第三章 迫る因果編
第一話 魔王の側近は、狼狽す
勇者。魔王を倒す者。
魔王。勇者に倒される者。
この二人の因果は昔から変わらなかった。
魔王の力は勇者を圧倒するが、何故か倒される。
魔王は、この因果を断ち切るた足掻き続けた。
そして、倒される。しかし、死ぬ訳ではなく封印されるのみ。
復活し、七年の月日を経て力が戻る。
これもまた、因果。
しかし、今からおよそ三百年前、意外な形で因果が断ち切られる。
魔王が勇者以外に倒されたのだ。
一度切れた因果は戻らない。
更に今からおよそ百五十年前、魔王は勇者に圧倒
切れた因果は戻らない。
勇者
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曇天の空のため日の光は射して来ない、しかし、じめじめと多湿のサウナの様に
ここはドラクマ。ローレライと表裏一体の位置にあるこの大地に住む者達は、人の形はすれど人ではない。
中には、獣に近い形をしている者も。
魔物。魔族。そう呼ばれる者達が住む大地である。
そんな大地の中でも一際大きく佇む建造物。形はサクラダファミリアに似ているが、その大きさは比べものにならないほど大きい。
そんな建造物の中を歩き回る一人の老獪の魔族が。
真っ白な髪に真っ白な髭、一見後ろ姿は人間と見間違うほどだが、顔は四つ目のライオンの様に獣に近い。
上顎から下に伸びる牙はとてつもなく大きい。
「くそっ! くそっ! くそっ! 一体何処に行かれたのだ!?」
老獪な魔族は、広大な建物内をくまなく探すが、探している人物が見つからず苛立っていた。
「やはり、あそこか! くそっ! あまり寄りたくないのだが!」
老獪な魔族は、唯一建物内で探していない場所へと向かう。
その場所には、一番会いたくない者がいる部屋でもあった。
老獪な魔族は部屋の前に到着すると、一呼吸置く。
「失礼しますぞ!」
老獪な魔族が力強く扉を開けるが、その部屋には誰もいない。
ガックリと肩を落とした老獪な魔物は、この部屋の主の居場所の心当たりを思うと、沸々と怒りが沸いてくる。
今度は叩きつける様に扉を閉めて部屋を出ていく。
「あやつめ! また、あそこか!」
怒りが沸き、老獪な魔族の四つ目が全部吊り上がると、力強く歩み出す。
老獪な魔族は、階段を駆け上がり一番上に到着する。
一番上の階には扉は一つしかないにも関わらず、この建物の中で一番大きい。
しかし、扉は開いており、老獪な魔族は衛兵らしき魔族が止めるのを振り切り、部屋の中へ入っていく。
「くっ! 貴様! あれほどそこに座るなと言ったのに!」
「あら、モルクじゃない。別にいいでしょ? 許可は貰っているもの」
部屋の一番奥に鎮座している椅子には、手すりに脚を乗せ、横に座りながらマニキュアらしいものを爪に塗る女性が。
「そういう問題じゃない! そこは我らが敬うべき者が座る場所。貴様が座って良い場所ではないわ!」
モルクと呼ばれた魔族は、自慢の牙を見せつけるかのように、大きく口を開けて怒鳴る。
「ハイハイ。いつもご苦労様。どうせ、あの人を探しに来たんでしょ? 居ないわよ、あの人」
ぶっきらぼうにすらっとした脚を手すりから降ろし、女性は椅子から立ち上がると、椅子の背後に回り背もたれに腕と自慢の豊満な胸を乗せて見せつける。
薄紫の透けたネグリジェで、ブラなど着けていないため丸見えだ。
モルクは何とも思わないが、人間の男性が見ればその豊満な胸や妖艶な腰つきに魅了されるだろう。
薄く塗られた赤いルージュを舐める様に舌を出して笑みを浮かべる。
「ちっ! おい、何処に行かれたのか聞いてないのか!」
モルクの質問に答える気がないのか、マニキュアを爪に塗り続けている。
「知らないわよ。ちょっと出かけると言ったきり帰って来ないもの」
全くこちらを見ようとせず、せっせとマニキュアを塗る態度に腹が立ってくる。
「ちっ! 人間風情が!!」
「何ですって!?」
モルクの態度にカチンときた人間の女性。
そう、魔族や魔物が住む大地で数少ない人間なのだ。
