第10話 幼女と青年、ホロホロ肉に苦戦する

「しかし、ルスカ。別に悪い事をしたわけでは無いのに、どうして、あんなに後ろめたい態度を取ったのです?」


 アカツキの質問は最もで、巨大なパペットを使ってルメール教という犯罪集団を全滅させたのだ。

多くの人々を救ったのだし、もう少し誇っても良いはずである。


「だって……だって、アカツキが周りに人が居ないか確認して魔法を使えって言ったのじゃ!」


 今日、確かに森で魔物と思われる物に遭遇した時、いきなり確認せず魔法を使ったルスカを叱った。


 律儀なのか、随分と過去の事であっても、また怒られるのかと思ったルスカは、アカツキに知られたくなかったのだ。


「のぉ……アカツキ。ワシの事嫌いにならないで欲しいのじゃ……」


 小さな手をアカツキの膝に乗せ、涙目で下から覗き込むように訴えてくるルスカ。

何故、先ほどから自分の顔色を伺っているのかとアカツキは、これで合点がいった。


「何を言っているんですか。嫌いになりませんよ。寧ろ褒めてあげたい位です。偉いですよ、ルスカ」


 ルスカに比べ大きな手で頭を撫でてやると、垂れ目がちな目を細めて、照れくさそうに笑顔を向けてくる。

両手をアカツキの方に向けてくるので、アカツキはルスカを抱え上げると、ギュッと抱きしめてあげた。


「えへへへ~。アカツキ~、大好きじゃぁ」


 ルスカもアカツキの首に腕を絡ませ、抱きついてきた。


「えーっと、ワタシのこと忘れてませんか? ……はー、アカツキさんはどうりで、ワタシの身体など見向きもしないわけだ」


 アイシャは、目の前で自分を無視してお互いに抱き合う親子のような二人に呆れるのだった。



◇◇◇



「ルスカ様の事は、黙っていた方がいいかも知れません。ルメール教の事も」


 だいぶ日が落ちて人々の影が細長くなって来た頃、ギルドの出入口まで見送りに来たアイシャに言われ、アカツキもルスカも頷く。

アカツキの右手にはルスカがしっかりと手を繋いでいた。


「はー、仲良いですねぇ。それで、家はどうしますか? 今から案内しましょうか?」

「アカツキ! お腹空いたのじゃ!!」

「と、ルスカも言っていますし、思ったより時間かかったので、明日でもいいですか?」

「ええ。それでは幾つか見繕っておきますね」


 宿の食堂でご飯を食べに帰っていく親子の後ろ姿を見送るアイシャは、急に肩の荷が降りて一つ大きく伸びをした。



◇◇◇



 ギルド登録を終えたアカツキ達は、宿の扉を開け入って行くと、静寂な食堂からパタパタとスリッパの足音が聞こえる。


「いらっしゃいませぇ、ってアカツキさんとルスカちゃんお帰りなさい」

「すいません。まだ、食堂やってますか?」

「大丈夫ですよぉ。お父さーん、お客様二名様ぁ!」


 受付の女の子に案内されて客の居ない食堂に入り、二人掛けのテーブルに座ると、厨房の奥から大きな足音と共に一人の男性が出てくる。

背は低く、肩幅がかなり広く恰幅の良い身体をしており、顔は下半分が髭で覆われ目付きが鋭い。

 

 アカツキが彼を見ると、元いた世界のイメージから典型的なドワーフだと見てとれる。


「おお、セリー。そちらがお客様か? なんだ、随分細いな。いっぱい食べていってくれ。ガハハハッ!」


 鼓膜に響く重低音な声で喋るドワーフの男性。

受付の女の子をセリーと呼んだのを考えると、この男性が父親なのだろう。


「ちょっとぉ、お父さん……お客様に失礼だよ。せめて挨拶してよぉ」

「ガハハハッ! 確かにセリーの言う通りだ、賢いなセリーは。おっと俺は、この“酒と宿の店セリー”で厨房を任されてるゴッツォだ。こっちは娘のセリーだ! どうだ、かなりの美人だろう。やらんぞ! ガハハハッ!」

