第十二話 幼女、敗北する
「失礼します! こちらにアカツキ様とルスカ様、それにアイシャ様は居られるでしょうか?」
体調の戻った弥生とルスカのやり取りを、傍観していたアカツキの背後から一人の兵士が声をかけてくる。
「アカツキは、私ですが。何か?」
「はっ! エルヴィス国王陛下がお呼びです。それと警備兵のナックも来るようにと」
「え? 俺もか?」
まさか自分まで呼ばれるとは思わなかったナックは、小躍りを止め、アカツキ達の後を追う。
「アカツキくん。後でまた寄ってね」
弥生がアカツキの服の裾を引っ張り、そう言うと頬にえくぼと仄かに赤みを見せて微笑む。
「ええ、また後で」
アカツキが弥生に応じるのを見てルスカは頬を膨らまし、杖でアカツキの服を引っ張る弥生の手を払いのける。
弥生は払われた手をさすりながらルスカを見下ろし、ルスカも弥生を見上げ返す。
お互い「ふふふ……」と普段と違う笑い方に、アカツキはどうしたものかと頬を掻くしかなかった。
◇◇◇
「さーて、ヤヨイー倒す前に先ずワズ大公じゃ」
先導する兵士より先に大股で歩くルスカ。肖像画の件を問い質そうと張り切っていた。
「は?」
意気揚々と城に入ったルスカは、入口の大広間で立ち止まり、気の抜けた声を出す。
続けて入ったアカツキ達は、大広間に飾られた絵画に感嘆する。
大広間正面には、二十代くらいの女性が一人立っている絵画が飾られており、その女性がまた美しくアカツキやナックといった男性陣だけでなく、アイシャまで見惚れていた。
「ふむ、中々の美人なのじゃ。ま、ワシの絵でなければ何でもいいのじゃ」
ルスカは再び先頭を歩き大階段に足をかける。
「これ、ルスカですよね」
「は? アカツキ、何言っとるのじゃ?」
「いえ、これって成長したルスカですよ」
ルスカは再び絵画を凝視する。
ルスカより少し長いが藍白の髪に、ルスカと似た緋色の瞳、ルスカの杖とそっくりな形の白樺の杖を持っている。
決定的なのは、絵画の下に貼ってあるプレート。
その字はかなり小さく“ルスカ・シャウザード
「ワズ大公め! ふざけた真似を!」
ルスカの怒りは最高潮に達し、大階段を一気に駆け昇る──が、三段目で足を滑らし下まで落ちる。
「うわ~痛いのじゃ~!!」
すぐに駆け寄ったアカツキに抱き抱えられて、ルスカはすすり泣く。
「落ち着いてください、ルスカ。あの絵凄く綺麗に描かれているじゃないですか」
「そうですよ、とっても美人です」
アカツキとアイシャが絵を褒めてルスカを必死に慰める。
「うう~……本当に?」
「ええ、ワズ大公はいい仕事をしたと私は思いますよ」
ルスカの背中をさすりながら優しく微笑むと、ルスカの機嫌が良くなっていく。
取り敢えず落ち着いてくれたと、その場にいた者が一息つくのだが。
「あれ? ワズ大公?」
アイシャが大階段の中二階辺りの手すりに隠れているワズ大公を見つけてしまう。
アイシャの言う方向にアカツキと泣き止んだばかりルスカは目を向けると、確かにワズ大公がこちらを見ている。
しかも、何か口元を手で押さえて笑いを堪えているようにも見えた。
ルスカを抱えたままアカツキは、さっき転んだ辺りの階段を触ってみて頭が痛くなってくる。
透明なヌルッとした物が階段の三段目に塗られており、アカツキは全てを察した。
アカツキは、
みるみる顔が怒りで赤くなっていき、ワズ大公を鋭く睨みつけるとルスカは、今度は慎重に階段を一段ずつ上がっていく。
「ワズ大公ー!!」
途中、安全だと判断したのか、頭にきて我慢出来なくなったかは分からないが、ルスカは一気にワズ大公に向かって走り出す。
アイシャとナックもワズ大公のイタズラとわかり、思わず大きなため息を吐く。
そして、案内してくれていた兵士を含め全員の思いは一致する。
“あれが、この国の重鎮なのか”と。
アカツキ達がルスカを追い階段を上がっていく。
「きゃーぁ!」
突如聞こえた女性の悲鳴に振り向けば、そこにはワズ大公のイタズラに引っ掛かった女性の使用人が。
しかも転んだ拍子にスカートがめくれて下着が丸見えだった。
◇◇◇
ルスカを追って二階まで上がってきたアカツキ達は廊下を確認するが誰もおらず、三階へと進む。
三階に上がってみると廊下をウロウロしているルスカを発見した。
「あれ? ルスカ、ワズ大公はどうしました?」
「うーむ、居なくなったのじゃ」
ルスカとワズ大公とはそもそも歩幅が違い、どうしても引き離される。
