラクマからの侵入を防ぐ為である。

新たな砦には、グランツ王国軍とレイン帝国軍が共同で滞在することとなった。


 もう一ヶ所は、元々ルスカの住処であったシャウザードの森である。

一部、ルスカによって迷いの森の魔法が解かれて、ここにグランツ王国とレイン帝国への最短となる街道が出来る。

出資はグランツ王国が払い、現在グランツ王国側からとレイン帝国側から森の木々が切り落とされている所であった。


 そのレイン帝国側からは、パペットのヨミーが大いに役に立っており、重い木々を運ぶのに重宝されていた。

そして、レイン帝国側の工事を行う人々の中に、元勇者であるロックの姿もあった。


「倒れるぞー!」


 薄いシャツ一枚に布をハチマキ代わりにしながらロックは、作業員達へと声をかける。

その手には斧を持ち、白く薄いシャツは汗で濡れて背中に張り付いていた。


 ロックはグランツ王国へとは戻らずにレイン帝国に滞在していた。

ルスカに処刑を許してもらい、ドワーフの住むドゥワフ国との橋渡しをしたロックは、引き続き帝国に滞在している一部のドワーフと共に、工事へと参加をするこに。

初めこそ、不満そうなロックであったが、キツい仕事にも少し慣れてくると、働いて流す汗のなんとも心地よいものだと、今では積極的に土木作業員として働いていた。


「よーし、ここらで休憩するぞー」


 今ではドワーフだけでなく、レイン帝国の作業員とも仲が良く、むしろ棟梁のような存在へとなっていたロックは、他の作業員がご飯の用意をする中、一人お弁当の箱を開ける。


「おおー、ロックさん。今日も旨そうですね」


 レイン帝国側の若い作業員がロックの弁当の中身を見て羨ましがる。

恥ずかしいのかロックは、弁当の蓋で隠すような仕草を見せた。


「照れなくていいぞ!」


 ドワーフ男性特有の背丈は小さいが肩幅のある体格の中年男性が、笑いながらロックの肩を抱く。


「やめろよ、おっさん! そんなんじゃねぇって」


 顔を真っ赤に染めたロックは中年のドワーフの腕を払いのけながら大声で反論する。


「そ、そうなんですかぁ……」


 背後から聞こえた消え入りそうな聞き覚えのある声にロックは振り向くと、木の後ろから恥ずかしそうにこちらを覗く、赤毛の髪の少女が。


「る、ルビアちゃん!? ど、どうしてここに?」


 動揺しまくるロックは、弁当を床に置きルビアの側へと駆け寄る。ルビアと呼ばれた少女は、背丈はロックの胸の当たりまでしかなく、幼さが残る顔にはソバカスがあり、素朴で愛らしい顔立ちをしていた。

見た目は、十歳から十二歳くらいだが実際は十五歳である証拠に、顔の見た目と裏腹に彼女の胸は、大人顔負けに主張するほど大きい。


 彼女は、ドゥワフ国から家族でレイン帝国へと移住してきたドワーフで、ロックのお弁当の作成者でもある。


 彼女ルビアとの出会いは、ロックがドゥワフ国に行き、援軍の要請を懇願するところから始まる。


 姉の力を借りてロックは、ドゥワフ国王に熱意の篭った説得にあたっていた。

それは、ロックの姉が今まで見たことの無いような真剣に、まるで命賭けかのように。


 実際に失敗すれば処刑もあり得るので、命賭けには間違いなく文字通り必死であった。


 そんなことは、同じように帝国から派遣されて来た者以外知るよしもなく、遠巻きに見ていたルビアにとって、とても男らしく感じたようで何の間違いか惚れてしまう。


 ロックが援軍を率いて──実際率いていた訳ではないが、レイン帝国へと戻った後、家族を説得してレイン帝国へと移住を決めたのはルビアであった。


 当初ロックは、作業員として駆り出され不満を抱きやる気がなく、そんなロックを移住してきたルビアは遠巻きに見つめる日々を過ごしていたのだが、遠巻き故にロックのやる気のなさには気づかなかった。


 転機はルビアがロックの為に勇気を出してお弁当を作って来た所から始まる。

ロックが休憩中、固そうなパンをモソモソと食べているのを見たルビアは、思いきって作って来たお弁当を手渡した。

すぐに逃げ出してしまった為に想いは伝えられなかったのだが、ロックの周りにいた人達は、ロックを見つめるルビアの存在に気が付いていた。


 ロックは周囲に冷やかされて、翌日もルビアが遠巻きで見ていることに気が付く。

単純なロックは、ルビアに良いところを見せようと張り切り出して働くが、ロックは今までに無いような快感に気づく。


 ──働いて掻く汗のなんとも爽快な事よ──


 それからのロックは一層土木作業に励み、いつしか周囲からも頼られる存在へとなっていく。

そして、ルビアとの関係性も変化が訪れる。

生来、自分本位で空気を読めないロックは、ルビアが張った恥ずかし過ぎて作っていた距離の壁をアッサリと乗り越える。

急激に接近した二人は、ルビアの家族に紹介されるまでになり、ロックは、いつしかグランツ王国の実家に戻ろうと思わなくなっていた。


 元々貴族の三男坊のロックには期待もされておらず、勇者としても期待というよりは、国の威信の為に祭り上げられたようなもの。

だが、今のロックには作業員としての期待と、ルビアが側にいる。


 しかし、最近までロックは気にかかることがあった。


 それはかつての仲間であった二人のことである。


 二人は自分より下級な貴族でもあり幼なじみでもあった為に、半ば無理矢理ついてきてもらっているようなものであったが、自分の不甲斐なさにより、一時は処刑される寸前までになってしまった。


 申し訳ない──二人と別れてからずっとそう思っていた。


 戦争が終わり、チェスターから教会の重役を任されて戻れそうにないとの連絡をもらった。

ロックはすぐにチェスターに、そのままグランツ王国で頑張ってくれと手紙を送る。

砂漠を越えなければならないマンの現状が、最近チェスターからの手紙の返事で知ることに。

店の手伝いをしながら、最近は厨房も任せてもらえるようになり充実した日々を過ごしていると。


 ロックはマンに対しても、その店で頑張ってくれと、そして二人には今まで申し訳なかったと手紙に書いて送った。


 チェスターからは、すぐに、ロックらしからぬ言葉に病気で死にかけているのではないかと、教会から使者が来るはめに。

もちろん、病気などではない為に、すぐに送り返した。


 二人もそれぞれの道を歩んでいることに安堵したロックは、ルビアとの将来を考えるようになっていく。


 そして現在、お弁当に果物を入れるのを忘れたルビアが、お昼の休憩に合わせて持って来たのだが、ロックの照れ隠しの一言で泣きそうになっていた。


「違う、違うんだよ……ルビアちゃぁん……」


 慰めようとルビアを抱き締めながら、己の幸せを噛み締めるロック。

ふと、見上げた真っ青な空と同じように広がる未来を想い描きながら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます