第十三話 青年、浮かれる

「ふんふんふ~ん、ふんふふん」


 鼻唄交じりでスキップを踏むアカツキを先頭に一行は会議室を出る。

身長百八十超える男の浮かれた姿など滑稽に見える。


「なぁ、あいつ可笑しくなったのか?」

「ワシに聞くな! しかし、アカツキは何を浮かれとるんじゃ?」


 ナックやルスカの心配を他所にアカツキは、どんどん先に進む。


「おい、アカツキ! ヤヨイーに会わずに帰る気か?」


 ナックに呼び止めらたアカツキは危うく城門をくぐる所で止まり、慌てて戻ってくる。


「す、すいません。忘れていました」

「らしくないのじゃ。アカツキ、お願いって何なのじゃ?」


 アカツキは一言「秘密です」と、再びスキップしながら保護施設へと向かって行くのだった。



◇◇◇



「ねぇ、ルスカちゃん。アカツキくんが不気味……じゃなかった、不気味なくらい笑顔なんだけど?」

「ワシも理由が分からぬのじゃ」


 ルスカと弥生は遠巻きにアカツキを見て、ひそひそと話を始める。

アカツキは二人の行動などどこ吹く風と言わんばかりに、椅子に座って、ただ満面の笑みを浮かべていた。


「よし!」


 弥生は突如立ち上がり、アカツキの元に近づく。


「ねぇ、アカツキくん。何がそんなに嬉しいの?」


 後ろ手に組んで前のめり気味になり、思いきってストレートに聞くが、アカツキはやはり「秘密です」と言うだけ。

それならばと、座っているアカツキの膝の上に弥生が体を横向きに密着させながら座る。


「な、何しとるんじゃ~、あやつは!」


 弥生の行動に腹を立てたルスカが、また杖でお尻でも叩いてやろうと一、二度素振りをしながら近づく。


「ねぇ~、アカツキくん。秘密を教えて」


 弥生は顔を近づけ耳元で囁く。といっても弥生自身、色仕掛けなど初めてなのか既に顔は真っ赤になっていた。


「秘密です。あと、重いので退いて貰えますか?」

「重……っ!」


 すごすごと膝から降りた弥生は、壁際で小さくなって座り込む。


「重くないもん……標準だもん」


 重苦しい空気を纏い落ち込む弥生をルスカは、腹を抱えて笑い出す。


「わはははは!! ざまぁないのじゃ。アカツキの膝の上はワシ専用じゃ、見とれ!」


 ルスカは先ほどの弥生と同じように、アカツキをよじ登り膝の上に向き合って座ってみせる。


「アカツキ! ワシだけには教えて欲しいのじゃ」


 これまた弥生と同じように体を密着させて、耳元で話す。


「秘密です。明日まで待ってください」


 アカツキはルスカの髪を優しく撫でてやると、脇に手をやりそっと膝の上から降ろした。


「私と扱いが違う!!」


 アカツキの態度の違いに不満を洩らすものの、完敗した二人は、同じように壁際で小さくなり落ち込むのだった。


「何やってんだか。ヤヨイー、お前何か用があったからこっちに来るように言ったんじゃないのか?」


 二人のやり取りに呆れるナック。

そんなナックに言われて、弥生は本来の目的を思い出す。

弥生は、まだ力無く立ち上がりアカツキの正面に立つと、胸の内を打ち明ける。


「そう……そうだった。あのね、アカツキくん。私も……私も連れて行ってくれないかな?」

「な、何を言ってる? ヤヨイー、お前まだ病み上がりなんだぞ!」


 突然の弥生の頼みに、驚いたのはナックだけではなかった。

アカツキもルスカも同じくして驚く。

魔法で回復したとは言え完全に治ったわけではない。

ナックが止めるのは最もだった。


 しかし、弥生の決意は固かい。


「うん。だけど、もう大丈夫よ。

ナック、あなたに対してもそうだけどアカツキくんやルスカちゃんにお礼がしたいのよ。

ここに来る前にアカツキくんが大怪我をしたって聞いた時から決めたの。私がきっと役に立てるって」

「ヤヨイー……」


 ナック自身も弥生とは気持ちは同じだ。アカツキとルスカに対して礼がしたい。だから、今回付いていく事に決めたのだ。


「弥生さん、気持ちは嬉しいけれど、これから行くラーズ公領はどうもきな臭い所があります。流石に弥生さんを連れて行く訳には……」


 恐らく断られるだろうと弥生も考えていた。

しかし諦めるつもりはないのか、弥生は更に一歩前に出る。

だが、ここで弥生に対して意外な援護射撃を入れる者が現れる。


