7月28日 午後0時47分 さいたま市大宮区大成町

 鉄オタ、宮部仁みやべじんの孤独な戦いは以前続いていた。

 オタクはどの分野でも孤独である。慣れていた。

 友人の寝坊のあとは車内での停電だった。

 車内はそれほど混み合っていなかったものの阿鼻叫喚だった。真夏である。しゃがみ込む女性の客。つり革にしがみついたま項垂れそのまま死んでしまいそうな高齢の男性まで居た。

 埼京線に譲りあうとか、お互いを尊重し思い合うといった博愛の精神は一切なかった。

 あるのは、ひと駅分でも座る。降りやすい出口の近くを死守し確保する。次の犠牲者は誰だ?群れる草食動物が行う戦いそのものだった。

 埼京線は平時における有事、戦場そのものだった。

「えー現在、当電車、停電の為停車中ですが先程中央制御室より連絡が入り、大変長らくおまたせしたお客様を降車させて頂く運びとなりました。 車掌と運転士が案内いたしますので、順次、下り前方の前の非常出口にお進みください。」

 車掌が怒鳴って、回った。

 もう大宮の駅まで500m程度の筈だ。

 車窓の風景で分かる。

 宮部仁には、大宮の鉄道博物館も停電しているという考えが完全に欠落していた。

 このまま、だらだら倒れそうな客とともに前方まで行って脚立で降りて、列になってお気をつけくださいとか、言われながらゆっくりと線路をバターン死の行進するなど、我慢がならなかった。

 中学生と鉄オタを舐めるな!!。

 トーク・イベントまでのこり12分程度。走れば間にあう。

 宮部仁は、e233系の各車両にある非常ドアコックを熟知していた。

 停電の中、こじ開けると、線路に飛び降りた。

 オタクの一般的な例に従い、宮部も運動は苦手だった。

 飛び降りたのは良かったが思っていたとおりきちっと足だけで着地できず、手をついてしまった。線路のバラストは灼熱の熱さをしていた。一人先に飛び降りた者への火刑だった。

「ぎゃっ」

 思わず声が出た。

 と同時に車内から痴漢発生率全国トップ・クラスの埼京線ならではの変な声が出た。

「一人逃げたぞ」

 そんなものに構う宮部仁ではなかった。

 厄介事やいやなことから離れる場合は逃げるというが、目的に向かっている場合は、努力しているとか走っているという。

 大量の汗を撒き散らしながら、一人大宮駅に向かい、いや正確には鉄道同博物館に向かい疾走した。

 いやそのつもりだった。

 もっと正確にはデブがもがきながら灼熱の埼京線の線路を北に急いでいた。

 埼玉県は都心から離れ北に行くほど土地も風土も人心も荒れる。

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