第五話 幼女と青年、王女を連れ込む

 周りの民家に比べて頭一つ抜けている建物、リンドウのギルドが見える。


 しかし、アカツキは直接ギルドには向かわず民家の間の路地へと馬を進めた。


「アカツキ、どうしたのじゃ? ギルドにいかんのか?」

「直接王女様をギルドに連れていけば、顔を知っている人が居るかもしれません。私がアイシャさんに会い、私達の家に来てもらいましょう」


 アカツキは、ミラ達の時と同じてつを踏まない様に更に慎重になっていた。


 リュミエールを降ろし、ルスカを馬から降ろすと手綱をリュミエールに預けギルドへと入って行く。


「アカツキさーん! いらっしゃいませーって、無視しないで下さーい」


 ギルドに入るとナーちゃんが笑顔で迎えるが、無視をして受付横の扉から二階にあるアイシャの部屋へと向かう。


「はい、開いてますよ」


 アイシャの部屋の扉をノックすると、中からアイシャの声が。

アカツキが扉を開け、中に入るとアイシャはアカツキだと思っておらず、耳をピンと立て驚いた表情をする。


「アカツキさん、どうしたのですか!? 何か問題でも?」

「問題……まぁ、大問題ですね。実は……」


 アカツキは首都に向かう途中で起こった事を一部始終、説明する。

予想の斜め上だったのだろう、アイシャは開いた口が塞がらず固まっていた。


「それで今後どうするか、アイシャさんも交えて決めたいのですが……アイシャさん?」


 ぶっ飛んでいたアイシャの意識は、アカツキの声で体に戻ってくる。


「あ、ああ、はい。何でしょう?」

「ええ、ですから今後どうするかを私達の家で相談しませんか?」

「はい、わかりました。今夜伺います。あ、それと王女様には申し訳ないですが、パクという少年と今はまだ会わせない方がいいかもしれません。下手に接触すると何処から漏れかねませんから」