本来、魔物の餌になっても仕方のないはずの人間が。
「母上、どうかなされましたか?」
「ああ、アスモデス……なんでもないのよ。母が人間だから仕方ないもの……」
泣き崩れる素振りをする女性を母と呼んだ少年、アスモデス。
とても端正な顔立ちで美形の部類に入るだろう。
しかし、その鮮やかな金色の髪から生える角が二本と、髪と同じ金色の瞳の中には魔法陣のようなものが刻まれている。
パッと見は、人間の少年。ただ、その内に秘める力の渦は父親譲りで、老獪な老人の魔族などでは到底及ばない。
「モルク、貴様! 我が母を馬鹿にするなど私を馬鹿にしているのに等しい! どういうつもりだ!?」
モルクは、目の前の少年の内に秘めた力に怯えただけでなく、アスモデスは自分が敬うべきの方のお子。
モルクはその場で
「申し訳ありませんでした、アスモデス様……アヤメ様」
泣き崩れた女性は誰にも気づかれずに舌をぺろっと出した。
アスモデスはそれ以上は言及せずに、一言だけ「去れ!」と命じる。
モルクは命を受けそのまま部屋を後にする。
「くそっ! 一体、一体魔王様は何処に行かれたのだ!? 身体は復活しても力は戻ってないのだぞ!」
モルクは不機嫌な顔のまま、階段を大股で降りて行く。
「しかし、長い間お子が出来なかった魔王様なのに……よりにもよって人間の女との間に儲けるとは! しかも、転移者とは……やはり、あの時殺しておくべきだったか!」
モルクは後悔していた。あのアヤメという女と一番初めに出会ったのは自分だ。
最初は、あんな女性ではなかった。
出会った頃は、まだ少女で殺すのは容易いと思っていたが、彼女と話をしているうちに転移者だと判明した。
モルクは知っている。転移者の存在がどれ程厄介なのだと。
復活したばかりの魔王様に献上したのは、魔王様の力の回復に少しでも役に立てばと思っての事だった。
ところが、あの女性は
相性が良かったのか、偶々なのかは不明だが、彼女はすぐに妊娠する。
子供のいない魔王様も含め周囲は、いつしか彼女を歓迎するようになり、今の地位、魔王様のお子の母親として敬われ始め、モルクは複雑な思いでいた。
アヤメ。本名、須藤綾女。現在二十三歳。今からおよそ七年前、この魔王の住む大地ドラクマに転移してきた転移者。
この時、アヤメは知らなかった。
アカツキの存在を、そしてこのドラクマに居るもう一人の転移者のことも。
◇◇◇
モルクは建物を去り、自分の屋敷へと戻って行った。
自室へ入るなり頭を抱え出す。
「くそっ! やはりドラクマ内に魔王様が感じられん!」
今回魔王の住む建造物に行ったが、本当は居ない事も折り込み済みだ。
モルクには、魔王の行き先に心当たりがあったのだが、あまり信じたくなかった。
「やはり……あの女──いや、あの子供のところに行かれたのか? だとすると、人間達が居る場所にか」
ギリッと歯軋りを鳴らし、無念を噛み締める。
このモルクは魔王の側近の中でも古参で、前回魔王アドメラルクが倒され封印された時もいた。
前回の勇者は、本当に強かった。
その証拠に今の魔王の側近で古参と呼べるのは、モルクだけ。
他は全て勇者に倒され、何より魔王を圧倒したのだ。
しかし、モルクが無念だと思ったのは前回ではなく、前々回。
今から三百年近く前の事を思い出して、歯軋りを鳴らしたのだ。
前々回の勇者は弱かった。
恐らく人間レベルでは、かなり強い方なのだろう。
現に当時まだ若輩だったとはいえ、側近だった自分と剣技と勇者パーティーのチームプレーで互角に渡り合ったのだ。
しかし、それくらいなら魔王様には勝てないはずだった。
だが、勇者達は前々回も魔王アドメラルクを倒した。
モルクは前々回の時も側にいて見ていたのだ。
勇者達と渡り合ってる自分の横で、魔王アドメラルクが、まだ幼い女の子たった一人に倒され封印されていくのを。
ルスカ・シャウザードという幼女一人に。
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