第二十二話 青年の背後から迫る影は

 大通りでワズ大公を待ち構えていたアカツキ達。

ルスカに労いの言葉をかけられるも、元々自分の治めていた街を攻めるという断腸な思いで臨んだワズ大公。

あっさりと門を破壊し、ケリをつけたルスカの言葉はどことなく皮肉混じりにしか受け取れなかった。


「どうしたのじゃ? ワズ大公」

「いや、相変わらずだな……と思ってな」


 どっと疲労感が増したワズ大公の横には、見覚えのある男性が。


「おじさん! どうしてワズ大公と?」


 ファーマーの街の現状を知らせに街を出た、エリーの知り合いの中年の男性は、どことなく申し訳なさそうにしている。


「いやぁ、お金借りてまで出たのはいいが、ツイていたんだよ。急いで馬車を飛ばした先にワズ大公の軍が領地の近くまで来ていたんだ」


 ワズ大公は馬を降り、例のグルメールに派遣された横柄な門兵からファーマーの事情を聞き出し、すぐに軍を派遣した事を説明する。

ちょっと自慢なのだろう、ワズ大公は早期の決断を褒めろと言わんばかりに胸を張っていた。


 アカツキ達もワズ大公にファーマーで起きた話を伝える。


「なっ!? 魔族? それも改造魔族だとぉ! しかも倒し終えたぁ!?」


 規格外の話にワズ大公は、口を開きっぱなしになり、自慢しようとしていた自分の小ささに、恥ずかしさすら感じられた。


「それにしても、ゴブリンと共闘してファーマーの軍を壊滅とか、お主ら下手をしたら反逆者だぞ」

「壊滅していないのじゃ! 生き残りはゴブリンの巣窟で、養生しておるし、死者は魔族のせいなのじゃ!」


 ワズ大公はもうお腹一杯一杯で何も言えなくなる。

それにアカツキからの話を聞き、ワズ大公は一つの決断をせざるを得なかった。


「あの“双斧のガリブ”を人質で脅し殺すなど……帝国と戦争になりかねんな」

「あの、ファーマーの現ギルマスのあたいとしては、避けたいのですが、恐らく帝国の知ることになるでしょう」


 ワズ大公の沈痛な面持ちにアカツキもルスカも気づく。

帝国との争いを回避するには、誰かが責任を取らなくてはならない。


「やはりラーズの首が必要か……」


 自分の息子を差し出すと自ら口にするワズ大公の心の痛みは計り知れないだろう。

その場にいた誰もが、声をかけることが出来なかった。


「疲れている所悪いが、手伝ってくれ。最後の一仕事だ」


 ワズ大公は、戦争、そして魔族との戦いで見た目からしてボロボロで疲れているであろうアカツキ達を見て、自国の、それも我が息子の結末を見届けて貰うつもりでいた。

それは、親として国の重鎮として自分の責任を示す、証人として。


 ワズ大公を先頭にラーズの住む大きな屋敷の門前にやってくる。

最後の悪あがきだろうか門は閉じられているが、兵士は居ない。

ワズ大公が号令を発すると、一斉に門に梯子を立て掛け国軍の兵士が一気に乗り越えた。


 アカツキ達は、ただ見ているだけ。

手出し無用と念を押されたが、アカツキ達は最初から手伝うつもりは無い。

何故ならこれはワズ大公の手で終幕を迎えなくてはならないのだ。


「ラーズ公、捕縛!」


 間もなく、兵士からラーズ捕縛の伝令がやってくる。

ワズ大公は、天を仰ぎその頬に一筋の涙が流れた。



◇◇◇



 ラーズは一人、ワズ大公の前に縛られた姿でひざまずかされる。


「……ラーズよ、何か言い残したいことはあるか」

「父上……あの……最後は最愛の者と一緒に……」

「ん? それは誰だ? お前は独身だろう?」

「リリーという女性です……」


 ワズ大公は、兵士に屋敷をくまなく探させる。

しかし、兵士からの報告は使用人しかおらず、リリーという名前の使用人もいないという。

使用人達の証言は取れた。

使用人の話によると確かにラーズは日がな一日、そのリリーという女性と一緒だったらしい。


「ラーズよ。そのリリーという女は、お前を見捨て逃げたようだな」

「そう……ですか」


 ラーズの表情は残念で落ち込むというより、逃げたと聞き嬉しそうにも見えた。


「ラーズよ。何故、我がお前の首を跳ねねばならぬ? 何故だ!!」


 しかし、ラーズは黙りのまま顔を伏せている。

ワズ大公も、もう何も言わず腰の剣を抜く。


「ワズ大公! ちょっと待ってください!」


 今まで見守っていたアカツキが口を挟む。


「アカツキ、もういいのだ……」

「よくありません! まだ解決していません! そもそも、他の兵士や将校などの中に逃げた者はいないのに、その女性だけが逃げたのはおかしくないですか?」

「むう……いや、確かにそうだが」


 アカツキは、ラーズの前に立ちその場でしゃがみ目線を合わせる。


「ラーズさん、その女性とは何処で知り合ったのですか?」

「どうして僕が君にそんな事を話す必要が──」

「ラーズ、答えよ!!」


 既に死を覚悟していたラーズは、処刑を引き伸ばしたアカツキに苛立つが、ワズ大公に一喝された。


