第八話 幼女と青年、帝都へ向けて

「戦争がすぐには起こらないとは、どういうことですか? ルスカちゃん」

「おい! ガキが余計な事──ふぐっ!」


 ルスカに噛みついた白髪混じりの中年貴族は、ダラスによって口を塞がれる。


「陛下の質問を遮るとはどういう了見ですか?」


余計なのは、お前だと言わんばかりに睨み付ける。


「どうぞ、ルスカ様。続けて下さい」

「うむ。お主らも知っての通り帝国もグランツ王国も元々軍を常に首都に置いているわけではないのじゃ。属国から手配して集めるのに時間がかかるのが一点」

「なるほど。私達も叔父上や、他の貴族の領地から集めても十日はかかりますね。大国となるともっと……」


 更にとルスカは、テーブルに広げられた地図が見易いアカツキの膝の上に座る。


「もうひとつは、ここじゃ。戦場の位置じゃ。

シャウザードの森は抜けれぬ。

軍隊が通れるのは、その北にある両国の砦があるこの場所のみなのじゃ」


 グランツ王国と帝国は、シャウザードの森と呼ばれる以前ルスカが住んでいた場所を挟んで両隣にある。

両国の行き来は、シャウザードの森の北にある場所を通らなければならない。


「確かに軍隊が砂漠を越えるのは厳しそうですね」


 要は、シャウザードの森の北側をどちらが先に押さえるかが鍵となる。

それは両国ともわかっているだろう。

ここを取られまいと、暫くは小競り合いが続くとルスカは予想したのだ。


「ダラス! 貴方はどう思いますか?」

「はっ! 僕も同意見です。まずは何故宣戦布告をしたのか。そこを調べるのが先決だと考えます」


 原因を知っているのはグランツ王国か帝国のみ。

近いのは王国の方だが。


「素直に教えない可能性もありますね」


 元々ずっと過去の勇者グランツが建国した国であるが、今はグランツの血を引いていない者が王族になっている。

にもかかわらず、後ろめたさを感じてなのか、妙にプライドが高い。


「ワシは帝国を薦めるのじゃ」


 すっかりダラスと共に会議の中心にいたルスカは、同席していたアイシャを見る。


 アイシャは、会議中ずっと犬耳を伏せて困っていた。

まだ、少女とも言える年と見た目だが、アイシャはギルドマスターである。

本来、ここにいては駄目じゃないのかなと内容を聞いていないふりをしていたのだが、ここへきてルスカが見てくるものだから、皆からの注目が集まってしまう。


「えっ……と、ギルドとしては、すぐ動く事はありませんし、ある程度こちらの裁量に任されています。

それに皇帝を知っている者として、一つ。皇帝は血の気は多い方ですが、冷静さも兼ね備えております。

すぐに宣戦布告を出したとは思えないです」

「つまり、何ら過程があって、その結果……と言うことですか?」


 アイシャはアカツキの質問に黙って頷く。


 周りの貴族の重臣達は口々にルスカやアイシャに対して批判するばかりで、肝心の国に危機に関して何も述べない。


 パクは重臣達を纏められない己の王としての力の無さを痛感する。

しかし、アカツキと目が合うことで思い出す。初めてアカツキとルスカに会った時の事を。


“周りに助けを求めなさい”と。


 ミラージュに対してアカツキが言ったのだが、側でパクも聞いており、この言葉は心に残った。

パクは伏せがちだった顔を上げ、テーブルを両手で力一杯叩く。


「貴方達は、何をやっているのですか! アカツキ様達は、この国の事を考えて意見を出すのに、重臣の貴方達は彼らを非難するばかり……! 恥ずかしいと思わないのですか!?」