「もう……お父さんたらぁ。アカツキさん、ルスカちゃん注文どうしますぅ?」


 メニューを渡され悩むアカツキに対して、メニューを見てないルスカは、突然両手でテーブルを強く叩く。


「苺じゃ! 苺が食べたい!」

「ルスカ、苺はメニューに無いですよ。他の物……ほら、このホロホロ肉の煮込みとか美味しそうじゃないですか?」


 しかし、ルスカは譲らない。再びテーブルを強く叩いて訴える。


「じゃあ、かれー! かれーが食べたいのじゃ!」

「ですから、カレーは今度作ってあげますから……」


 セリーも、ゴッツォも聞いた事の無い物を要求され、困り果てている。

アカツキは謝りながら、ホロホロ肉の煮込みとパンがセットになっているメニューを二つ頼んだ。


「飲み物はどうする? エールいっとくか?」

「あー、すいません。私、飲めないのです。代わりにお水をください」


 再度謝りながら、断るとまたテーブルを叩く音が聞こえた。


「じゃあ、ワシが飲むのじゃ!」

「「ダメです!!」」


 アカツキとセリーに怒られた上に、先ほどから自分の要求が全く通らないルスカは、口を尖らせ不貞腐れる。


 豪快に笑いながら、大きな足音を立てて厨房へと戻って行くゴッツォ。

手伝いに行くのだろう、その後ろをパタパタとスリッパを鳴らしセリーが付いていった。


 しばらくすると、セリーとゴッツォが皿を手に戻ってくる。

アカツキ達の目の前に置かれた皿の上には赤茶色の肉の塊が。

良く煮込まれているのだろう、肉の表面はテカり湯気が立つ。


 二人は、ホロホロ肉を用意されていたナイフで切り分けて口へと放り込む。

少し甘酢っぱいが味は悪くない。悪くないのだが……


「か、噛みきれない」


 ホロホロ肉は、柔らかいのだが、噛んでも噛んでも噛みきれず口の中にいつまでも残る。

ルスカは、すでに口の周りをベタつかせており、やはりホロホロ肉に苦戦しているようだ。


「ガハハハッ! 噛みきれないのか? お前さんもこれくらい歯を鍛えないとな!」


 ゴッツォは、そう言うと生え揃った歯を見せて笑う。

その歯はとても白いエナメル質がキラリと光り、ゴッツォ自身の体格のせいでそう見えるのか、とても太く丈夫そうだ。


 アカツキとルスカは、結局その後ナイフで小さく切り分けながら、しばらく噛んだあと飲み込む方向性に変えて、料理を平らげた。


「とても顎が疲れたのじゃ……」

「ですね……」


 空いた皿をセリーが厨房へ持っていき、入れ替わりにゴッツォが二人の前に飲み物を置いた。


「ガハハハッ! これは、サービスだ。ピーンという果物の絞り汁でな、ちょっと酸っぱいが口の中がサッパリするぞ」


 アカツキがピーンの絞り汁を飲むと柑橘類独特の酸味があるが、ゴッツォの言うように口の中をサッパリと洗い流し、顎の疲れが少しマシになる。


「酸っぱいのじゃあぁ!」


 ルスカもアカツキの様子を見て飲んでみたが、すぐに酸っぱさに耐えるように口を両手で押さえ目をつぶる。


「ガハハハッ! そういや、アカツキって言ったか。お前さん、この街に来た理由は? ああ、いや、すまん。他意は無いのだが、こんな小さな嬢ちゃん連れて他国から来たのだろ? 力になれたらな、と思ってな」


 アカツキは本当の事を話すかどうか悩むが、ゴッツォが悪い人物だと思えず、ルスカ自身の事や転移者である事など一部を除いてだが話をした。


「砂漠に置いていかれた嬢ちゃんを連れてこの街に? ううっ……嬢ちゃん、大変だったなぁ……」

「ちょっとぉ、アカツキさん。私に話したのと違うじゃないですかぁ」

「ああ、実はですね……」


 太い腕で目元を拭うゴッツォの涙は止まらない。

自身の娘のセリーが同じように砂漠で置いていかれたらと、重ねているのかもしれない。

 一方で、セリーには服屋での出来事を話して、納得してもらった。


「それで、この街に住もうかと、明日家を探しに行くのです」

「そうか、そうか。同じ街の住人になるのか。よし! 困った事があったら何でも言ってくれ! と、言っても金は無いがなあ! ガハハハッ」


 アカツキの背中を何度も叩きながら、大きな重低音を響かすゴッツォ。

アカツキは、少し困った表情を見せるがゴッツォの豪快さは、心地が良い。

ルスカはというと、目を糸目になるくらい細め両耳の穴に指を突っ込んでいた。



◇◇◇



「それではご馳走様でした。ルスカも眠そうなんで、部屋に戻ります。お休みなさい」

「お休みなさいぃ」

「おう! ゆっくり休みな。ガハハハッ」


 会計に銅貨二枚を渡すと、目を擦りながら大きな欠伸をして、頭がゆらゆらと揺れているルスカを連れて部屋へと戻る。


 部屋の窓を見ると外はすっかりと日が落ちて、月明かりが窓から射し込み、真っ暗な部屋の一部を照らし出す。


 アカツキは、ランプに火を灯すと薄灯りに照らされたルスカは、床に座り込み今にも眠りそうだ。


「ルスカ、寝るならベッドで寝なさい」

「うう~、わかった……のじゃ~」


 床を這いながらベッドにたどり着くと、そのままシーツを掴みベッドに上がろうとする。

アカツキは一つため息をつくと、ルスカの靴を脱がしてベッドの上に運んであげた。


「うぅん……お休みなのじゃ……」


 そのまま横になり眠りだしたルスカ。アカツキは、ルスカの赤茶けたローブを脱がして椅子に掛けた。


 アカツキは、その無邪気な寝顔を睡魔が襲ってくるまで、ずっと見ていた。

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