第四話 幼女と青年、困り果てる

 グルメール王国第二王妃の娘、リュミエール王女に事情を話す為、目立つ馬車を森の中に隠すと共に、先ほどルスカの魔法で倒れた木々のお陰で見晴らしのいい場所が出来、火を起こした。


 すっかり日は落ち、辺り一面は風に揺らされた葉の音と、焚き火の薪がパチパチと音を響かせる。

焚き火の明かりがアカツキ達をぼんやり映し出していた。


 リュミエールの服装はかなり目立つ為、たまに街道を行き交う人に見られても構わないように、アカツキの予備の服に着替えさせる。

ズボンも上着もリュミエールにとって、アカツキのサイズではブカブカなのだが、胸元辺りだけはピッタリで、先ほどまでルスカに「嫌味なのじゃ!」と杖で突っつかれて困惑した顔をしていた。


 あまりこの場所で長居はしたくなかったが、馬を休ませる為と聞きたい事もあったのでやむを得なかった。


 アカツキは、ミラとパクとの出会いから説明しようと話を切り出す。


「私達が初めてのクエストでリンドウの街から、この先にある森の中の湖に向かう途中で、盗賊まがいな事をするミラとパク……まず間違いなく王子様でしょうが、二人と出会いました」

「盗賊……」


 リュミエールは盗賊と聞いて、ミラに怒りに近いものを覚えるが、アカツキは違っていた。


 あの時、アカツキは助けを求めろと説教したが、事情が事情だ、ミラには闇雲に助けを求められなかったのだろう。

結果、パクを食べさせる為に盗賊まがいの事をする羽目になる。

ナイフに見せかけた石も、後日盗賊行為がバレたとしても言い訳出来るようにと、わざとだったのかもしれない。


「その後二人は、私が信頼出来る方の所にいます。ただ、場所を教える前に一つだけ。国王様は、麻薬中毒者……ですか?」


 リュミエールと御者の男は、驚き立ち上がるが、その行動と表情が肯定だと指し示していた。


「どこから、その情報を……」

「推測ですよ。ミラとパク自身が父親が麻薬中毒者だと。ミラの父親という可能性もありますが、それならパクと姉弟のフリをする必要ありませんし。あくまでパクが王子様なら、ですが」


