第九話 幼女と青年、長旅の準備をする

 二人は真っ赤になりながら、暫く動かない。頬を赤く染める弥生の横顔をいつまでも見惚れているアカツキ。

弥生も伏せ目がちに、掴まれている自分の手を見ていた。


「あ、え……っと」


 何か言わなくてはと、アカツキの頭の中は混乱状態で言葉が上手く出ず、弥生も何を言われるのかと心臓の鼓動が速くなり顔の紅潮が全体に広がる。


 どのくらい時間が経ったのかは、わからない。混乱を極めていたアカツキの頭の中は何をするべきか必死に整理していた。


 お米、弥生、水、弥生、火……火!?


「しまった!」


 我に返ったアカツキは、急いで家に戻る。突然アカツキが離れた事で弥生も我に返り後を追った。


 せっかく、ご飯を炊く為に点けた二つのかまどの火が消えてしまっていた。

裏庭に急いで戻ると、裏庭の竈の火も消えている。

火事になってもおかしくなかったことを考えるとホッとすると同時に、どこか残念な気持ちに難しい顔をしたアカツキだった。



◇◇◇



「ただいまなのじゃ」

「お邪魔しまーす」


 買い出しを終えたルスカ、カホ、ナックが戻ってくると、アカツキと弥生が竈の前に座り火の調整をしている所だった。


「この鍋、全部ご飯なの?」

「はい、おにぎりにしようかと」


 アカツキとカホが他愛もない話をしているのを見ていた弥生は、さっきまでドキドキと鼓動が速くなっていたのは、自分だけなのかと寂しくなりながら火の番をしている。


「ご飯炊き上がったらお湯を沸かしますので、順番にお風呂──」

「お風呂! お風呂あるの!?」


 竈の火を座って調整していたアカツキの背後から肩を掴んで、カホが揺らす。

カホにとって、この世界で初のお風呂だ。

アイルの街の自分の家には無く、クリストファーの家にも無い。

久々に湯船に浸かれると思うと、興奮が冷めない。


「ちょ、危ない! ありますよ、小さいけど!」


 落ち着いて火の調整が出来ないとアカツキは立ち上がり、ルスカの方に目をやると大きな欠伸をして目を擦るルスカが。


「カホさん、一番に入っていいですよ。その代わりルスカも一緒に入れてやってください」

「わかった! 任せて。一緒に入ろうね、ルスカちゃん!」

「ワシ……もう眠……」


 ルスカは力尽きたようにテーブルに伏せってしまう。しばらく寝かせてやろうとアカツキ達は、静かに行動するのだった。



◇◇◇



「お風呂、沸きましたよー」


 アカツキが小声で二階の廊下から吹き抜けの一階に声をかけると、カホが眠っているルスカを抱っこして慎重に音を立てないように上がってくる。


「ルスカちゃん寝ちゃったけど、どうするの?」

「ルスカ、ルスカ。起きてお風呂入りましょう」


 軽く揺すってやると、片手で目を擦り目を覚ますが寝惚けているのかアカツキに向かって両手を伸ばしてくる。


「これは駄目ですね。寝かしつけてきますから、カホさんお風呂どうぞ」

「だったら、やよちゃんと一緒に入る」


 カホからルスカを受け取ると、アカツキは寝室に入りベッドへルスカをそっと置いた。

寝室から出ると弥生を呼びにいったカホ達が二階に上がってくきた。


「お風呂は、そこになります。あまり広くないですが、ゆっくり浸かってください」

「うん。ありがとう田代くん」

「アカツキくん、先にごめんね」


 カホと弥生が風呂場へと入るとアカツキは、一階に降りておにぎりを、せっせと握っていくのだった。



◇◇◇



 お風呂から上がった弥生とカホは、濡れた髪を拭きながら部屋着にしているやつなのか、上半身はタンクトップのような袖の無い服と下半身は短パンを着ていた。


「私達も手伝うね」

「わかりました。ナックさん、先にお風呂どうぞ」


 お風呂場に向かったナックは慣れない手つきでおにぎりを握っていたが、そこは、なかなかどうして器用で様になっており、カホは経験があるのだろう、手際よく握っていく。一方、弥生の作った物は他と比べて一回り大きいおにぎりになっていた。


