第十二話 幼女と青年、作戦を話す

 すっかり朝靄あさもやは消え去り、部屋の窓から柔らかな朝の光が差し込んでくる。


 ハービスの街の宿。部屋の中央に置かれた田舎の村にあるとは思えぬ、艶のある漆黒のテーブルを挟み、アカツキ達とワズ大公の今後の行動について話し合う所だ。

口火を切ったのはアカツキだった。


「まず、私達が考える問題点は三つ。一つは第一王妃側の失脚。一つは麻薬の撲滅。最後は新しい王にパク……エルヴィス王子を国王にする事です」


 ワズ大公は髭を弄りながら黙って頷く。


「最後のは、全てが終わってからワズ大公御自身でお確かめ下さい。第一王妃の失脚ですが、これはグルメールの街の人々に蜂起して貰おうかと思っています。

今、グルメールの街は麻薬の影響なのか、苦しい生活が広がっていますから」

「なにぃっ!」


 現状のグルメールの街の様子を知らないのか、ワズ大公は愕然とする。


「ワズ大公、ワシらは実際見てきた所じゃ。貧困……とまでは行かぬが、商品は減り買う方も渋る有り様じゃ。

税金が上がり生活が苦しくなる。というのは、よくある話じゃが、奴らは麻薬で儲けておるから税金を上げる必要も無いのじゃ」

「そうですね。ルスカ様が言うように、税金を上げると他の領地に事情が知れ渡りますからね」


 ルスカに続きアイシャが付け加える。このグルメール王国は首都を除けばワズ大公の領地が一番力を持つ。

アイシャの言う他の領地とは、自然と自分の領地であることを指し示していた。

眉を吊り上げ、歯軋りをし眉間に皺を寄せて憤る。


「ぐぐぐ……っ! あの女狐が! おい、ラーズに伝えよ! 領地に戻り兵を整えるようにな!!」

「はっ!」


 フードの男が、ワズ大公の命に部屋を出ていく。ワズ大公側は、これでワズ大公しかいない。

これは、アカツキ達を信頼しての事だろう。

本来、大公一人残るなど、あり得ないのだ。


「ラーズ?」

「ワズ大公のご子息です」


 ラーズが誰か分からず、つい口にするアカツキにアイシャが小声で答える。


「アカツキとか、言ったか。勘違いするなよ。あくまで保険だからな。お前達が我を欺いていれば、兵はお前達を襲うぞ」


 難しい表情をしているワズ大公。


「しかし、アカツキ。蜂起させると言ったが、お前は民を犠牲にするつもりか?」


 睨まれながらもアカツキは、首を横に振る。


「いえ、今度の発端は全て麻薬からです。そして、グルメールのギルドも関わっています。ですから、蜂起するのはギルドに対してです」

「なるほどな。ギルドは帝国の傘下だ。確かにそれで王族が動くと、レイン帝国にギルドは王国の物だと言っている様なものだしな。アイシャもギルドマスター、問題にされぬのか?」


