第五章 救済編
第一話 青年、危篤となる
「アカツキィィィ!!」
ルスカの目の前で馬渕の凶刃に倒れたアカツキ。
倒れたアカツキの下敷きになった体を引き抜いたルスカは、背中から多量の血を流すアカツキを見て、顔を青ざめる。
「アカツキ、しっかりするのじゃ! こんな傷、ワシがすぐ治してやるのじゃ」
“キュアヒール”
いつもより威力が弱い。しかし、無理矢理自分の魔力を食わし、聖霊に言うことを聞かせて威力を上げる。
傷はみるみる塞がっていきホッとしたルスカだが、余裕からか、見下ろしていたの馬渕が、ほくそ笑む。
「!!」
あと少しという所で再び傷が開き血が流れ出す。
もっと、もっとだと回復の威力を上げるが、塞がりかけては再び開くを繰り返すのみ。
アカツキの顔色が、白くなっていくのが手に取るようにわかる。
「マブチイィッ!! 貴様、アカツキに何をしたのじゃあ!!」
静かな湖畔にルスカの怒鳴り声が響く。
「おいおい、俺なんかに構っている暇あんのかよ。このままじゃ田代は死ぬぜ。と言っても、もうそいつは手遅れだがな」
ニヤニヤと馬渕の笑みがルスカを苛立たせる。だが、アカツキをこのまま放っておくわけにはいかない。
「ヤヨイー! ナック! アカツキを頼むのじゃ!!」
ショックで動けずにいる弥生に後を託してルスカは、馬渕をアカツキから引き離すように、魔法を放つ。
“バーストブラスト!”
いつもの三分の一の威力もないが、馬渕を引き離すためだけならこれで充分だった。
「ほお……まだ、そんな力を」
馬渕の顔から笑みを消せずに益々苛立ちが強くなる。
一方ナックに頬をぶたれて我に返った弥生は、辛うじて立ち上がりナックと共にアカツキの元へと急ぐ最中だった。
「言え! アカツキに何をしたのじゃ!」
「なんだ、そんなことが知りたいのか。てっきり、俺にムカついてどうでもよくなったのかと思ったぜ」
ルスカの放つ魔法を躱して近づく馬渕に、グレートウォールで作られた土壁が迫る。
「しゃらくせぇ!!」
いつもより高さも低く発動速度も遅い土壁に片足を引っ掛けると、片手でよじ登ってみせる。
そのまま、飛び降りてルスカを襲うつもりだったが、既にルスカは後方へと下がって次の魔法の準備をしていた。
“シャインバースト!”
白い光が杖の先から放たれて馬渕へと向かっていく。
ルスカは、ニヤリと笑い勝利を確信する。
当たれば、馬渕でも無事では済まない。
剣で弾こうとしても、当たるのと大して変わらない。
しかし、馬渕は弾くどころか上体を捻りながら土壁の上から飛び降りてみせる。
「なっ!? あり得ぬ、こやつ本当に人間か!!」
馬渕の振り下ろしてくる剣を、ルスカも飛び退いて躱す。
地面へと振り下ろされた剣を見て、ルスカはようやくその剣に見覚えがあることに気づいた。
「その剣、確かリョーマの!」
「ああ、そうさ。先代勇者が使っていた剣さ。
まさか刀とは思わんかったがな。
まぁ、先代勇者も浮かばれるだろ、何せ今代の勇者様に使われているんだからな。
いや、違うか。
泣いているかもな、自分の刀のせいで元仲間の仲間が死にかけているってな! わははははは!!」
高笑いを掲げる馬渕に、ルスカは躊躇いなく突っ込んでいく。
「お主が勇者じゃと!? ふざけるな!」
「魔法使いが突っ込んでくるなんて、愚の骨頂だな!」
振り下ろした刀に手応えがない。馬渕が斬った場所にルスカは居らず、素早く躱していた。
「なっ!?」
「ワシでも、一瞬ならこれくらい動けるわ! もらったのじゃ!」
身体能力を上げるフィジカルブーストで刀を躱したことで、馬渕のすぐ横まで来たルスカは、再び聖霊を無理矢理言うことを聞かして、威力を上げた“バーストブラスト”を放つ。
「食らうのじゃ! “バーストブラスト”」
「舐めるな! “バーストブラスト”」
二人の魔法がぶつかり爆音と土煙と炎を巻き上げる。
「ぐうっっ……!」
「くっ!」
二人は後方に弾かれて、同じようにダメージを負う。しかし、次に動いたのは馬渕の方だった。
“ストーンパレット”
“フィジカルブースト”
馬渕の放つ石礫を、馬渕を中心に円を描きながら避け続ける。
湖の側まできたルスカは、ニヤリと笑う。
“ウォータートルネード”
ルスカの背にある湖から水の竜巻が立ち上る。自力で生み出す訳ではなく湖の水を利用しただけあって、その威力は計り知れない。