 パクの一喝で、重臣達は黙りこむ。しかし、黙りこんだだけで意見を出そうとはしない。

こんなのが重臣なのかと、頭を抱え込んでしまった。


「パク。ワシらを気にする必要などないのじゃ。友達じゃろ?」


 王を友達扱いなど何事か! との声は出なかった。何故なら重臣達は既に考える事を止めていたのだ。


「ダラス、出来るだけ衛兵と警備兵を」

「はっ!」


 突如衛兵と警備兵を呼びに行かせたパクの心の内を読めない重臣達は、てっきりアカツキ達を追い出す為にと思っていた。

しかし、戻ってきたダラスと連れてきた衛兵、警備兵が捕らえたのは重臣達だった。


「エルヴィス国王! 何故、我らが!?」

「ダラス、牢へ。それと、ダラスが以前から推していた人材を至急この場へ」


 元々改革を考えていたパクは、以前からダラスと二人で使えそうな人材をピックアップしていた。

もちろん、その中にはアカツキやルスカの名前もあるのだが。

ゆっくり変えて行こうと思っていた矢先の現状である。


「ダラスさん、良いのですか、これで?」

「よくありませんよ。本当はゆっくり変えていくつもりだったのですから。明らかに人手不足ですからね。アカツキ様やルスカ様にも手伝って頂きますよ」


 戻ってきたダラスに確認すると、やはり自分にお鉢が回ってくる。

予測は出来ていたことだ。

アカツキだけでなく、ルスカも会議に呼ばれて時点で同様だった。


「それで、ワシらは何をすればよいのじゃ?」

「はい。ルスカ様達には、帝国の宣戦布告の理由を探って頂きたいのです。私達は人手が足りませんから……」


 アカツキ達は、アッサリと引き受けた。パクも含め、多くの大事な人達がこのグルメールにはいる。

戦争などあってはならない。

回避するためなら、粉骨砕身で取り組むつもりだ。


「それではすぐにでも出発します」

「あの……」


 準備をしなくてはと立ち上がったアカツキをアイシャか引き止める。

その顔はとても悲痛な表情をしていた。


「私は、ギルドのマスターです。ついていくことは、問題があります。ですが、グルメール内のギルドに静観するようにお願いする事は出来ます! 私もこの国は好きですから」


 アイシャはギルマスでいる以上、帝国の所属だ。グルメールがグランツ王国につけば、敵対する立場にある。


 本来、アカツキ達もギルドに所属しているため、グルメールに肩入れする訳にはいかない。

しかし、アカツキ達個人への依頼だ。ギルドを通してはいない。

それ故、アイシャがついていけばギルドへの依頼となってしまうのだ。


「アイシャ様、そのお心遣い感謝致します。それではナック」

「はっ!」

「貴方がついて行って下さい。まだ、貴方が貴族であることは帝国に知られていないはずですから」

「王命承りました!」


 胸に手をあて直立不動で立つナックに、リュミエールが近づいていく。


「ナック様、お気をつけてください。私はお帰りをお待ちしておりますわ」 

「ひ、ひゃい!」


 ナックは声が上ずり、耳まで真っ赤になっている。


 アイシャがグルメールのギルドに用があるとアカツキ達と別れ、一行は一刻も早くと城を出ると、まずはリンドウへと馬を走らせたのだった。



◇◇◇



「ルスカ、疲れている所すいませんがカホさんとナックとで買い出しをお願いします。

旅に出るために服を数着と食器類も。砂漠を越えるので水筒も数個要ります。服屋と金物屋の場所はわかりますね?」


 ルスカの魔法で回復させながら馬を飛ばしたアカツキ達は、日が傾き出して赤く染まるリンドウの街へと戻ってきた。


「か、金物屋は嫌じゃ」

「買い物はカホさん達に任せればいいじゃないですか。それではカホさん、お金を──」


 空間の亀裂が現れ、右手を突っ込んだアカツキの腕をカホは掴むと首を横に振る。


「田代くん。私達は仲間なのだから、お金はいいよ。私も持っているし」

「俺も持っているからな」


 ルスカを自分の前に乗せたカホは、そう言うとナックを引き連れ買い出しに向かう。


「余計……でしたかね」

「そうじゃないよ。カホが言ったのは本音でしょ。ただ付き合いでここまで来た訳じゃない、そういう事よ」

「うーん。仲間……ですか。私には無縁でしたから」


 そしてアカツキと弥生は、一足先に自宅へと戻る。


「へぇ~、ここがアカツキくんとルスカちゃんの家かぁ」


 弥生は家の前で造りやデザインを確認するように、見て回る。


「弥生さん、手伝ってください」

「は~い」


 元気のいい返事で答えた弥生は、アカツキのあとについて家の中に入っていく。


「今からご飯を炊きますから、洗米を手伝ってください」

「ご飯? 料理するの?」

「旅の最中に料理が出来ない場合もありますからね。おにぎりを作ろうかと」


 裏庭に大きな鍋を三つ並べると、そこに“材料調達”で取り出したお米を入れていく。


「そこに井戸がありますから、これ三つお願いします。私は火の準備をしてきますから」

「わ、わかったわ」


 少し不安に感じたアカツキだが、時間がない。弥生を信じて家の中へと戻っていった。


「わ、わ、溢れちゃう!」


 洗った水を捨てようと鍋を傾けると、米がポロポロと落ちてしまう。


「あ、アカツキく~ん!」


 たまらず弥生がアカツキを呼び寄せると、アカツキは弥生が悲しそうな表情をしているのを見て、全てを察した。


「いいですか。まず水を入れて軽く濯ぎます。

そして鍋の縁に手をあてて水を捨てます。傾けるのはゆっくりで。

そのあと研ぎます。あまり強く何回も研がなくて良いです。

そのあとは、数回水を入れては捨てる。最後に水を指の第一間接まで入れて終わりです」


 アカツキは、弥生の背中越しに弥生の手を取り教えながらやってみせる。

その間、弥生の顔は真っ赤になっていた。

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