第三話 幼女、奮起する

「ルスカちゃん、しっかりして!」


 気落ちするルスカの肩を揺らして弥生は必死に励ます。

焦点の合っていなかった目に光が戻ってくる。

さっきまで泣いていた弥生も、自分で前へと進もうとして耐えていた。


「そうじゃな……おい、お主、名前はあるのか?」

「あるわけねぇ。俺はスキルそのものだからな」


 ルスカは男の子を手に取り、じっくり観察する。理由はわからないが何故か頭に鬼のような角が生えている。

目付きは鋭く言葉使いも生意気そのものだ。


「じゃあ、ミニのオーガでミーガって呼ぶのじゃ! よいな?」


 そんな安直な、そうルスカ以外は思ったのだが「別に構わねぇ」と、ミーガは、そっぽを向いて平然としているが、口元は緩んで嬉しそうであった。


「ではアカツキはどれくらい生きられるのじゃ?」

「正確にはわからねぇ。もっと近くになれば分かるかもしれねぇが。俺そのものも消えるしな」


 時間は無いとわかりルスカを中心に動き出す。ナックと弥生は、皆に忘れかけられていた勇者パーティーを捕まえレベッカを連れてくる。

そして、問題はいつまでも、近くに残っていた元魔王アドメラルク。


「アドメラルクよ、お主もワシに手を貸せ」


 戻ってきたナックと弥生は、その言葉に驚く。まさか魔王に力を借りるなどあり得ないし、下手をすれば世界を敵に回すことになりかねない。


「ふざけておるのか、何故、我が?」


 アドメラルクの答えは妥当で、何よりその言葉に皆、ホッとする。


「馬渕なんぞに台頭された癖に何を偉そうにしとるのじゃ。それにアスモデスとやらに魔王の座を追われおって」

「ぐっ……」


 アドメラルクは痛いところを突かれぐうの音も出ない。


「全て終われば、ワシの首でも何でもやるのじゃ。だから手を貸せ、アドメラルク」

「ルスカちゃん、それは、駄目よ!」


 弥生は慌てて止めに入る。例えアカツキが回復したとしても、ルスカが居なくなれば悲しむのはアカツキだ。


「ヤヨイー。ワシはアカツキが無事なら、それでよいのじゃ。だから、それ以上言うな」


 ルスカの決意は固く、その目に迷いはない。だけど弥生にはルスカの姿が痛々しく、思わず抱き締めていた。

そして弥生も決意する。絶対にルスカをアドメラルクに渡さないと。例え自分がどうなろうとも。断固たる決意を持って。


「ふん! まぁ良かろう。我の力を借りるとはそういう事なのだよ、裸娘」


 アドメラルクに自分が話しかけられているとは思わず、初めはキョトンとしていた弥生は、裸娘が自分であると気づくと悲鳴を上げる。

上半身がいまだに下着姿なのを、忘れていたのだ。


「きゃあああっ!」

「あの……別荘に服がありますからどれでも好きなのをどうぞ」

「ありがとうございます、レベッカ様」


 弥生は軽くレベッカに礼を述べると急ぎ走り去っていく。


「よし、ひとまず帝国に戻るのじゃ。戦争なんぞ起こされて、時間を奪われてはたまらぬのじゃ」


 戦争が起きれば、必ず何処かに厄介事が転がっている。巻き込まれている暇などルスカには無い。

今のルスカなら戦争が起きれば邪魔だと戦場で暴れるだろう。

何せ今はアカツキストッパーがいないのだから。


「お主がレベッカじゃな? 悪いが、お主にも協力してもらいたい」

「私で良ければ」


 レベッカから快諾を貰い弥生が戻ってくると、一行は勇者パーティーも引き連れて急ぎ帝都レインハルトへと出発した。



◇◇◇



「もう駄目だ~!」

「しんどいー、ルスカちゃん休ませてー」

「む、無理……」


 別荘を出発して早々、縄で縛られた勇者パーティーのロック、マン、チェスターは、口々に愚痴を言う。

少しでも早くと走り続ける一行。

弥生におぶられたルスカは、器用に前を向いたまま、後ろの三人を杖で頭を叩く。


「やかましいのじゃ! とっとと、走れ!“キュアファイン”」


