第四話 ルーカス、謀反を起こす

 人目につかないように暗がりを待ち、勇者パーティーや魔王にローブを被せて帝都に入った一行は真っ先にルーカスの元へと向かう。


 ヴァレッタがアカツキの事を知れば気を失うかもしれない。どうやって上手く伝えるか考えている内に、ルーカスの家の前に着く。


 覚悟を決めて、ルーカスの家の扉を叩き中へと招かれる。

ルーカス達は、レベッカの姿を見て安堵するが、ルスカがアカツキの居ない経緯を説明すると、二人は嘆き悲しんだ。


「そんな……」

「アカツキ……」


 ヴァレッタは気を失いそうになるところをアドメラルクに支えられる。ルーカスもテーブルに両肘を乗せて頭を抱え込んで表情は見えないものの泣いているようであった。


 ルスカは二人が落ち着くのを待ってからアカツキがまだ助かる可能性を示した。

そして、二人にも協力を頼む。

戦争を止めて、アカツキを救う協力を。


 二人はもちろん快く引き受ける。二人にもアカツキを治す薬の材料を見せるが、やはり分からないと言う。

ヴァレッタは、すぐに紙に薬の材料の特徴を事細かに記し、メイラにも協力を頼みに行く。


 ルーカスもすぐに戦争の回避に走ると言うが、その前に何か手助けになるかもと、アドメラルクを紹介する。

ルーカスは、しばらく顎を外し驚き固まる。


「ま、まさか魔王を仲間にとは……」


 ルーカスに新魔王の擁立と魔族や魔物が攻めてくる可能性も話をする。

確かに人同士で争っている場合ではないと、回避のためにかなり強引に進める必要があると言い、アドメラルクにも協力してもらうことにした。


 アドメラルクは一度協力すると言った以上、惜しまないと快諾した。


 ルーカスの動きは早く、兵士の少ない夜遅くを狙い、レベッカとアドメラルクと共に勇者パーティーを連行して城へと向かう。


 ルスカ達は、カホと連絡を取るべく紙と筆を借りると弥生は、まず紙に日本語で“曽我かほる”と書く。

しばらく立つとカホから“どうしたの? やよちゃん”と返事がくる。


 弥生は一瞬筆を止めるも、アカツキの現状を書き込む。

死の間際とはいえ、その事を自分で書き込むと本当にアカツキが死んでしまいそうで躊躇った。


 自分で書いていて、涙が溢れてくる。向こうには弥生の姿は見えないはずなのに、カホからは“泣かないで、やよちゃん”と励ましの言葉が送られてきた。


 弥生は、涙を拭いアカツキ救出に手を貸して欲しいと頼む。

薬の材料の特徴を書き込み、材料の名前、薬の名前、薬の配合、調剤を出来る者を探して欲しい、そしてこれをグルメールに届けて欲しいと。


 長文を送ったせいか、返事は中々すぐには返ってこなかったが、ようやく返って来た返事にルスカ達は狂喜乱舞する。


“タツロウくんのスキルが、調剤に使える可能性があるって”と。


 カホの話だとタツロウのスキルは“精製”という材料、配合さえ分かれば手のひらサイズでなら物を作成出来るという。

タツロウのビックリ箱も、そうして作った物らしい。


 ある意味一番のネックだった調剤。一概に調剤と言っても製法は山ほどある。

しかし、タツロウのスキルはそれらをクリアしていたのだ。


あとは、薬の名前、配合、材料名。理想は薬の名前が分かりさえすれば、おのずと配合や材料名も分かる可能性も高い。


 カホからの朗報は、それだけではなかった。流星が今は首都グルメールへと来ているという。

流星から連絡が来れば、知らせるというものだった。


 一気に光明が差してルスカ達に、久々に笑顔が見えた。



◇◇◇



 一方、ルーカスは城の前へと到着して門兵に話しかける。

いつも通り追い返そうとする門兵にレベッカの顔を見せると、皇帝へと取り次ぎに走る。


「アドメラルクどの。恐らく、レベッカ様以外通そうとしないでしょう。その時は私を皇帝の元へと連れて行ってもらいたい」

「暴れろ、ということだな」

「くれぐれもなるべく傷つけないようには、お願いしたいですが」


 戻ってきた門兵の言葉は、案の定予想していたものであった。


 剣を抜いたアドメラルクを先頭に突入していく。一気に城内は騒がしくなる。

兵士の行動は二つパターンに別れる。

一つは、無謀にもアドメラルクに向かってくる者。

もう一つは、レベッカが居るのに気付き手出しできずにいる者。


 アドメラルクの剣捌きは凄まじく、数の多い兵士に対して、常にルーカス達を守りながらも兵士に向かっていく。


 取り囲んでいたなら、こうは流石にいかなかっただろうが、奇襲みたいな形で攻め込まれた兵士に隊列など組めるはずもなく、瓦解していくのみ。


