第2話 ノーパンの幼女、誘拐?される

「えーっと、大丈夫ですか? お嬢さん」


 どうして、こんなところに幼女がいるのかわからなかったが、放っては置けずに、アカツキは、頭を抱えてしゃがみこんでいるルスカに、声をかけて見る。


 一方ルスカも人の良さそうな旅人に水を貰うチャンスだと、笑みが溢れそうになる。


「あ、あのね、お兄ちゃん。ルスカ、お水欲しいのぉ」


 すかさず猫を被り上目遣いで訴えてくるルスカの瞳は輝き、子供らしく振る舞いながら、アカツキを見つめてくる。

自分が、すっぽんぽんなのにも気づかずに。

猫は被って着てみても、服は着ていなかった。


「これは、お嬢さんが?」


 ぽっかり穴の空いたオアシス跡を指差すアカツキの質問に首を横に振って否定するルスカ。


「あのね、ルスカが泉に入ろうとしたら、魔物がね出てきて、爆発したのぉ」

「見てましたよ。赤い光を。あれは、魔法でしょう?」


 しかし魔法を使ったのが自分だとバレており、ルスカは顔を反らしアカツキから見えない様に、舌打ちする。


「とりあえず、お嬢さん。お水は後であげるから服を着ておいで」


 初めはアカツキから何を言われたのかわらないルスカだったが、ゆっくり自分の視線を下げて確認していく。

自分の体を見た一瞬、顔が青くなったと思うと、次は真っ赤な茹でタコのようになっていった。


「ぎゃあぁぁぁ~~~~~っ!!」


 被っていた猫で子供らしさを振る舞っていたが、それどころではなく素に戻る。

辺り一面を見回すと、砂に埋もれかけの荷物を見つけて、一目散に走りだす。


 走りだした後ろ姿は、子供特有の小さな桃尻が丸見えだ。アカツキも馬を引いて、桃尻の後ろからゆっくりついていった。


「荷物、荷物……って、あっついのじゃ!」


 荷物と服にかかった砂を手で払うが、太陽に照らされ続けた砂はとても熱く触るのも困難で、ルスカは白樺の杖を使って、服とローブに付いた砂を叩いて払う。

まずはワンピースになった黒い服を着ようと袖を通そうとしたのだが、


「熱いのじゃ!」


 ずっと太陽の熱を吸収していた黒い服は、とても熱くなっており思わず地面に叩きつけた。


 仕方ない、せめてローブとパンツだけでもと、ルスカは辺りを見回すがパンツが何処にも見当たらない。


「わ、ワシのパンツがない!? どこだ!?」

「もしかしたら、アレじゃないですか?」


 ルスカに追い付いたアカツキが指差す方向の遥か先に、ヒラヒラと舞う白い布が地平線の彼方へと消えていく。

 服やローブは荷物を上に置いておもしにしていたが、パンツは脱ぎ捨てたままだったのが失敗だった。


 先ほどの物凄い風により、飛ばされたのだ。

 その風を起こした張本人ルスカは呆然となり、その場で、両手をついて落ち込むが、


「わ、ワシのパンツが…………あっついのじゃ!!」


 地面に両手と両膝をついたルスカは、あまりの熱さにすぐに飛び上がった。


 学習しないルスカに対して「忙しい子ですねぇ……」と、様子を見ていたアカツキは、頬を指で掻きながら呟いた。



◇◇◇



「はい。お水です」

「おお! 水じゃ!」


 結局ローブも服も熱すぎて、すっぽんぽんのルスカは、アカツキに差し出された皮の水筒を受け取ると、栓になっている蓋を抜き直ぐ様飲みだす。


「ぷはぁ。生き返るのじゃ」


 満足げなルスカは、後ろからアカツキが脇を掴んで持ち上げられる。


「わ、わ、な、何をするのじゃ!?」


 突然の事にルスカは驚きを見せるが、アカツキはそのまま自分の乗ってきた馬の鞍上に布を敷き、ルスカを乗せた。


「ここは、暑いですからね。向こうの岩場の影に移動しましょう」


 アカツキはそう言うと、ルスカを乗せた馬の手綱を取り歩きだす。


 岩場の影は涼しく、アカツキは日光で熱くなったルスカの服を日陰に置いて、熱が引くその間まで自分の白く無地の服をルスカに渡してきた。


「ぶかぶかなのじゃ」


 ルスカが着ると、ほとんどワンピースの服と変わらない。