 ワズ大公が最もな疑問を投げかけると、全員の視線アイシャに集まる。

しかし、アイシャはあっけらかんとしていた。


「問題ありませんよ。ギルドを正すのもギルドの役目ですから」



◇◇◇



「お前達の動きはわかった。ギルドから麻薬による王族の繋がりを見つけるのだな。そして、その真偽を我に確かめさせて、第一王妃の一派は我に何とかしろということだな」

「王族の争いに王族以外が関わるのは、不味いので」


 ソファーに深く座っているワズ大公が、自慢の顎髭を触りながら、アカツキを凝視してくる。


 その時、扉をノックする音が聞こえた。


「入っていいぞ」


 ワズ大公の許しを得て部屋に入ってきたのは、フードの男。


「そう言えば、こいつの紹介がまだだったな。こいつは我の側近でダラスだ」


 男がフードを取ると一瞬女性かと思わせる美しい瑠璃色の長髪が腰まで落ちる。

顔つきを見るとアカツキと歳はそう変わらないようにも見える。


「初めまして。僕はダラスと言います。大公のお抱え魔導師をしております」


 丁寧に頭を下げ挨拶するダラスが余程自慢なのだろう、ワズ大公が更に深くソファーにもたれて胸を張る。


「また随分若いのに、魔導師を名乗るとは……師は誰なのじゃ?」


 ルスカはそう言うが、人の事は言えない。見た目詐欺ならルスカが一番なのだが。


 ルスカ以外がそう思っていると、ダラスがニコリと微笑む。


「僕は、クリストファー先生に師事を受けました。ルスカ様」


 師の名前を聞き、ワズ大公は腕を組みソファーに益々深く腰かけ、却ってソファーからずり落ちそうだ。

クリストファー。有名なのだろうがアカツキが知るはずも無い。

アイシャは「あのクリストファー様!?」と驚いている。


 一方アカツキの膝の上のルスカは、ジト目になって大きな欠伸をする。


「まだ、生きとるのか? あのジジィは」

「やはり、本物のルスカ様でしたか。アカツキ様は、ご存知なさそうですが僕の師クリストファー様は、ルスカ様の弟子なのですよ」


 ダラスが、アカツキに教えるとルスカは青筋を浮かべ杖を振り回し怒りだした。


「ワシは弟子になどしておらぬのじゃ! あの朦朧ジジィめ! 勝手にワシの弟子などと!!」


 アカツキの膝の上でバタバタと足を動かし怒るルスカに、ダラスは困惑の色を隠せなかった。


「そ、そんな!? 先生は確かにルスカ様の元に行ったと!!」

「確かにワシの所には来たのじゃ! 弟子にしてほしいとな。しかし、ワシは弟子にしておらぬのじゃ」


 ダラスにとって、クリストファーという人物を尊敬し、自慢だったのだろう。頭を抱えてその場に座り込んでしまった。


「あのー、そろそろ次の話をしませんか?」


 ワズ大公は、ダラスと同じように頭を抱えて前のめりにソファーに腰をかけ落ち込んでいた。



◇◇◇



「す、すまぬな。突然の事で衝撃が大きくてな……ダラス、大丈夫か?」

「は、はい」


 ワズ大公とダラスはショックがまだ抜けきれていないが、顔を伏せ気味のまま話を進める事にした。


「それでは、最後に麻薬に関してですが。今、首都で……仲間が探ってくれていますが、正直に言いますとまだ何とも言えない状況でして」


 アカツキがわかっているのは、麻薬が広まりつつあるという事だけ。

手を打つにも、ナックの情報待ちだ。

しかし、落ち込んでいたはずのワズ大公が、再びソファーに深く腰をかける。


「ふふ、何だ分かっていないのか! 我は麻薬の情報を掴んでおるぞ!」

「本当ですか!?」


 手詰まり状態だったが、光明が見え始める。


「ふふ。ダラス、出してやれ」


 ワズ大公の命でダラスは、アイテムボックスから布に小さく折り畳まれた物をテーブルに出すと、布を開いた。


「もしや、これが……」

「ああ、そうだ! 麻薬だ! ルメール教時代に流行ったものだ」


 広げられた布の上には植物の茎が積み重なっていた。


「ルメール教時代の資料によると、火を点けて煙を嗅ぐそうだ」


 強気になったワズ大公だが、ここで茶々が入る。


「これ、違うのじゃ」


 ルスカが否定すると、ワズ大公は立ち上がり猛烈に反論する。


「バカな!? 使うのは茎だが葉も資料で照らし合わせている! 間違いない!!」


 ルスカに対して憤るが、当のルスカは茎を一本手に取りワズ大公に渡す。


「これは、茎がツルツルなのじゃ! ワシが知っている当時の麻薬は全て茎に産毛みたなものが生えているのじゃ」


 ワズ大公はルスカから茎を受けとると、確かにツルツルとしていた。


「バカな! バカな!! バカな!!」


 信じられない。そう言わんばかりにワズ大公は興奮し始め、部屋をウロウロしだした。


「本当ですか? ルスカ」

「本当なのじゃ! 疑うなら火を点けてみるのじゃ」


 ルスカに言われて、アカツキはランプの火に点けてみることにする。


 ワズ大公とダラスは、まだ信じられないのか部屋の外に避難をした。


 茎を燃やすようにランプの火を点けると、部屋の中に煙が立ち込めてくる。


 しばらく部屋の外で様子を見ていたワズ大公達に声をかけると、中に入ってくる。


「ワズ大公、偽物ですね」


 平然と立っている三人が、偽物だと証明しておりワズ大公は愕然とした。

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