(10)伝説魔王さまの意外なお姿

「俺の目的は伝説の魔王を斬ることだ。五百年間無敗を誇り、一人の大勇者も出すことがなかった最強の魔王。そればかりか、屈強な勇者たちを篭絡して、味方にまでつけたという恐ろしい魔王が相手なんだ。こんなチビ、相手にしている暇はない」


 つんと澄ましてそう言い放つ勇者に、デビーがムッとした表情になる。


「おい、デビーをばかにするのか。デビーだって名のある悪魔なんだぞ。ぜったいお前より強いんだからな!」


「ふん、俺は魔王を倒してうちに帰るんだ。小悪魔なんかに興味はないね」


 篭絡……しただろうか。

 勇者と小悪魔がにらみ合う中、前王は記憶を辿っていた。


 たしかに顔を合わせたとたん、戦意が失せたと言い出す勇者は多かった。

 下僕にしてくれと言ってくる奴もいた。後日、菓子折りをもって訪ねてくる奴もいたし、最近も顔を見せに来る元勇者がいないこともない。


「ふむ、最強の魔王か」勇者にそう言われると悪い気はしないものだ。

「なんか照れるじゃないか。そう褒めるなよ。普通にしていただけだ」


 謙遜する前王。召喚勇者は、「褒めてねぇよ」と怒鳴り返す。


「俺はそいつを倒さなくちゃいけないんだ。どこにいる。ここが棲み処なんだろ」


 こぶしを握り締め、決意に満ちる顔をする大勇者は、「早く奴を出せ」と怒鳴り散らす。


 これに前王はぽかんとする。なんだか……?

 すると、これまで黙って話を聞いていた宰相が口を開いた。


「薄々、察しはついておりましたが、どうやら大勇者殿は勘違いをしておられるようですね」


 宰相はにやりと笑う。どこか得意げな笑みだ。

 大勇者が当惑をみせると、彼の笑いはさらに広がった。


「大勇者殿」


 そう言って、わずかに間をとる。

 注目を集めると、彼は重々しく高らかに言い放った。


「フハハ。驚くがいい。目の前に居られる息も止まるほどの絶世の美女こそが誰であろう、あなたが探している伝説の魔王さま、その人であられる」


 沈黙。窓の外で鳥が鳴いた。


 そして。


「なんだって! こ、こいつがっ」


 召喚勇者は腰を抜かした。

 目を真ん丸にすると、ぷるぷると震える指を前王に突き付ける。


「俺は、てっきり魔王の愛人かと思ってた。年齢不詳の人食い魔女なんだと」

「誰が人食いじゃ」

「だ、だって!」


 なんだ、こいつ。どうりで話が噛み合わないと思った。

 前王は本日一番の大きなため息を吐きだした。


「おい、ロンリー。お前、バカなのか。艶めく漆黒の長い髪に、英知に輝く黄金の瞳、透明感あふれる肌は白く、お声は人魚たちも恥じるほどの美しさ。このお方が魔王でなくて、誰が魔王であろう」


 ああ、うっとり。デビーは陶酔した笑みを浮かべる。

 その横で、勇者はあんぐりと口を開けて硬直する。


「そんな。伝説の魔王だぞ。伝説の魔王っていったら、もっと邪悪で巨大で、おぞましくて、汚らわしいんじゃないのか」

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