第二話 幼女の正体と青年の死
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァーーッ!!」
つんざくような声が辺り一面に響く。ルスカは声を張り上げながら少し浮かび上がると、ルスカの体から幾つもの黒い鎖が地面へと伸びていた。
その鎖を引きちぎらんとするルスカの表情は、苦悶とも笑っているようにも見えて普段とは明らかに違う。
周囲に異変が起こる。それに気づいたのはアドメラルク、そして馬渕の二人。
周囲の聖霊が一人の幼女にのみに従い集まっていく。
それは、まさしく聖霊を隷属させているようだった。
「
アドメラルクが、馬渕を無視してルスカに向かう。
しかし、それを止めたのは馬渕だった。
「どうして邪魔をしようとする、元魔王。面白そうなのが見れそうじゃねぇか」
「貴様が思っているほど、可愛いものじゃないぞ。あれは因果の外にあるものだ。例え貴様が本物の勇者だとしても、
「俺には関係ねぇな。俺にあるのは面白いかそうでないかだけだ!」
互いに一歩も揺るがない二人にお構い無くルスカの鎖が一本だけ引きちぎられる。
その瞬間、周囲に魔力の風が巻き起こり馬渕とアドメラルク、アカツキの体を守るように覆い被さった弥生とナックがルスカを中心に吹き飛ばされる。
ルスカがアカツキの方を心配して見る気配が無いことに、弥生はルスカに異変が起きたのだと察した。
「マブチ様!」
リリスが体勢を崩した馬渕をアドメラルクの剣が振りおろされるより早く、馬渕を抱えてその場を離れる。
「おい、離せ」
「マブチ様、あれは不味いです! 今はドラクマに退いてください!」
不機嫌な顔をした馬渕にリリスは、必死に訴えかける。
「二度言わすなよ、離せ」
低くドスの効いた声で、リリスを脅す。しかし、それでもリリスは離そうとしない。
「お願いします。今は、今は退いてください。私の命なら後で差し上げます。だから、今だけは!
リリスのまさしく字のごとく、懸命な説得に馬渕は刀を鞘に納める。
「ちっ! 行くぞ、リリス!」
退くと決めた馬渕とリリスは、追う間もなく、この場を去っていく。
アドメラルクは舌打ちすると、すぐに切り替え剣を構えながらルスカに向かう。
ルスカに剣を振るうが、アドメラルクの鋭い斬撃もあっさりと片手で塞がれてしまう。
アドメラルクが全力で剣を引き離そうとするが、びくともしない。
「ルスカちゃん!! アカツキくんが……アカツキがぁ!」
弥生がルスカに呼び掛けると、ほとんどトランス状態だったルスカに異変が起こる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァーーーー!!!!」
ちぎれたはずの一本の黒い鎖が、地面から伸びた新たな黒い鎖と繋がる。
大きく体をビクンと動かした後、ルスカを中心から起こっていた魔力の風が止む。
ルスカの表情が穏やかになり、握っていたアドメラルクの剣を離すと血が吹き出す。
「アカツキ……アカツキ……」と、疲れきった体を必死に動かし離れていったアカツキの元へと走り出す。
アカツキを庇い擦り傷だらけの弥生が、にわかだがずっと人工呼吸と心臓マッサージを繰り返していた。
「脈が……脈がないの……」と涙で顔を濡らす弥生の言葉にルスカは顔を青ざめる。
「アカツキ! 死ぬな、死んではいかんのじゃ!」
すっかり静かになった湖畔にルスカの呼び掛ける声だけが聞こえる。
アドメラルクも、特に何するわけでもなく、ただ見守る。
傷は塞がることなく、ルスカ達の目の前は真っ暗になっていく。
救えないのかと諦めかけた、その時。
「離れろ!」
懸命に延命を続ける二人を見守ることしかできなかったナックが、二人をアカツキから引き離す。
突然の事に何をするのかと叫ぼうとした時、アカツキのすぐ横の空間が割れた事に驚く間もなく、空間から巨大な人ではない緑色の手が飛び出し、アカツキを掴んで空間の中へと消えていく。
「な、なんなのじゃ? 今のは」
答えは誰もわからずに、ただ唖然とするしかなかった。
「やーっと、出てこれた」
どこからか声が聞こえる。男っぽい声なので、ナックを見るが首を振る、アドメラルクかと思い見るがアドメラルクも違うわっといった感じで否定する。
