第3話 ノーパンの幼女、略取される

「それで、アカツキは何で旅をしとるのじゃ?」


 既に一度被った筈の猫の皮は、砂漠のど真ん中に捨てられて砂で埋もれており、馬の上で胡座あぐらをかきながらアカツキと会話をするルスカは、驚くほど素のままだった。


「いやぁ、お恥ずかしい話です。元々は帝国でギルドパーティーに居たのですが、Sランクに上がった途端に追い出されまして」


 頬を人差し指で掻きながらアカツキは、照れくさそうに話す。


「なるほど。アカツキを利用していた訳じゃな?」

「え? 何故、おわかりに?」


 素直に驚くアカツキに対して、したり顔のルスカは、何故わかったか教えてやる。


「なに、帝国でSランクだと公式扱いじゃ。給金が出るが、アカツキがおるとそのスキル目当てに他のギルドから連携要請や、帝国直々に命令が入るじゃろ? 故に追い出したのじゃろう」


 ズバリだった。

アカツキのスキル“材料調達”は、数に制限はあるものの、冒険やクエストに大事な食糧問題を一気に解決出来る。

それ故、重宝され、そして厄介者扱いされた。


「そういえばルスカさんこそ、どうしてザンバラ砂漠に?」

「ルスカでよいのじゃ。

“さん”付けなど、歳上相手につけるもんじゃ」

「え?」

「え?」


 二人の間に沈黙が流れる。

てっきり上手く猫を被ったままと思い込んでいるルスカと、てっきり自分を転移者と見抜いた洞察力と、ギルドパーティーを追い出された理由を看過したことから、幼女ではないとは感じていたアカツキ。

 お互いに顔を見合わせる。


 二人の間の気まずい空気を壊すかのように、乾いた笑いでお互い誤魔化すのだった。


「そ、そう言えばワシ──ルスカの事だよね? あのね、聞いてお兄ちゃん。ひどいの!」


 今さらながら砂漠の真ん中に捨てられた筈の猫の皮を拾って被るルスカに、アカツキもどうしたものかと考える素振りを見せるが、一先ず付き合うと判断したようだ。


 しかし、その表情には、面倒くさい事になると書いてある。


「ど、どうしたの……です。る、ルスカ」


 アカツキも無理に合わせるものだから、変に口ごもる。

そこで、何かを思い出したかのように、ハッとした顔をする。


 アカツキには転移前、当時小学三年生だった妹がいた。妹の様に接すれば大丈夫だと。


 しかし、その考えは一瞬で終わりを告げる。


「あのね。ルスカ、頼まれて勇者パーティーに同行……一緒に魔王を倒しに行く途中だったの。なのにね、お昼寝している間に砂漠に捨てられちゃったの」


 妹は、魔王を倒しにいかない! 