 それはルスカだった。


 ルスカは弥生とアカツキの間に割り込む。


「いいではないか、アカツキ。弥生の体調は戻っているのじゃ。それに……」


 ルスカは今度は弥生の方に向き直す。


「何かしら根拠があるんじゃろ? 弥生は転移者じゃ。アカツキ同様スキルを持っているのじゃろ?」


 ルスカから援護されるとは思っていなかった弥生は、力強く頷くと自分のスキルについて話を始める。


「私のスキルはね。“障壁”。自分の身の回りを中心に大体直径五メートルの半円球で壁を作る事が出来るのよ」

「ああ、俺も以前見せて貰ったが、かなりの硬度だ。俺の剣も防がれたからな。それは保証する。ただ、魔法に関しては──」

「防げないのは仕方ないのじゃ。魔法は“聖霊”から力を借りるのじゃが、スキルとは別じゃしの」


 ナックの説明に補足するが、ナックの剣を防ぐと聞き感心する。

ルスカは、自分に対して告白したり変な呼び方をするナックだが、その腕だけは買っている。

だから、ワズ大公に付いて行けと言われた時、反対しなかった。


「……わかりました。ルスカが反対しないのであれば、私から言う事はないですよ。しかし、“障壁”ですか……」


 “障壁”なんて、ちょっと格好良いじゃないかと思ってしまったアカツキは、何故自分は“材料調達”なのだろうと思い、恨めしそうな目で弥生を見るのだった。



◇◇◇



 弥生は保護施設で悔いのないように最後まで世話をすると言い、一旦アカツキ達と別れる。


 アカツキ達は、城門をくぐり街へと出ると宿屋へと向かう。

パクからは城に泊まれば良いと言われたが断る。

正直、ルスカとワズ大公を側に置くなど、火の側に火薬を置くようなもだ。


 宿に一晩泊まり、早朝からアカツキは目的を果たすために、ある場所へと向かう。


「なんじゃ、鍛冶屋か」

「そうです。このグルメールで一番の腕利きがやっているお店です」


 嬉しそうなアカツキが先頭に立って店へと入る。

そこには、様々な刃物が棚に飾られており、武器類や防具類も揃えられていた。


 アカツキが真っ先に向かったのは、折れた剣の代わり──ではなく、包丁。


「おおおお!」


 目を輝かせ包丁を眺めるアカツキにちょっと呆れ気味になるルスカとアイシャは特に自分には必要ないが、陳列された商品を眺めて回る。


「こ、これは!?」


 アカツキは一本の包丁を手に取ると、じっくりと眺める。

その包丁は、どっからどう見ても出刃包丁。

このローレライに来てから初めて見る出刃包丁だった。

しかも、出来もかなりいい。


 だが、アカツキが求めるのは牛刀か柳刃。

あまり魚を捌く機会が無い為に、出刃では使い勝手が悪い。

牛刀や柳刃も、いくつかあるがどれもこれも今一つ。

この出刃包丁の値段を見ると銀貨二枚とある。

かなりの高級品。


 普段からルスカに対して無駄遣いしないように注意していた身としては、悩み所。


「ルスカに美味しい料理を作るために必要。無駄じゃない、無駄遣いでは決してない」


 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟きながら、結局出刃包丁と一番ましな牛刀を購入する事に決めた。


「あ、剣を忘れてました」


 常に使う包丁に比べ、どれがどれだかわからないアカツキは適当に一本選ぶと、お会計をお願いする。


 銀貨二枚と銅貨四枚。


 満足したアカツキは、ウキウキと保護施設にいる弥生とナックを迎えに行く。


「おはようございます。さ、行きましょう」


 患者がいるにも関わらず元気よく挨拶しながら施設に入ると二階から準備を終えた弥生が降りてくる。


 階段を降りる度に肩付近まで伸びた艶やかな黒髪と赤いミニスカートが揺れる。

スカートと茶革のロングブーツの間の生足が眩しく目のやり場に困る。

はっきり言って、旅の服装ではない。


 アカツキより先にナックに注意されて弥生は渋々赤茶色のロングパンツに着替えて来る。

可愛くないと口を尖らし不満を露にし、先を行く弥生の後ろ姿は身体のラインがはっきりとわかり、弥生より前に出るアカツキだった。

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