更にルスカは、アカツキから差し出されたパンを受け取り、噛み千切る。

パンは水分が少なく、食べれば口の中の水分がもっていかれてしまう、固く味気ない物だった。


「むう。美味しくないのじゃ……」


 既に被っていた猫を、どっかに放り捨てていたルスカは、口を尖らし不満を口にする。


「ああ、忘れてました。ちょっと、待ってくださいね」


 アカツキは、目の前に開いた空間の亀裂へと右手を入れる。


「む……! それは“アイテムボックス”の魔法か?」

「えーっと……その役割も果たせますが、これはスキルです」

「スキル…………という事は、お主は転移者か!?」


 アカツキは直接答えず、少し困った表情を代わりにした。

 

 空間から瓶を取り出したアカツキは、蓋を開けて、ナイフで中身をすくうとルスカのパンに塗る。


「これは……ジャムじゃ!」


 赤く透明で中に果実がはいっているジャム。

ジャムで塗られた所の固いパンに目掛けてかぶりつく。

その瞬間、ルスカの目はカッと見開かれた。


「も……物凄く、甘いのじゃ~~!!」


 今まで食べたジャムの中でも飛び抜けた甘さに、口の周りをベトベトにしながら、ルスカは夢中でかぶり続けた。


「はぁ~、幸せなのじゃ。珍しいジャムだったが、何のジャムじゃ?」

「苺のジャムですよ」

「苺? 何じゃ、苺って?」


 聞いたことない食材に興味津々なルスカは、ベトベトになっている顔をアカツキに近づける。

アカツキは、ハンカチを取り出すとルスカの顔を拭いてくれた。


「お嬢さんの言う通り、私は転移者です。苺というのは私が元いた世界の果物です」


 アカツキは再び、空間の亀裂に手を入れると、そこから取り出したのは、とても瑞々しい生の苺だった。


「私のスキルは“材料調達”。色々な食材が出てくるのですよ。まあ、制限は多いですが」


 アカツキは苺を一つ手に取ってヘタを外すと、ルスカに向かって口を開ける様に自らジェスチャーする。

ルスカが大きく開けた口の中に、先ほどの苺を放り込んできた。


「んん~~~~」


 ほのかな酸味の中にある甘味が口の中にジュワッと果汁と共に広がる。

その美味しさに頬っぺたが落ちない様に両手で押さえ、幸せそうな顔になる、ルスカ。


「もっとじゃ! もっと欲しいのじゃ!!」

「駄目ですよ。先ほども言いましたが制限があるのです」


 ルスカは、頬を膨らまし不貞腐れる。

アカツキは仕方なさそうに、再び何かを取り出し、ルスカにまた口を開けるように自分の口を開けて教えた。


 ルスカは、雛鳥が親に餌を求めるみたいに、口をパクパクと動かしている。

早く早くと急かす仕草を見せると、それを放り込んできた。


「む、飴か……っんん!」


 口の中で右左と飴玉を転がすルスカの目は、再びカッと見開く。


「苺じゃ! 苺の味がするのじゃ!!」

「ええ。苺の飴玉ですよ。美味しいですか?」

「もちろんなのじゃ!」


 ルスカは、立ち上がりアカツキに苺の飴玉の美味しさを

身振り手振りを交えて語りだす。


「そろそろ、服も冷めたみたいですし、出発しますか」


 アカツキはルスカの語りを聞き流しながら、日陰に置いたルスカの服を取りに行く。


「ええと……そう言えば名前を伺っていませんでしたね。

私はアカツキ。アカツキ・タシロと言います。

お嬢さんは?」

「ワシか? ワシはルスカじゃ。ルスカ・シャウザード」


 丁寧に頭を下げながら自己紹介するアカツキに比べ、ルスカは苺の飴の美味しさを語りたくてウズウズしながら、自己紹介をする。


「ルスカさんは、どちらへ? 良ければ一緒に行きませんか?」

「また、飴玉くれるか? それなら一緒に行く!」


 こうしてアカツキは飴玉でルスカを誘い、ルスカは飴玉一つでひょいひょい付いていく事になった。


 端から見たら、事案である。

 児童誘拐。

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