 疲労を回復させながら進んでいくのだが、ルスカ自身の魔力がほとんど枯渇している為、なるべくギリギリまで耐えながら一行は急ぐのだった。


 行きしなに進んだ川沿いを戻っていき、森を抜ける頃にはルスカの魔力が枯渇して、休憩を取らざるを得なくなった。


「アドメラルクよ、アスモデスってのは何者じゃ?」


 休憩するためにルスカは弥生の腕に抱かれながら、アドメラルクに質問をする。


「聞こえていたのか……アスモデスは我の息子だ」


 馬渕との戦闘に夢中でルスカにはリリスとの会話を聞かれていないと思って安堵していたアドメラルクは、気まずそうに答えた。


「おい、裸娘。お前も転移者だな?」

「そうだけど……って、今は裸じゃないもん!」


 頬を膨らまし、顔を背ける。しかしアドメラルクはお構い無しに「アヤメは知っているか」と尋ねてきた。


「アヤメって、須藤ちゃん!?」


 弥生の中では、一番意外な名前が出て驚きを隠せずにいた。


「ヤヨイーの友達か?」


 水を汲みに行き戻ってきたナックが聞くと弥生は首を横に振る。


「仲が良いってわけじゃないかな。地味な印象だしアカツキくんみたいに話かけはしたけど、反応は薄かった気がする」

「確かに会った頃は地味だったが、今では全然違うぞ」


 弥生はアドメラルクの言葉に今一つピンと来ていない様だった。


「お主の息子が魔王になったとすれば、現役の魔王の誕生じゃ。果たしてどう動くかの?」

「まず、攻めてくるだろうな。特にあの馬渕という男は、楽しんでいる節がある。このまま大人しく、とは考えにくいな」


 そうなると国同士で戦争などしている場合ではなくなる。

ルスカは自分の考えを、挙げていく。


 アカツキの薬の作成を大前提とおき、戦争の回避、新魔王への対応、そしてレプテルの書というものを探す事を提案する。


「レプテルの書ってなに?」


 突然出てきたレプテルの書について弥生とナックは小首を傾げてルスカに尋ねる。


「レプテルの書は、簡単に言えば、この世界の全ての出来事が記録されている本じゃ。神の書とも呼ばれておるがの。正確に言えば、あれは神そのものなのじゃ」

「神様……本当に?」


 半信半疑の弥生は、再び質問するとルスカは頷いて肯定する。


「間違いないのじゃ。ワシ自身が二度ほど見とるしの。厄介なのは、レプテルの書は突然移動してしまうことじゃ。だから、中々見ることは叶わぬ」


アドメラルクも「なるほどな」と顎に手をあて知っているようだった。


「あれなら薬に関して書いてあるやもしれぬ。しかし、何処にあるのか心当たりでもあるのか?」


 しかし、ルスカは小さく首を横に振るのみ。


「場所は分からぬが、一つ。神獣エイルじゃ」


 神獣エイル。リンドウの街の南に突如現れた植物型の神獣。

死を司り、アカツキの死を宣告した相手である。


「神獣に出逢ったのか。それもエイルとはな」


 アドメラルクも驚くほど珍しい存在である。

そんな存在に対話しようと言うのにも、驚きを隠せなかった。


「やることが盛りだくさんなのじゃ。人手が足りぬ。せめてグルメールにも協力して欲しいのじゃが」


 グルメールまで決して近くはない。しかも、再びザンバラ砂漠を越えなければならない。

「あっ」と弥生が何か思い付く。


「カホなら連絡取れるよ! ほら、カホのスキルで! 多分カホのことだから流星くんとも連絡取れるはずだから、ワズ大公にも話通せるかも!」

「確かに、そんなこと言っていたのじゃ! ヤヨイー、すぐにカホに連絡を頼むのじゃ!」


 よし、と意気込んで立ち上がるものの、再び力なく座り込む。


「どうしたのじゃ?」

「紙がない……」


 カホのスキル“通紙”は、紙がなけれは意味がなかった。


「結局、帝都に戻ってからじゃな」


 呆れるルスカに弥生は一言「ごめんなさい」と謝るしか出来なかった。

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