隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

風見祐輝

第1話 プロローグ



 魔王城の謁見の間。

 そこが俺、魔王キーリウスの唯一の居場所である。


 広大な謁見の間は、魔王に挑戦してくる自称勇者連中との戦いの場として常に門扉は開かれている。いわば魔国のラスボスとの対決の場、闘技場みたいなものだ。


 最奥には俺の座る豪華絢爛な玉座があり、左右の壁には斜めにせり上がった観覧席がずらりと設置され、魔王と挑戦者の対戦を間近で観戦することができるようになっている。


 自称勇者達が魔王である俺に挑戦しに来ると、常に観客席は満員御礼状態。

 街の至る所に出店が建ち並び、歓喜に沸く国民たちの声が街中に響き渡り、街は盛大なお祭りの様相を呈するほどだ。自称勇者の挑戦は、今では魔国の住人全員の楽しみの一つになっている。



 そして今回もまた、魔王キーリウスである俺に挑戦してきた自称勇者達との対戦が行われている最中なのだ。


「はーはははっ! 温い、温いぞ自称勇者! そんな腕前で吾輩を倒そうなどとは、身の程知らずもいいところだ! はーははははっ」

「ぐっ……つ、強い……」


 俺は自称勇者と剣を斬り結ぶ。勇者は俺の剣圧に押され苦悶の声を上げる。

 ちなみに吾輩というのは、魔王として威厳を持った時に使う人称なのでスルーしてほしい。普段は俺で通している。

 俺の振るう剣の一撃一撃に、観覧席は大歓声が渦巻き、規則正しい足踏みと『殺せ』コールが鳴りやまない。

 既に勇者以外の取り巻きは全員床に倒れており、残るは自称勇者のみ。

 そして最期の時が訪れる。


「はーはははっ! 勇者よ観念せよ、これで終いだ!」

「ぐはっ……む、無念……」


 俺の無慈悲な一撃が自称勇者を吹き飛ばす。

 自称勇者は何度も床の上を跳ね、観覧席の壁に豪快に激突し、そして動かなくなった。

 審判員レフェリーが急ぎ自称勇者の元へ駆け寄り容態を確認し、


「勝者、魔王キーリウス様‼」

 ──ウオオオオ────────ッ‼


 審判員のジャッジに、謁見の間は割れんばかりの歓声で満たされるのだった。



 ◇



「あー暇だねぇー」


 最後の自称勇者との対戦から数年が経過した。

 俺は依然として謁見の間にて、玉座に座り勇者の挑戦を待っている。

 だがただ漫然として玉座にふんぞり返っているわけではない。それなりに国の運営も取り仕切るのが魔王としての俺の仕事だ。


 お陰で魔国は発展し、人々は平和な国で生き生きと生活を送ることができている。

 全て俺の国造りの賜物だ。


「魔王様、いかがなされましたか?」


 俺の側近のハーディが、暇そうな俺を見てそう問いかけて来る。


「いやあ、勇者も来ないし、身体を持て余しちゃうよ……」

「そうですな。もう何年も勇者は来ていませんな。民も魔王様の雄姿が見られず残念がっております」

「え~っ? 残念がっているのはお祭りが開けないからじゃないの?」

「ははは、まあそれもありますな」


 ハーディはからからと笑う。

 魔王VS勇者の興行は、国の一大イベントである。

 その催しが開かれないとなれば、民衆のフラストレーションも蓄積されるというものだ。ひとたび勇者が挑戦しに来ようものなら、軽くひと月はお祭り騒ぎが開催される。前祭で1週間ぐらい、対戦日から祝勝会で3週間程度盛り上がるのだ。


「勇者も人手不足なのか?」

「どうなのでしょう」

「だからこの前みたいな自称勇者を名乗る似非勇者が来るんじゃないのか?」

「そうかもしれませんな」


 自称勇者を名乗る者は、本物の勇者ではない。

 勇者というものは、神の加護を受けた者だけがなれる特別な存在だ。勇者は魔王を倒す為だけに存在するとも言われている。

 遥か悠久の昔から魔王と勇者は戦う定めを背負っているのだ。

 だが最近訪れる者は、多少強いだけで勇者を名乗る似非勇者が多い。


「だいたい前本物が来たのは150年も前じゃないか? 他の国は何をやっているのやら……」

「ですな……というより私の生まれる前ですので、私は本物を見たことがありません」

「だよね? 本物見たことあるの、既に俺だけになってない?」


 魔国と謳っているが、この国に住むのは他の国と何ら変わりない人々である。長くて100年も生きれば長生きの方だ。


「今まで30人の本物の勇者を倒してきているしな……もう俺も2000歳になるんですけど」

「なんと、そこまでお年を召されましたか……」

「外見的にはお前の方がジジイだけどな……」

「ごもっともで……」


 白髪に白髭を蓄えたハーディは、頭に手を載せて項垂れる。俺よりもかなり若いが見た目はもう老人だ。

 魔王は魔王である内は年を取らない。

 勇者が神の加護を受け勇者になるように、魔王も神の加護を受け魔王になる。しかし、その加護を受けた魔王は、老いることない肉体を手に入れるのだ。全盛期の肉体のまま年を取らない。魔王が死ぬには勇者に倒されること。これが魔王と勇者との関係性である。