大体、勇者パーティーにこともない。


「そう、大変だったね。心当たりはないのかな?」


 最早、顔がひきつりそうになるアカツキ。


「心当たり? うーん……ルスカね、勇者パーティーに入る時に条件を出したの。多分、それかなぁ」


 指を折りながらルスカは、アカツキに条件を列挙していく。

初めは勇者パーティーに同情しているような顔をするアカツキだが、いくらなんでも見た目は幼女のルスカを、砂漠に放り出すのは、人として、いかがなものかと改めた。


「そう……なの。それは、ひどいね」

「でしょー。お兄ちゃんが物分かりのいい人で良かった」


 その笑顔はとても幼く愛らしい。

 “物分かりのいい人”なんて言葉を使う妹みたいなルスカにアカツキも笑顔で返すが、その笑顔はぎこちない。


「む、む、無理じゃ~! 限界なのじゃ~!」


 両手を上に放り投げ、先に根を上げたルスカに対して、アカツキは安堵した表情を見せた。



◇◇◇



「ところでアカツキ、目的地は何処なのじゃ?」

「南のグルメール王国ですね。外からの人も受け入れてくれるみたいですし」

「ぬう……やはりグルメール王国か……」


 ルスカは眉をひそめる。


「グルメール王国に何かあるのですか?」

「昔の話じゃ。彼処はルメール教と言う魔王崇拝の宗教の拠点だったのじゃ」

「魔王崇拝……ですか」


 魔王崇拝と聞いて、流石にアカツキを生唾を呑み込む。


「表向きの話じゃ。実際は怪しい薬を流通させたり、魔王に捧げるといっては女性をかどわかし、集団で強姦などする奴らじゃ」

「そ、そうなんですか?」


 アカツキはガッチリした体格の持ち主ではあるが、こと戦闘においては自信などない。少し不安気な表情になる。


「だから、昔の話じゃ。確か当時の王が国民に殺されて、ルメール教は無くなったのじゃ、安心せい」


 ルスカは馬上からアカツキの頭を撫でながら笑うのだった。


「それで、グルメール王国に行ってアカツキはどうするのじゃ?」

「特に考えているわけでは。ギルドにでも登録して、採取クエストでもこなしながら生活しようかと。運良く食べ物には困りませんし。ルスカはどうしますか?」

「ワシもアカツキと一緒に住むのじゃ!」


 ルスカはまっ平らな胸を張り、キッパリと言い切るがアカツキは慌てる。


「ちょっ……ちょっと、待ってください。一緒にって、親御さんが心配するでしょう?」

「親? 親ならとっくに居らぬのじゃ。元々一人で住んでいたしの」


 三百年以上生きているルスカの親が亡くなったのは、かなり昔の話なのだが、アカツキがそんな事を知るはずがない。


 馬の歩みは止まり、ルスカは馬上から降ろされると、そのまま抱っこする形でギュッと力強く抱きしめられた。

幼いながらも懸命に生きているルスカを慰めるように。


 何度も言うがルスカは三百年以上生きている。それもかなり怠惰に。


「な、な、何するのじゃ、いきなり!」


 ルスカは顔を赤らめアカツキの行動に戸惑うが、アカツキは離そうとしてくれない。


「すいません、もう少しだけこのままで」

「むぅ……」


 そう言われてはルスカも、大人しく抱きしめられる事にした。


「いきなり、すいませんでした」


 ルスカを馬上に戻し、アカツキは謝ってくるが、そっぽを向いたまま、ルスカは顔を見せない。怒っているわけではない。

 ただ、顔が真っ赤になっていて見せられないだけだなのだ。


「も、もうそれはいいのじゃ。それより、どうなのじゃ? 一緒に住むのは?」

「そうですね……わかりました。一緒に住みましょう」


 アカツキの快諾に、ルスカは馬上で両手もろてを挙げて喜んだ。


「アカツキ、アカツキ。また苺をくれるか?」


 ルスカの目的はアカツキの持つ珍しい食材。

一緒に居ればそれにありつけると考えたのだ。


「そうですね。苺だけじゃなく元々いた自分の世界の食材は他にもありますよ。家の事を手伝ってくれるなら、あげますよ」

「わかったのじゃ! 手伝うのじゃ」


 家の事を手伝う条件にルスカとアカツキは、一緒に暮らす約束をする。


 児童誘拐・児童略取。事案が増えた瞬間だった。



◇◇◇



 猛烈な日射しが和らぎ、代わりに空に赤みが射してくる。

砂ばかりだった先ほどまでとは違い、向かう先には水平線に壮ように森が見え始めた。


──グルメール王国──


 その領域を示す森だ。


 二人は他愛もない会話で、旅の時間を過ごす。

気づけば日は暮れ初め、先ほどまで赤くなっていた空は黒ずんでいく。

アカツキは暗くなる前に、ランプに火を灯し明かりを作る。

目の前には、暗い森。ランプの明かりを頼りに開けた場所を探す。

二人はそこで一泊野宿をするつもりでいた。

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