(11)慈悲深いのです、魔王さま
前王は褒めているのか侮辱されているのかわからない勇者の発言に、苦笑いした。つまりは、理想の魔王らしくないと言いたいわけか。
「悪いが、お前の探している伝説魔王は、わたしで間違いないと思うぞ。がっかりさせたようですまないがな」
「がっかり……、いや、べつにお前だろうと誰だろうとかまわないんだ。俺は元の世界に帰りたいだけなんだから」
お前を斬る。そう言って剣に手をやる勇者に前王は、
「倒してくれていいぞ。それでお前の望みが叶うならな」
「えっ」
声を上げたのは勇者だけではなかった。デビーも同じように驚くと、慌てて前王のもとに駆け寄る。そして、むぎゅっと前王に抱きつくと、その胸に顔を埋めた。
「ダメですよぅ。魔王さまが斬られるところなんて、デビーは見たくありません」
「おい、邪魔をするな。斬られたことがないからわからんが、ピリッと軽いやけどほどの痛みなんだろ。それで、この勇者殿が元の世界に帰れるなら、返してやろうじゃないか」
「ダメダメ。魔王さまはお優しすぎます。聖剣で斬られると、とっても痛いって聞いたことがあります。なんでも、脂汗ものの腹痛に襲われたときと変わらないとか」
「魔界ガキにあたったときと同じか。あれは、体力の消耗は激しかったな。真剣に死を覚悟した」
「そうです、そうです。あんな思いは二度としないでください。絶対にダメです」
「でもなぁ、デビー」
そう言って、前王はデビーの肩を掴んで引き離す。
「わたしがちょっと斬られるだけで、こいつは自分の世界に帰れるんだぞ」
慈悲深い顔で覗き込まれ、デビーもしぶしぶ顔を上げる。
「ぐすん。魔王さま……、なんて高潔なお人なの。自己犠牲の権化です」
「分かってくれるか。では、さがっていなさい」
「はいです、魔王さま」
前王は寛大な笑みを浮かべた。本音は、召喚勇者が帰還するときってどんな感じだろうという好奇心から倒されてみる気になったのだが、詳しく話す必要はない。
目の前でいきなり消えるのだろうか。
それとも誰かがやって来て、彼を連れて行くのだろうか。
「待たせたな、召喚勇者殿。気にせず、ズバッとやればいいぞ」
「い、いいんだな。動くなよ」
「ああ、動かんよ」
苦渋の顔をして剣を抜く勇者。刃を見れば、さすがに聖剣だけあって、独特のオーラを発していた。鞘から抜かれただけで、空気がピリッとして皮膚が陽に焼けたようにヒリヒリする。
「ほら、ちゃっちゃと終わらせよう。君は自分の世界に帰りなさい」
「う、うん」
聖剣を構える召喚勇者。
その姿を確認すると、前王は両腕を広げ、ゆっくりと目を閉じた。
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