 問題は、ただの権力闘争で終わらないということだ。国王自身が麻薬中毒者だと国外に情報が漏れれば、戦争は避けられない。


「これは、一旦リンドウに戻るべきですね。問題は王女様ですか」

「そうじゃな、あの馬車では目立つのじゃ。やはり馬だけで行って、馬車は置いとくしかないのじゃ」


 ルスカの意見にリュミエールも御者も頷くが、アカツキは顎に手をあてて目を瞑り思案する。


「どうしたのじゃ?」

「いえ、やはり馬車は後々必要かと思いまして」


 アカツキが考えていたのは、厄介事が終わった時の事。

国王が麻薬中毒だとすれば、今の国王に政治を行えるはずがない。

そうなると、第一継承権のパクが王になる。

その際、民と同じ姿で城に入るのはあり得ない。

豪華な馬車で堂々と入城する事が、民に威厳を示すと考えた。


「なるほどの。アカツキの言う通りではあるが、どうしたらいいのじゃ」

「ちょっと、よろしいでしょうか……」


 御者の男が割り込んでくる。

無礼だとリュミエールが制止しようとしたが、アカツキは平然と応じる。

手があるなら聞くべきだとの判断だった。


「わたしが囮になります。

馬車で森の奥へと入ってリンドウへ向かいます。

アカツキ様は王女様を連れて街道を走ってください。

わざと馬車のわだちを強く残しますので追っ手は馬車の方に来るかと」

「しかし、それではあなたが危険です!」


 大丈夫ですよと、力コブを作っておどける御者に、強く反対するリュミエール。ただの御者と王女様の関係より、親しさを感じる。


「王女様、あまり時間がありません。詳しい事は走りながら聞きますので行きましょう。

御者さん。もしリンドウの街に着いたら、一旦南門から北門に抜けて、西門から入って来てください。

西門の側にリンドウの街には似合わない無人の豪邸があります。その前に馬車を止めても違和感ないでしょう」


 アカツキが手早く焚き火を消すと、辺り一面真っ暗になる。

ランプに火を灯し、ルスカを馬に乗せると、その後ろにアカツキが乗り込み、王女様の手を取って一番後ろに乗せた。


「御者さん、無理は絶対にしないで下さい」

「アカツキ様、ルスカ様。王女様を何卒宜しくお願いします」


 御者がそう言い残し、森へと消えるのを確認すると手綱を引き馬を走らせる。


「王女様! 少し飛ばしますよ。落ちない様にしっかりとしがみついて下さい! ルスカも……って、寝ないでくださいよ」

「はい!」

「無理じゃ~。アカツキ~眠いのじゃ~」


 リュミエールは返事と共にアカツキの腰に手を回す。

一方ルスカは、馬が駆ける振動なのか眠いのか分からないが、頭をガクガク揺らしていて危なっかしい。


「王女様、すいません。ルスカのローブを掴んでて貰えますか?」

「ええっ! は、はい……」


 リュミエールは両手を伸ばし、ルスカのローブを掴む。

腰を掴むより前屈みになったリュミエールは、アカツキの背中にピッタリとくっつく格好となった。


 アカツキの背中に押し付ける形となった自分の胸を見て、恥ずかしくなり顔を赤くするリュミエール。

アカツキの様子が気になり顔を覗き見ると、平然と真剣な眼差しで前だけを見て、馬を懸命に飛ばしていた。


 リュミエールは思う。

何故だろうか、あまり好きではない自分の胸が可哀想になってくるのは。



◇◇◇



 ランプの灯りが照らす街道を一頭の馬が駆け抜ける。

そのスピードにランプは揺らされて、街道脇の森をも照らす。


「王女様、大丈夫ですか? 話出来ますか?」

「は、はい! 大丈夫です」


 ルスカのローブを必死に掴み、顔に当たる風をリュミエールは耐える。

そのリュミエールに掴まれているルスカは、夢の中にいた。


「まず、聞きたいのは国王様の様子です。何故、麻薬に手を出したのでしょうか?」

「理由はわかりません。ですが、様子がおかしくなったのは、義兄が亡くなった二年前位からです」

「義兄? というと、第一王妃の?」

「はい。当時第一継承権を持っていました」


 リュミエールには二つ年上の義兄がいた。

第一王妃側とリュミエールの亡くなった母親側とは仲が悪かったが、義兄はリュミエール、リュミエールの弟とも仲が良く、優秀で誰にでも好かれる人物だった。


 しかし、二年前突然発作を起こしたかと思うと、そのまま帰らぬ人となる。


 国王の落ち込みぶりは強く、とこに伏せる事が多くなったらしい。


 しかし、半年前から元気になったものの性格が一変し、第一王妃の取り巻きを周りに置くことが多くなり、リュミエール達は、かなり肩身の狭い生活をしていた。


 そして最近は、人前でも薬を求める様になっているという。


「なるほど、それはかなり末期なのかもしれませんね。しかし、その薬が良く麻薬だと気づきましたね?」

「いえ、始めはわかりませんでした。ただ、城下で同じように人が一変する薬が出回っているみたいで……」


 アカツキは、大きく肩を落とす。リンドウの街へ首都のギルドから連絡がない理由が予想通りだった為に。


 それからアカツキの乗せた馬は、途中水と飼い葉を与えた後も走り続け、夜は明け日が再び傾きかけた頃、赤く照らされたリンドウの街の門が見え始めた。



◇◇◇



 リンドウの街に着いたアカツキは、馬に乗ったまま門番に近づく。


 常に手綱を動かしていたアカツキは息も荒く、顔も体も汗だくになっていた。


「どうした? 何かあったのか?」


 門番がアカツキに尋ねるが、一言「急いでいる」とだけ伝える。


 ただでさえ背の高いアカツキが、馬に乗ったまま話すと威圧的で門番はあっさりと通してしまう。


「あの門番大丈夫かのぉ。頼りないのじゃ」


 街に入りいつの間に目を覚ましていたルスカが、心配そうに門の方を見つめる。


「起きたのですか、ルスカ。それじゃギルドに向かいますよ」


 大通りとはいえ、スピードを出す訳にはいかずギャロップでギルドへと向かった。

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