しかし、三階より上はなく前回同様追い詰められると思っていた。
しかし、いざ蓋を開けてみると居ないのだ。
「ルスカ。ひとまずワズ大公の事は置いておき、エルヴィス国王に会いませんか? どうせ重鎮なのですし、その内顔を見せるでしょう」
「うー、悔しいが分かったのじゃ……」
「ナックさん、すいませんが腰の剣ちょっと貸して貰えませんか」
突然城内で剣を貸して欲しいと言われて、一応警備兵であるナックは戸惑うが、アカツキだったら大丈夫かと渡す。
アカツキは、廊下を進みガラス張りの扉を開けて外のテラスに出る。
テラスの縁には縄がくくりつけられており、持っていた剣で切ると、すぐにみんなの元に戻っていく。
その背後では小さくなっていく叫び声と、地面に何かが落ちる音がした。
◇◇◇
「失礼します」
王の間とは別の扉を兵士が声をかけてから開ける。
そこには長いテーブルに沢山の椅子が並べられており、会議室と見て取れる。
「アカツキ様、ルスカ様!」
エルヴィス国王がわざわざ駆け寄り挨拶してくる。
エルヴィス国王──パクの中ではアカツキ達は恩人なのだろうが、思わず全員恐縮してしまう。
「取り敢えず椅子にお掛けください。しかし、叔父上は一体何処に……」
「ワズ大公ならすぐに来ますよ。大した高さではないから大丈夫でしょう」
椅子に腰掛けた面々は、アカツキが言っている事に小首を傾げる。
しばらくすると、勢いよく扉が開きワズ大公が入ってくる。
「あんまりではないか!? アカツキ!」
「自業自得だと思いますけどね」
「ぐっ……!」
アカツキの正論にワズ大公は何も言えなくなり、テーブルの前で立ち尽くす。
「叔父上、まず話を先に……」
「そ、そうであったな」
ワズ大公も席につくとルスカと目が合い思わず視線を反らす。
「ごほん! まずミラから報告受けたが……申し訳ない不快な思いをさせてしまって」
先ほどの門兵の話だろう。特にアイシャはリンドウを馬鹿にされ怒っていた。
「どうしてあんな態度を取るのでしょう?」
「分からぬ。昨日来たばかりでな。一度ちゃんと調べてみるつもりだが」
ワズ大公がテーブルに両手をつき、頭を下げてくる。
「実はですね……」
アカツキが、これからラーズ公領に向かう事と目的を話すと、ワズ大公は思わず天井を見上げた。
「ゴブリン掃討に軍だと……しかも、まだ終らぬとは。あのバカ息子は何をしておるのだ!」
「もしかしたら今回の件と何かしら関係があるかもしれません」
「そうだな……よし! 我が一筆
ワズ大公は、部屋を出て自室へと向かう。
「皆さん、実はラーズ公領から連絡の数が叔父上がいた頃に比べて大幅に減ってしまっていまして、今回の門兵もやっと来たという始末なのです。
本来なら叔父上自ら確認に出向くのですが、今は忙しいので……」
「気にする必要は無いのじゃ」
パクの頼みだ、聞いてやらない訳にはいかない。ルスカも快く引き受けた。
すぐに戻ってきたワズ大公の手には手紙を持っており、アカツキにそれを渡す。
「これで、ラーズに会えるはずだ。悪いが何があったか後日報告を頼む。それと──ナック。お主も付いて行け」
「え? 俺もか?」
ナックは暫く考えるが、既に弥生は問題ない。それなら、アカツキ達に借りを返すのもいいだろうとワズ大公の命を受けた。
「では、早速……と、忘れていました。一つお願いがあるのですが?」
アカツキはパクとワズ大公に耳打ちすると、一旦ワズ大公が退室し、ダラスを連れて戻って来た。
ダラスが身振り手振りで何か説明しているのを、ルスカ達は見ていたが何をしているのか全くわからなかった。
満足したアカツキはルスカ達と共に早々と部屋を出ようとするが、アカツキが踵を返して振り返る。
「ワズ大公、あの大広間の絵はやはりルスカですか?」
「うっ……そのまま行ってくれれば良いのに。まぁ、そうだ」
ワズ大公はルスカをチラリと見るとが、思い出したかの様に睨んでくる。
「いい絵ですね。ルスカ、あれを外すのは勿体ないと私は思いますよ」
ワズ大公をどうしてやろうかと考えていたルスカは、思わぬアカツキの援護に口ごもる。
「ぐっ……あー、もう! アカツキがそう言うなら構わぬのじゃ。ワズ大公! 城の表の絵は流石に城内にしてくれなのじゃ!」
アカツキに褒められ照れ臭そうなルスカが渋々折れたのを見て、意外だとワズ大公は目を丸くして驚くのだった。
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