襲いかかる湖の水竜巻に馬渕は微動だにせず避けようとしない。
「……!!」
真っ直ぐ馬渕に向かっていたはずの水竜巻が、急激な曲がりを見せて逸れていく。
「俺は、勝つためならなんでも利用するんだよ」
「くそ……っ!」
ルスカと馬渕の延長線上には、倒れているアカツキとその様子を伺っていた弥生とナックがいた。
あのまま馬渕に当てると、その威力から確実にアカツキを捲き込むとルスカ自身が水竜巻を曲げたのだ。
悔しさからか、歯軋りをしてしまうルスカ。
千載一遇のチャンスを、馬渕に避けることなく回避され無念であった。
どうしたものかと馬渕から目を離さずに考えていたルスカに、対して突然拍手を贈ってくる。
「いやぁ、流石と言うべきか……ここまで、楽しませてくれるとは。そうだな、その強さに敬意を表して、教えてやろう。田代の現状をな」
ルスカの動きが止まる。アカツキを助けたい気持ちで一杯だったルスカに光明が馬渕から与えられる。
「ふっ……勇者ってのは、仲間に力を与えるんだよ。そして、その逆も然り。敵対するやつには、死を与えるんだ。
そう、つまり
俺に敵対したやつをこの刀で斬ると、呪いがかかるって仕組みなんだよ。わかったかな?」
「馬鹿言うななのじゃ! リョーマの剣にそんなもの……!」
「ああ、無かったさ。無いなら、作ればいい。
俺はそう思っただけだ」
今すぐにでもアカツキの元に駆けつけたい。
傷の治らない理由が呪いなら解けばいい。
ルスカはそう簡単に捉えていた。
馬渕が教えても問題ないと判断した理由を、よく考えずに。
目の前には馬渕がいる。そう易々と近づけさせてはもらえない。
そこに突如女性の大声が響く。
「マブチ様ぁぁ!!」
魔王を押さえていたはずのリリスの声に反応して馬渕が振り向くと、目の前にまでアドメラルクが迫って来ていた。
「くそっ!」
「食らえ!!」
剣と剣のぶつかる金属音が聞こえる。馬渕は咄嗟に自分の剣を横にしてアドメラルクの剣を支える。
「行け! ルスカ。ここは任せろ」
ジリジリと力を込めて馬渕を追い込むアドメラルク。
どうやら力勝負ではアドメラルクに分がありそうだった。
「済まぬ、任せたのじゃ!」
まさか魔王に背中を預けることになろうとは、ルスカも思っていなかったが、今はそれどころではない。
“フィジカルブースト”
魔法をかけ続けながら、アカツキの元へと急ぐ。
「ルスカちゃん! アカツキくんが……アカツキくんが……」
涙を流している弥生は、自らの服を脱ぎ下着姿のままアカツキの傷を脱いだ服で押さえつけて止血していた。
ナックも上半身は裸で、同じように押さえている。
既に二人の服は真っ赤に染まっていた。
「傷を見せるのじゃ!」
二人の服を外してアカツキの服を破ろうとするが、ルスカ自身も傷だらけなのもあり上手く力が入らない。
ナックが見かねて、アカツキの服を破る。
「これ……何!?」
弥生は目を疑う。
傷を囲うように、黒い線で複雑な紋様が背中に描かれているのだが、その線がまるで蛇の様にウネウネと動いているのだ。
不気味。ただ、その一言しか三人には思い浮かばなかった。
「見たことないのじゃ……上手く解除出来るかどうか……」
傷口にルスカの小さな手が触れると、紋様を描いていた黒い線が邪魔だと言わんばかりにルスカの手を侵食してくる。
「ぐっ…………!!」
歯を食い縛り耐え続けるルスカ、それを見守ることしか出来ない弥生とナックも歯痒さを感じていた。
「いやじゃ……ワシを一人にするな、アカツキ……」
ボロボロと大粒の涙がルスカの目から溢れてくる。
同じように涙を流しアカツキの手を繋ぐ弥生も、触れるその手がどんどんと冷たくなっていくのに、耐えられず体が震える。
「アカツキ……アカツキ……」
弱気になっていくルスカを嘲笑うかのように、とうとう呪いの紋様によってルスカは、アカツキから離されてしまう。
“キュアヒール”
咄嗟に回復魔法に切り替える。一分でも、一秒でも長く生きてと願いながら。
しかし、傷は塞がりかけては開くを繰り返すのみ。
あまりにも不毛だった。
「無駄だ。さっきも言ったがそいつはもう手遅れだぜ。くくく……」
アドメラルクと剣を交わしながら、馬渕は含みのある笑いをする。
「……れ、黙れ、マブチィィィイイ!!」
ルスカの中で何かがキレた。
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