第4話
深く深く──。
もっと、深く──。
遠くでりんおねーちゃんの声がした。
「いや、深すぎやろ!絶対ないわ!」
大きな穴の中で美雪が叫んだ。
「え〜この辺やと思ってんけどなぁ。」
壮のとぼけた声に苦笑する。
「お前、ほんまは覚えてないんちゃうん…。」
「ほんまにこの公園なんかも怪しいわ。」
美雪がスコップを放り投げて穴からよじ登ってきた。このゴリラは小さなスコップひとつで大きな穴を作った。
「つーか何で私が掘らなあかんねん。男共が掘るべきやろ、本来。」
「いや、お前が一番力あるやん。ゴリラやねんから。」
「誰がゴリラやねん!」
美雪のキレのいい声が響きオチがついたところで暗くなった周りを見渡した。人の影はないがもし穴だらけの公園を見られてしまうとかなりまずい。
「なぁ、今日のところは諦めようや。」
「…つーか、やっぱ無理やって、私覚えてないもん、こんなとこに埋めた記憶ない。そもそもタイムカプセルの記憶もないし。」
「…幼稚園の散歩の時間にここの公園に来てん。そんで先生に見つからんようにこっそり掘って埋めたんや。」
「…5歳児にしては随分計画的にやったんやな。」
「なんでタイムカプセルの話になったんかは僕も忘れたけど…でもたしかにこの公園やったと思うねん。思うねん、けど…なぁ…。」
美雪の鋭い目に睨まれ後半の壮の声は小さくなっていった。
はぁ。ため息をついて空を仰いだ。真っ暗な空には星がひとつだけ煌めいていた。
俺たちは結局何にも思い出せてないのかもしれない。あの時の想いも言葉も。
「帰ろうや。」
時刻は23時を回っていた。運が悪ければ補導される。そうなってくると内申にも響くだろう。やーめた、という美雪の声でぞろぞろと公園の出口へ向かう。と、その瞬間甘い香りが鼻を掠めた。
これ、きんもくせい、っていうんだよ。
「……あ…。」
立ち止まった俺を美雪と壮が振り返る。
「たっちゃん?」
「どうしたの?」
「…これ、きんもくせい、だ……。」
鮮やかなオレンジ色が目に彩る。
甘く甘く鼻を刺激する。
あたし、好きなんだ。きんもくせい。
あの時のきんもくせいは金木犀だったのか。
そうだ、俺はその横顔に
じゃあ、この下に埋めよーや!
と叫んだんだ。
「美雪、スコップ貸してや。」
「え……いいけど…。」
美雪のスコップはずっしりと重かった。先を土に差し込んで金木犀の根元を掘り始める。
「た、たっちゃん!?」
「そこにあるん?」
「…分からん。けど…たぶん。」
深く深く──。
もっと、深く──。
ザクザクと掘る音だけが眠った公園に響く。
「た、たっちゃん、私掘ろか?」
美雪が心配そうに聞いた。
こういうのは男の子がやりなさい!
ほら、たっちゃんと、そうくん。
あたしとみゆきちゃんはここで見物〜。
ちぇっ、なんやねん。ゴリラのくせに。
だ、誰がゴリラやねん!
あはは。こらこら!
りんおねーちゃんの笑い声が公園に響く。
そうそう、たっちゃん。
深く深く──。
もっと、深く──。
「…お前は女の子やから。」
「たっちゃん…。」
「ゴリラでも、ちゃんとメスゴリラやから。」
「…たっちゃん。ちゃんとメスゴリラって何?」
美雪の冷たい声が耳を突き刺した時、スコップがカチン、と音をたてた。
「……あっ、た…。」
「……嘘やん。ほんまに…?」
「やっぱり!な、ゆったやろ!?」
あぁ、深くなんかない。
当時、とても深く深く遠かったものは、こんなにも浅く浅く近いものだったのか。
土まみれの銀色の箱はギィッと重い音をたてて時間を溢れ出す。
たくさんの紙切れと当時の宝物。
汚くぼろく1円の価値もないだろうがあの時は大切でたったひとつだったのだろう。
「…これ幼稚園のレゴやん、園長先生に殺されるわ。」
「うわ、だいぶ勇気あるなぁ。」
「うんこ型スーパーボウルは…美雪のやろな。」
「あはは、ほんまや!懐かしい〜。」
最強キャラのカード。
漫画の付録。
何かのキャラのストラップ。
入れた覚えもなければ持っていた覚えもない。いや、うっすらあるような、ないような。当時、大切だったもの。当時、その、全てだったもの。それは今じゃ小さながらくただ。
「…じゃあ、手紙読もうや。」
宝物をひととおり見終わって壮が紙切れを集めた。
「それが、高校三年生の自分たちへの手紙?」
「うん。」
それなら3枚でいいはずなのに紙切れは8枚もあった。
1枚ずつ表には名前が書いてあった。汚い字、というよりは一生懸命書いた字、だった。
こうこうさんねんせいの まつばら たくおさま
こうこうさんねんせいの きたみ そう さま
こうこうさんねんせいの はしもと みゆき さま♡
29さいのりんおねーちゃんへ たくお そう みゆき♡より
そして綺麗な楷書で
高校三年生のたっちゃんへ
高校三年生の壮くんへ
高校三年生の美雪ちゃんへ
29歳の私へ
もうどこにもいない差出人からの手紙が12年もの間ずっとずっと甘い香りに包まれていたのだ。
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