「うう……上手く出来ない」

「別に三角にする必要はないですよ。ああ! 何故、また足すのですか!?」

「あはは。やよちゃん、どうして五角形になるのよ」


 三角に握ろうとするが、綺麗な正三角形にならず足りない部分にご飯を足してまた握るを繰り返し気づけば五角形になるという。

アカツキが作り直せば良いのだが、それでは弥生を傷つけていまうと思い、手直しをしないで、せっせと握っていくのだった。


「田代くん、手際いいねぇ」

「時間かけても仕方ないでしょう。テンポですよ、テンポ」


 手を濡らす、塩を手のひらに塗る、適量のご飯を手に取る、三回ほど回転させながら握ると出来上がりと、テンポ良く握っていく。


 今回、中に具は詰めていない。砂漠を旅するのだ。のんびりお弁当を広げて……というわけにはいかない。

手っ取り早く済ませるためと塩分補給のためにだ。

いちいち具を選んでいる余裕はないから。


 ナックがお風呂から上がってくると、アカツキも入りにいく。その間、ナックとカホが健闘してくれたので、アカツキが出る頃には全て終わっていた。


「おやすみなさい」

「アカツキくん、ベッドごめんね」


 街の家から灯りが消えていき、ただ暗い静寂だけが残された時には、洗い物を終えてカホと弥生は、ルスカの寝ているベッドに向かう。

この家にはベッドは一つしかなく、ナックとアカツキは一階で雑魚寝となる。


「すいません、ナックさん。こんなところで」

「俺は元傭兵だぜ、こんなの慣れてるよ。アカツキこそ、大丈夫なのか?」

「ええ。旅ではよくある事ですし、冒険者ですから」


 ランプのぼんやりとした灯りが二人を照らす。

平然と地べたへ座り毛布にくるまるナックの姿は、とても貴族には見えず、アカツキは思わず吹き出してしまった。


「なんだよ、アカツキ。人見て笑うって、さすがに失礼だろう」

「すいません……ふふ、とても貴族の格好に見えなくて」

「悪かったな。貴族の格好しても、お前ら笑うじゃねぇか」


 他所を向き不貞腐れたナック。アカツキは、ふと疑問を口にする。


「ナックさんはどうして貴族に? 興味なさそうだと思ってましたが」

「それは変わらねぇよ。その……ただな、お前らにどうやって恩を返せるかと考えてな」

「恩……ですか? 私達は別に……」


 ランプの灯りをじっと見つめるナックは、ぽつぽつとその想いを漏らす。


「ヤヨイーの件もそうだがな、俺自身が愉しいのさ。傭兵をしていた頃には味わったことねぇ愉しさがな。だから俺も何かお前らを助けられたらって考えてな。お前らが困った時、後ろ楯になれればって思って……あー、くそ! 恥ずかしい!!」


 ナックは毛布に頭からくるまり、横になる。


「私もナックさんには感謝しております。ありがとうございます」


 アカツキはランプの灯りを消して、そのまま眠りにつくのだった。



◇◇◇



 窓の外は、まだ暗く空の端が白くなりかけた頃、アカツキは二階へと上がると寝室に入り、ベッドでよく寝ている三人を起こす。


 ランプの灯りを点けて窓を開くと、肌寒い空気が部屋の中に入ってくる。


「うーん……」


 弥生が肌寒さを感じて毛布を肩まで上げると、素足が丸見えになる。白い肌に、若干の肉付きが艶かしい。

肩を揺り動かすと、もぞもぞと動き毛布の中に隠れてしまった。


 ルスカやカホも揺するが起きる気配がない。最後の手段と毛布の端を掴むと、一気にまくり上げる。


 カホは何故か仰向けで棺にでも入ったわけじゃないのに、両手を胸の辺りで握り、直立で寝ている。

ルスカは、寝相が悪く弥生の首に抱きつく形で寝ていた。


 弥生の寝相自体は普通だが、上着が胸の下までめくり上がり、その白いお腹が丸見えと通常の男性の劣情を誘うような格好だが、そこはアカツキである。


 アイテムボックスから瓶を取り出すと中身を一つ手に取る。飴ではない。ルスカ達を起こすアイテム。

アカツキ特製自家製梅干しだ。


 少し果肉をつまみ、それぞれの口に放り込んでいく。


「~~~~~~~~~~!!」


 あまりの塩辛さに三人は声にならない声を出し、目を覚ましたのだった。

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