(13)天使の紋章は勇者の証

「どうやら大勇者殿の見当は外れたようだな。おいっ、しっかりしろ。こんなところで呆けてもらっても困るんだ」


 前王は床にへたり込んでいる召喚勇者のひざを軽く蹴とばした。それでも、彼は表情ひとつ変えない。相当なダメージを受けたようだ。ぽかんと口を開き、目は呆けたように膜がかり焦点が怪しい。


「おい、しっかりするんだ」


 体を揺するが、ぐらんぐらんとされるがままの大勇者。

 しょうがないので、前王は宰相に顔を向けると「今日はこれまで」と手紙電話を中止する。


「また連絡をするかもしれんから、手紙は処分せずにいてくれ」

「はい、承知しました」


 お辞儀と同時に映っていた姿が消える。手紙電話は簡単な魔法を使うのだが、その効果は三日できれる。それまでは送り主から声をかければ、受け取り側の手紙が光るなどの反応を示すので、それを合図にやり取りが可能だった。


「デビー、こいつの情報には、どの天使が勇者に任命したか載っているか」

「お任せください。すぐに判明しますよ」


 前王の指示にすぐに巻物を広げるデビー。指で字をなぞって確認するが、どうやら任命天使の名は載ってなかったようだ。肩を落として、「分かりませんです」としょんぼりする。


「いいさ、ありがとう。他にも知る方法はある」


 前王は答えると、ぴくりとも動かない勇者の襟元をつかむ。


「体のどこかに勇者の印があるはずだ。押された紋章を見れば、どの天使がこいつを勇者に任命したかわかる」


「そうでした。デビーも探します」


 はりきって勇者の服をひっぺがすデビー。

 と、呆けていたはずの勇者が急に我に返り、その場で飛び跳ねて怒鳴る。


「なにしやがる、変態悪魔め」

「むっ。失礼ですね。デビーたちは協力してあげているのです」

「そうだぞ、お前。任命天使が分かれば、元の世界に戻る方法が聞けるかもしれんだろ」


 元の世界に戻る!

 この言葉に勇者は即座に反応した。目をキラキラさせ顔を輝かせる。


「本当かっ。それを早く言えよ。ほら、ここに印はあるぞ」


 ぐいっと右腕のインナーをまくる。腕には銀色で記された天使の紋章がはっきりと記されてあった。しかし、その紋章を見た瞬間、前王の顔には嫌悪の表情がありありと浮かぶ。


「げっ、よりによってこいつかよ」


 最悪、最低、超うんざり。

 前王は見るのも嫌だと紋章から目をそらす。

 その様子に、デビーも「どれどれ」と首を伸ばした。


「わっ、なんと剣の紋章。これって……」


 デビーが遠慮がちに前王を見上げる。

 勇者の腕にあったのは見覚えのある剣の紋章だった。


 この紋章が示す天使は、かつて別にいた。それが、王笏おうしゃくの紋章を使っていた天使がいつの間にか紋章を変更して、今ではすっかり剣の紋章を記す天使として定着してしまう。


 そのことが前王は不快だった。横取りも等しいからだ。

 前王は見るだけで目まいがすると言って、額に手を当てた。


「なんでこいつなんだ。こいつが大勇者殿を異世界から召喚したってことになるのか。そんなことまでやるようになったのかよ、あいつは」


「俺だってよく分からないけど」


 前王の反応に戸惑いながらも、勇者は説明する。


「ある日、目が覚めたら大天使だって言う、金髪で鎧を着た背の高い男がいたんだ。そいつがいきなり、『きみは勇者だ。魔王を倒せ』って言ってきてさ。わけわかんないうちに腕に印を付けられてた」


「説明はそれだけだったのか」


「そうだよ。詳しい説明なんてなかった。でも、旅の途中、魔王を倒せば元の世界に戻れるって噂を聞いて、とにかく帰りたい一心で魔王を倒したんだ」


 それでも帰れなかった。

 落ち込んでいると、隠居したという伝説の魔王の存在を知った。


「そいつを倒せば、今度こそ帰れるんだと思った。でも……」


 そこまで言うと勇者は顔を伏せてしまう。

 前王はもちろん、デビーもその姿に同情する。


「かわいそう、ロンリー。魔王さま」

 眉根を寄せて見上げるデビーに、前王は大きくうなずいた。

「気の毒な話だ。よし、わたしがビシッとあいつに言ってやる」

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