 皇帝の元に辿り着くまでにそれほど時間はかからなかった。


 就寝していた皇帝には賊が入り込んだと報告していた宰相は、すぐに鎮圧出来るものだと思っていた。

まさかルーカスの側に魔王がいるなどとは、露にも思っていなかった。


 白銀の鎧に身を包み皇帝は、現れた賊がルーカスだとしり驚くがそれよりも何故か娘レベッカがルーカスの側にいるのに戸惑いを見せる。


「ありがとうございます、アドメラルクどの」

「我は他に兵士が来ぬように睨みを効かしておこう」


 ルーカスが皇帝に少し近づくと近衛兵だろう、皇帝の周りを十人余りの兵士が取り囲む。


 ルーカスは自らの剣を抜き、切っ先をレベッカへと向ける。


「どういうつもりだ、ルーカス」


 太い眉の眉間に皺を寄せ皇帝らしく威厳のある声で、ルーカスを問い質すが、一向に引く気配はない。


「私はただ、陛下の器を見極めにきたのです」

「随分と上からの物言いだな、ルーカス」

「傀儡に成り果てた陛下にはこれで十分だと」


 ルーカスの挑発に表立って憤慨してライオンのたてがみのような髪を逆立たせる皇帝だが、内心奇妙な事に気づく。

娘レベッカの眼には、全く怯えがないのだ。


「儂が傀儡とは。その暴言、自らの命で補えるのだろうな」

「ふっ……」


 皇帝も負けじとルーカスを脅すが、ルーカスは思わず笑いを溢してしまう。


「何がおかしい!?」

「おかしいでしょう。何故、私がレベッカ様をここに連れて来たと? その様子では、昨日私が報告した馬車の件も聞いていないのでしょう。だから傀儡というのです。そんな傀儡に脅されても笑うだけですよ」


 ルーカスの挑発を受けながらも、皇帝は近衛兵に命を出したいがレベッカに向けられる剣、そして何よりルーカスの後ろで、兵士を容易に退ける男に注視せざるを得なかった。


「陛下。戦争を止めて頂きたい。私の願いはそれだけです」


 真っ直ぐ己を見てくるルーカスに、皇帝は彼がどういう人物で仕えてくれていたかを思い出す。

決して私利私欲で動く人物ではない。


 なら何故こんな暴挙に出るのか、彼なら直訴でも何でもしたはずだと。

皇帝は知らなかった。ルーカスが今まで幾度も訴えていたことを。

宰相で全て止められていることを。


 しかし、彼は言った。拐われたレベッカの馬車の発見の報告をしたと。

ようやく皇帝自身も己の愚かさを知ったのである。


「ここに、今回の原因の勇者パーティーがおります。しかし、彼らを帰しただけでは、向こうも納得しないでしょう。ですから、和睦を提言します」

「和睦だと!? ふざけるな、ルーカス! 我ら帝国がグランツに一度振り上げた拳を下げろと言うのか!」


 割って入ってきたのは宰相のブリスティン。そのブクブク肥えた体が、贅の極みだと示している男である。


「ブリスティン、少し黙れ」


 ブリスティンを睨み付け、皇帝は話を続けるようにルーカスに促す。

ルーカスは、レベッカに向けていた剣を床に突き刺すとひざまずく。


「もちろん、平等な和睦の提言です。振り上げた拳を下げる理由として、勇者パーティーの首とそして──」

「そして、なんだ?」


 ルーカスは己の策ではあるが、このあとの皇帝達の驚く顔を想像すると、内から笑いが込み上げてきた。


「そこにおられる魔王アドメラルクどのを引き渡すのです」


 謁見の間に似つかわしくない音が、まるで聞こえた。

その場にいたルーカス達を覗く全員の血の気が引いていく音が。


「あ、アドメ……いや、ルーカス。流石に冗談が過ぎるぞ」


 確かにルーカスの後ろにいる男が強いことは己でも良くわかる。

しかし、彼が魔王などと誰が信じられようか。

見た目は、金髪で体格のいい人間にしか見えない。


「アドメラルクどの」

「わかった」


 ルーカスの合図で、抑えていた殺気と力を解き放つ。

あっという間に謁見の間に死の恐怖が渦巻く。

合図をしたもののルーカス本人も、これ程とは思わず背中の冷や汗が止まらない。

兵士や近衛兵もへたりこみ、皇帝自身も足に力が入らずに玉座へと腰を降ろした。

ブリスティンなどは、その恐怖に気を失いそうになるが、気を失うと死んでしまうと本能により気絶出来ずに嗚咽しながら、よだれや鼻水など吹き出している。


「あ、アドメラルクどの。もう、大丈夫だ」


 謁見の間は安堵の空気に急変するのだった。

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