「なかなか、タイミングがあわねぇな」
「な、何? 小人」
空間に再び亀裂が出来て、そこから出てきたのは銀色の髪の男の子。
大きさは、ルスカの手のひらサイズだ。
「なんじゃ、お主は!? アカツキはどこやったのじゃ?」
「そう慌てない。すぐに説明するから」
現れた小さな男の子は、自分の手をペロペロと舐め始める。
よく見ると、その手は大きさは違えどアカツキを掴んでいった手で、鱗が生え爬虫類のような手をしていた。
早くしないとアカツキが、そう思うといても経ってもいられないルスカは、イライラを募らせる。
「さてと……」
ルスカが怒鳴ろうとした絶妙なタイミングで話始める男の子。
完全に機先を制され、ルスカは男の子の言葉を待つしかなかった。
「まず、自己紹介。名前は無ぇ。ただ、アカツキのスキルと言えば、わかってもらえるんじゃないか?」
「アカツキのスキルじゃと?」
アカツキのスキル。“材料調達”だが、男の子が入っているなんて聞いていないし、そもそも生きたスキルなんてのも聞いたことがない。
「“材料調達”じゃろ? 自己紹介で自分をスキルと言うからには、お主が“材料調達”そのものってことなのか?」
「そうだよ。ルスカ」
自分でも踏み潰せそうなほど小さい男の子に、呼び捨てにされて若干苛立ちを覚える。
しかし、今はそれどころではない。
「それでは今はお主の中にアカツキがいるってことなのか?」
「そう。生き物は入れないが、死んだら生き物じゃない。ジッとアカツキが死ぬまで待ってた」
「な!? お主、今生きてるっていったじゃろが!」
「生きてはいるけど死んでもいる。今のアカツキはそんなところ。ただやっぱりそれほど長くはもたねぇ」
男の子が言うには、アカツキのアイテムボックスと同じで中では腐敗などは進みにくく、時間の流れがかなりゆったりとしているという。
「じゃあ、アカツキくんはまだ助かるのね?」
「いや、無理じゃな」
否定したのは男の子ではなく、ルスカだった。
「肝心の呪いを解かねばならぬのじゃ」
そうだったと弥生は悔しがる。どうすればいいのか、誰も検討がつかなかった。
「方法はある。解けないなら治せばいい」
そう言って男の子は、自らの口に手を入れると、どうやって入っていたのか、三つの品物を出す。
何かの乾燥した尻尾、小瓶に入った緑色の粉、同じく小瓶に入った白い液体。
ルスカも見たことの無いものばかりだった。
「なんじゃ、これは?」
「わかん無え」
「ふざけておるのか、お主は?」
ルスカの言うことは、尤もで自分で出しておいてわからないとはふざけた話である。
「ふざけてない。俺は“材料調達”。アカツキ、呪い、解く薬で検索して出てきたのが、これらだ。
アカツキは俺を勘違いしていたみたいっすけど、改めて言う。
俺は“材料調達”。材料ってのは食品だけじゃない」
つまり、この男の子が言っている事が本当なら、ルスカ達に一筋の希望の光が見えた事になる。
「因みにこの姿は、仮の姿だ。出てくる為に必要だったし、言葉を話せるように人型にした」
最早そんなことはどうだっていいのか、ルスカはマジマジと材料を見つめ、これらが何なのかに集中していた。
「どう? ルスカちゃん」
「わからぬ……そうじゃ、アドメラルク! お主ならどうじゃ? ドラクマに無いか?」
「……なぜ、我に聞く。我が教えるとでも?」
アドメラルクは腕を組み、そっぽを向く。
「なんじゃ、わからんのだったら仕方ないのじゃ」
「わからぬとは、言っておらんだろ!」
ルスカの安い挑発に乗せられ、アドメラルクは三つの材料をよく見る。
「これは……何かの尻尾だな」
「そんなもの、見たらわかるのじゃ。知らんのだったら知ったかぶりするな! ワシらは忙しいのじゃ」
アドメラルクを放っておいて、ルスカは再び集中して頭の中の知識と照合する。
乾燥した尻尾には棘があり、ルスカ自身も何処かで見た気はする。
粉と思われたものは、よくよく見ると一粒一粒が細かく小さな星形をしている。
最後の小瓶に入った白い水は、蓋を開けるとものすごく鼻の奥にツンとした臭いがする。
結局わからず、お手上げな状態にルスカ達に見えた一筋の光は消えかけていた。
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