「出会ったのはこの領地を拝領してからだ。偶々出会った集団の中に僕に一目惚れしてくれたリリーがいただけだ」

「集団?」

「他の連中は顔も知らんよ。何せフードを被っていたしな」


 それを聞いたアカツキとルスカ、そしてワズ大公は大いにショックを受ける。

フードの連中……ラーズが出会ったのはグルメールの動乱の直後この領地を治める様になってから、そしてファーマーのすぐ近くにはエルラン山脈が。


「くそっ! ラーズ、お前は何てことを!!」


 悔しそうな顔をしたワズ大公は、近くの壁を力任せに拳を叩きつける。


 エルラン山脈に逃げたと報告を受けているフードの連中、それは動乱時アカツキ達を襲おうとした奴ら。

時期的にも近い。


 そのリリーがフードの連中の一味の可能性が出てくる。

もしそうだとすると、ラーズはルメール教と関係を持った事になり、ますますラーズの擁護の可能性が潰されてしまった。



◇◇◇



 アカツキの提案で、横柄な態度を取っていた者達の取り調べが始まる。

ラーズの処刑は免れないが、裏を取る必要が出てきた為に一時保留となった。


 横柄な態度を取っていた連中は、軒並みそそのかされたと口裏を合わせる。

唆したのはリリーという女性と、もう一人、肉人形となったあの小太り将校だった。


 ラーズにはワズ大公に孫の顔を早く見せてやれと唆し、リリーと部屋に籠る。

時折部屋から出てきたリリーや、小太りの将校から兵士達は、妙なエリート意識を埋め込まれていた。

“このファーマーを発展させるのだ”

“ラーズ様は、王国から独立を考えていらっしゃる”

“お前達は、その立役者となるのだ”と。


 初め聞いた時、アカツキ達やワズ大公は、そんな馬鹿なと思う。

例え、そんな風に唆されたとしても、ワズ大公を軽視したり、国軍に逆らうなどと思えなかった。

しかし、ルスカは一つだけ方法があると言う。


「魔法……ですか?」

「そうじゃ。そういった類いの魔法があるのじゃ」


 ルスカが言うには、幻影魔法に相手の心に直接訴えかけ信じさせる魔法があると。


「しかし、魔法だと解けるでしょう」

「うむ。だから人数を絞ったのじゃろ」


 あとは軍という特徴を活かしたのではないかという。

軍に大事なのは統制だ。

全員が右を向いたら、左を向きたくても右を向かないといけない。

そして中には何も疑わず右を向く者も出てくる。

だから街の一般の人々は、唆されなかったのだろうと。


 聞き取りの結果、リリーと改造魔族だった小太りの将校が繋がり、ルメール教に魔族の影がちらつき出す。

それは、うわべの魔王崇拝だった過去のルメール教とは全く違うものだった。


 そして、三日後……


 ラーズは、自ら希望して父親のワズ大公の手で処刑された。


「大丈夫なのじゃ?」


 椅子に座り両手で顔を覆い隠し落ち込むワズ大公を心配して声をかける。


「我はワズ大公。このグルメール王国の重鎮だ……そうそう落ち込んでおれん。……が、すまぬ。今だけは……今だけは……」


 ワズ大公一人残し、部屋を出たルスカの後ろからは、泣き叫ぶワズ大公の声が聞こえてきた。



◇◇◇



 エルラン山脈の中腹にある岩に腰かけたフードを被った男性が、二十代位の目が切れ長の女性に声をかける。

女性は驚くも、フードの男性の顔を見てほっとする。


「迎えに来てやったぜ、リリー。いや、リリス」

「ありがとうございます。マブチ様」

「ふっ……どうだったんだ? 好きでもない男に抱かれた感想は?」


 マブチがニヤリとイヤらしく口角を片方抱け上げる。

それを見たリリスは、軽く鼻で笑う。


「嫌に決まってます。しかし、こんな事やる必要があったのでしょうか? わざわざ改造魔族を持ち出してまで。私には無駄に見えましたわ」

「意味なんてねぇよ。ただ、モルクのジジィが気にしている奴がいてな。そいつに改造魔族をぶつけて試したかっただけだ」

「それで結果は? どうでしたの?」


 無意味な事を聞くなと、鼻で笑って見せる。


「大したことねぇな。あんなのに苦戦しているようじゃ、俺の敵じゃねぇよ」


 岩から立ち上がるが、ガッカリとした様子のマブチに元気を出して貰おうリリスは、マブチの腕に自分の腕を回し身体を密着させた。


「そうそう、そう言えばマブチ様がこの間気にしていらした男が居ましたわよ」

「見てたし知っているさ、全部」

「殺さないのですの?」

「あれがまだ完成していないからな。今はやらん。あいつには精々苦しんで死んでもらいたいからな」


 そしてマブチの表情が変わる。目からは輝きが失われ、醜悪な笑みで嗤う。

最早、その表情には人間性が感じられなかった。

マブチは、アカツキのいるファーマーを山の中腹から見下ろす。


「もがき、苦しみ、そして死の恐怖に怯えさせてやるぜ、田代!!」


 マブチとリリスは、その後山奥へと消えて行った。

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