 ゴッツォやセリーなら、他の人に漏らす事はないだろうが、ゴッツォの声の大きさを考えると、話をするだけで店の外まで聞こえそうだとアカツキは、ほくそ笑んだ。


「わかりました。それでは夜に」


 アカツキは、早々に席を立ちギルドを後にした。


「あ、アカツキが戻って来たのじゃ」

「お待たせしました。夜に来てくれるそうなので、私達の家に戻りましょう」


 手綱をリュミエールから受け取りその場を離れる。


「あの……弟には会えないのでしょうか?」


 リュミエールは、やはり弟が心配なのか会いたいと言ってきた。

気持ちは分からなくないが、二人とも危険なので今は無理だと伝えると、リュミエールは手で自分の服の胸元をキュッと握りしめる。


 不憫だと思ったのだろう。アカツキは、妥協案として遠くから見るだけと約束させて、パク達が働いているセリーの店に足を運ぶ。


 妥協案を出したのは、パクが本当に王子なのか確認させる為でもあった。


 宿が見える路地に移動したアカツキ達は、首だけ出して宿を覗くと、丁度店前を掃除しているミラとパクが。


「どうですか? 見えますか?」


 リュミエールは、パク達を確認するとすぐに首を引っ込め、アカツキとルスカに頭を下げる。


「もう良いのですか?」

「はい、ありがとう御座います。間違い御座いません。私のお付きのミラージュと弟のエルヴィスです」


 リュミエールは約束を守り、一目見て安心したのだろう、その目はうっすらと潤んでいるように見える。


「では戻りましょう」


 約束を守ったリュミエールだが、後ろ髪を引かれるのか、しきりに宿の方を気にするのだった。



◇◇◇



 自宅へと戻って来たアカツキ達。アカツキは馬を繋ぐため鍵をルスカに渡して、裏庭に回る。


「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んでくださいね」


 アカツキは、ほとんど休み無しで走り抜けてくれた馬に飼い葉と水を与えながら労いの言葉をかけながら、首を撫でてやると、平気だと言わんばかりに元気にいなないく。


「アカツキ、ワシが馬を洗うのじゃ」


 アカツキが馬を洗おうと井戸で水を汲んだ時、勝手口からルスカがやってくる。


 また、びしょびしょになる。そう思い、一瞬躊躇うが洗えばいいかと思い直し、ルスカにお願いした。


 ルスカはアカツキが汲んだ水を馬の側まで運ぶと、手綱を引く。

馬は、ルスカの意図を読んでなのか脚を折り畳みその場に座ってくれた。


 ちゃんと以前言った様に、馬に今から何をするか話かけているルスカを見て安心したアカツキは、勝手口から家に入る。

玄関の扉付近で、リュミエールは何処か居心地が悪そうに、辺りを見回し突っ立っていた。


「どうぞ、座って下さい。なにぶん狭い家ですが」

「あ、すいません。他の方のお住まいに来るのは初めてで、勝手がわからなかっだけです」


 アカツキが椅子を引くと、リュミエールが腰をかけるがやはり落ち着かないみたいだ。


「さてと、アイシャさんが来る前にご飯にしますか」

「え……あの、アカツキ様が食事の用意なさるのですか? 料理人とかじゃ……」

「普通の家にいませんよ、そんなもの」


 改めて世間知らずの王女様なのだと認識するアカツキだが、不思議と嫌悪感はわかない。

何せ、今はアカツキの服を着て落ち着かないのか、辺りをキョロキョロとしているのだ。

王女様というより、新しい家に来た仔犬のようだった。


 卵とおにぎりを作った時に余ったご飯にレタスを、アイテムボックスから取り出すと調理を始める。


 器に卵を割りかき混ぜ、レタスを手で細かく千切っていく。フライパンに油を入れ暖めると、卵をフライパンに投入し軽く炒めてすぐに取り出した。


「うわっ!」


 卵を移す時に視線に入ったリュミエールを見て驚く。

料理に夢中で、先ほどから覗き込んでいるリュミエールに気が付いていなかった。


「危ないですよ、王女様」


 アカツキに怒られたと思ったのか、リュミエールはとぼとぼと肩を落としテーブルに戻っていく。

その後ろ姿は、本当に仔犬のようだった。


 アカツキは、あくまで『近くに来過ぎたら、危険だ』程度のニュアンスのつもりで言ったのだが、相当落ち込んでしまったリュミエールを見ると居たたまれなくなる。


「あの……後ろから見る位なら大丈夫ですよ」


 アカツキの言葉にリュミエールの顔は、晴れやかになっていく。

嬉々としてアカツキの後ろから顔を出す。

まるで子供の様にコロコロと表情を変えるリュミエールがを、微笑ましく思うアカツキだった。


 再び調理に戻ったアカツキは、フライパンにご飯を入れ水分を飛ばす為、切る様に炒めていく。

塩コショウと醤油を入れると、醤油の香ばしい匂いが部屋中に広がる。


 味見をするとアカツキは、首を捻る。何か一味足りない。


「マヨネーズでも入れてみますか」


 アカツキは、早速アイテムボックスからマヨネーズを取り出しフライパンに入れると、更に軽く炒める。

最後にレタスを投入し、少ししんなりとする位で火からフライパンを外した。


「あの……これを」


 後ろにいたリュミエールの手には三枚の皿が。アカツキとしては、ルスカがポロポロと溢しそうで、皿より器にしたかったが、お礼を言うと皿を受け取った。


「アカツキ~、着替え欲しいのじゃ」


 裏庭から戻ってきたルスカは、予想通りびしょ濡れだ。アカツキはすぐに着替えを渡す。

渡した着替えは、以前買ったフリルが付いた淡い青色のワンピース。


「アカツキ、これはワシには可愛い過ぎるのじゃ」


 ルスカは頬を染めながら、ワンピースをアカツキに見せて訴える。


「ルスカ様なら、お似合いですよ」


 意外に食いついたのはリュミエールだ。

今まで王女として、忌憚の無い言葉を発する生活をしてきたリュミエールの言葉に、ルスカも照れが増していく。


 最初頬だけ赤く染めていたルスカの顔がみるみる顔全体に広がる。そのうち頭の先から煙が出そうだ。


 渋々着替えを始めると、今度はリュミエールが赤くなる。


「ルスカ様! どうしてこの場で脱ぐのですか!」


 服を脱ぎ、短パンも脱いで熊ちゃん印のパンツ一丁のルスカは、手に新しいパンツを握りしめリュミエールに反論する。


「びしょびしょのまま二階に上がったら、アカツキに怒られるのじゃ!」


 アカツキもそれには同意したのか、何度も頷くのだった。

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