 斯く言う俺がその不死の魔王だ。


「だいたいおかしくね? 世界のパワーバランスを保つために勇者と魔王がいるんだろ? どうして俺2000年も死ねないでいるの?」

「はあ、それは魔王様がお強く、勇者が不甲斐ないとしか言いようがありませんな……」

「だよね」


 この世界が有害な魔素というものに汚染された遥か昔。

 人々は混沌の中、人種を二つに分けたといわれている。魔国とそれ以外の国とに。

 当時魔国は膨大な魔素を吸収した魔人と呼ばれる人外の者が多く徘徊していたそうだ。そしてその中から魔人の王というものが生まれ、魔国以外の国を蹂躙し始めたという。


 するとそんな蹂躙劇を憂いた神が、勇者という者を魔国以外の国の中から輩出したのがこの歴史の始まりだそうだ。

 しかし当初極悪非道な魔人の王を討伐した勇者たちがいる世界は、今度は魔国に対して同じようなことを仕掛けてきた。今まで魔人の王に虐げられてきた報復だったのかもしれないが、今度は魔国が絶滅の危機に瀕したという。

 またそれを見た神は、そのことにおおいに憂い、今度は魔国の中から初代魔王を輩出した。


 この世界のパワーバランスを保つため、どちらにも公平な力を授けたと。

 だがここに来てまたそのパワーバランスがおかしなことになってきている。それは2000年もの間、俺が勇者に倒されないからだ。


「あー暇だよ~。もう魔王なんていらねんじゃね?」


 魔国も大いに繁栄しているし、本物の勇者も現れないのであれば、魔王なんていらないだろう。そう思う今日この頃だ。


「魔王様お戯れを……ですが、そんなにお暇なのでしたら、他国に攻め入ってみてはいかがですか?」

「おいおい、なに言ってるの? こんな平和な国を作ったのに、態々戦争を仕掛けることもないだろうが。それに魔国だけでも十分な国土もあるし、これ以上はいらないだろ? だいたいまた大昔の再現をするのは、神の意志に反するんじゃないの?」

「ですが、魔王様がお暇なのであれば、それぐらいの余興をば……」

「嫌なの、俺は平和主義者なの。魔王だから勇者とは闘うけど、戦争まではしたくないんだよ」


 魔王と勇者はこの世界のバランスを保つための抑止力でなければならない。

 自ら世界を混乱に陥れるようなことはしないのだ。


 だいたい今では魔国の方が他国よりも豊かになっているのに、これ以上国土を欲するのは国力の低下を招きかねない。

 他国では魔国よりも酷い国も多々あると聞くし、そんな国に攻め入るメリットもないと考えている。


「もう、だれか俺を倒せるような奴はいないのかよ……」


 魔王である以上死ぬことは出来ない。延々と生きるには、2000年という年月は既に長すぎるほどだ。

 そう、俺はもうこの人生に飽きが来ている。

 この二千年で国も豊かにして来たし、ただ謁見の間に詰めて勇者が訪れるのを待つしかない人生に、ほとほと嫌気がさしているのかもしれない。


「魔王様。そんなことは言わないでください。魔王様が死ぬのはこの国にとって多大な損失になりまする」


 ハーディは悲しげな表情で言い募る。


「いやもういいでしょ? 2000年もこの椅子に座っているんだよ。椅子が俺の尻の形になってきているぐらいだよ? そろそろ他の奴に譲っても良いと思うんだけどなぁ」


 俺が死ぬとまた後釜にこの国の中から魔王が誕生する。

 硬い玉座は、いつしか俺のお尻の形に馴染むまでにへこんできている。それだけ座っていれば、もういい加減お尻も疲れて来るというものだ。床ずれならぬ玉座ずれになるよ。


「とはいえ、強い勇者を待つとなれば、あと何年かかる事やら……」

「私は永遠に訪れないことを祈りまする」

「いや、お前は俺よりも先に死ねるからいいよね? 俺は俺より強い勇者が来なければ確実にお前よりも、いやお前の孫よりも長生きするんだよ? どう思うこの虚無感」

「子々孫々魔王様へお仕えするように言い聞かせております故、ご心配には及びません」

「いや、そうじゃなくてさ……」


 ハーディは俺が魔王で居続けるかぎり子々孫々まで見守るという。

 忠誠心は嬉しいが、どうしてわかってくれないのだろうか。俺はもう勇者を待つのも嫌になってきているのだ。心静かに死なせてほしいのだ。


「勇者に倒される以外死ねない体なんて──ハッ‼」

「ど、どうなされましたか魔王様⁉」


 欝々と考えているとあることを閃いた。

 魔王になれば勇者に倒されるまで死ぬことはない。しかし魔王を辞することは出来たはず。確か、魔王の加護は仮にではあるが継承できる筈だった。


「よし分かったお前魔王やれ。俺、隠居するわ!」

「は、はぃ……?」

「名前も俺よりも魔王らしいから決まりな」

「ちょ、ちょっと魔王様⁉」


 ハーディは唖然とし目を見開くが、俺の意志は既に決した。

 俺は側近のハーディに魔王の座を仮にだが譲り、隠居することに決めたのだ。



 さあこれで心置きなく隠居生活に突入するぞ!

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