第三十七話 ワクチン


 データの移行が終了した。

 切り替えは、平行作業で行える。ホットスタンバイのような物だ。


 接続は、RS-232Cを使っている。PC-88シリーズでもRS-232Cなら接続ができる。ケーブルが接続された状態で、モデムに繋がっている。モデムが接続状態になっているので、モデムを経由してダンジョンを維持している。

 モニター上には、PC-88が制御を行っている状況が表示されている。


 移行した端末を起動する。


 移行した端末の起動が終わって、ダンジョンに接続が行われる。


 通常のシステムよりも、簡単に切り替えができる。

 データを移行したパソコンに処理が流れ始める。処理が早い方に流れるのは当然の事で、PC-88での処理は少なくなっていった。


 1時間後には、PC-88には処理は流れてこなくなった。

 モニターに処理が表示されなくなってから、更に1時間が経過した。


 モデムのLEDも光っていない。


 モデムを外して、PC-88のモニターを見ると、コネクトが切れた情報が流れた。


 よく見ると、このプログラムは知っている。

 ”草の根BBS”を構築するためのプログラムだ。使った事があるから解る。


「エイダ。ウーレンフートへの接続を頼む」


『否』


「どうした?何かあるのか?」


『はい。黒い石のサーチを行います。全階層の確認の為に、4時間必要です』


 4時間か?

 仮眠を取るか?移行中に、モニタールームの調査をした。面白そうな物はなかった。

 動いていたこともあるが、少しだけ眠い。


「わかった。隣で寝ているから終わったら起こしてくれ」


『了』


 隣の部屋に戻ると、野営用の道具で休める場所が確保されている。


「カルラ。エイダが起こしに来ると思う。そうしたら、教えてくれ」


「かしこまりました」


「兄ちゃん!」


「カルラと交代で休んでくれ、多分、4-5時間だと思う」


「わかった」


 アルバンとカルラには、移行を待っている間に、転移の確認だけを行ってもらった。ボス部屋の問題の確認や、入ってこられない状況になっているのか確認を行ってもらった。


 報告は、モニタールームで受けていた。

 転移は、問題なく動作していたが、戻ってくるのにボスを倒さなくては問題が出てこない。弱めのボスに切り替えていたから、苦労はしなかったようだが、何度も行うべきではないと判断した。


---


「旦那様」


「終わったか?」


「はい。エイダが戻ってきました」


「ありがとう」


 簡易テントから出ると、アルバンがエイダを抱えていた。


「黒い石は見つかったか?」


『はい。5階層と10階層にありました』


「場所は?」


『わかります』


「アル。5階層と10階層なら、大丈夫だな?」


「うん!」


「エイダを連れていけ、カルラ。サポートを頼む」


「・・・。はい」「兄ちゃんは?」


 カルラは、俺のサポートで残りたいのかもしれないが、アルバンが少しだけ心配だ。


「俺は、ワクチンを開発する。そのあとで、ウーレンフートに繋ぐ」


 動きを説明してから、アルバンがエイダを抱きかかえたまま、移動を開始する。

 カルラも、同じように移動を開始する。5階層と10階層なら、アルバンだけでも大丈夫だと思うが、ダンジョンに出て来る魔物だけが敵ではない。5階層辺りだと、素行がよくない奴らが居る可能性がある。

 カルラと一緒だと余計に目立つが、アルバン一人で動くよりはいいと判断した。二人なら、エイダのスキルを使わなくても、逃げることはできるだろう。


 さて、黒い石がウイルスだと解った。

 自己増殖型だ。侵入経路は、それほど賢い感じではない。やっていることは複雑に見えるが単純な動きだ。


 指紋が解ったから、モジュールの一部を破壊するだけで、動作しないようには、できるだろう。

 消し去る必要はないだろう。こっちも、ワームで対処を考えるか?


 ん?

 そうか、ダンジョンの魔物にワクチンを持たせて、黒い石と同じ”指紋”が見つかったら、モジュールの一部を破壊する様にしてみればいいか?


 ダンジョン内での増殖は不可能になる。

 全部に付与する為に、小さくする必要がある。検索抱けして、駆除は別にすればいいのか?


 ワクチンというか、侵入させなければいい。単体で動作するようにしなければならないのか・・・。


 どっちの方法でも、一長一短だ。

 他にも、方法があるはずだ。


 ダンジョンのセキュリティを高めるのが先だな。

 簡単な方法だけは実装しておくか・・・。パリティチェックを組み込もう。チェックサムを組み合わせる位なら難しくない。


 ルータも強化するか?

 でもルータは、ウーレンフートに戻ってからだな。ダンジョンが繋がるとは思っていなかったから、ルータの設定がおろそかになってしまっている。


 あ!

 そうか!


 持ち込まれた物を調べるようにすればいいのか?


 そうしたら、持ち込んだ奴が特定できる。


---

 アイテム探索プログラム開発中

---


 アイテム袋を持たれると、中身までは調べる事ができない。アイテムの一意性の確保は難しそうだ。


 キーになりそうな物が見つかればいいけど・・・。

 ん?アイテムのデータに、余剰がある?なんだ!これは?


 アイテムデータの最初は特定の種別を示しているようだ。まだ、データが少ないから判断はできない。だけど、データの最後にバイナリで見ると、”0x00”が繋がっている。

 必ず、16バイト以上の0x00が繋がっている。

 バッファか?


 アイテムの一意性を確保する為のキーを見つけるのが先だが・・・。


 自分の持っているアイテムで武器には、0x00が繋がった領域がある。

 バイナリを追加してみると、指定した武器が壊れた。


 そうか、チェックサムがあるのだな。

 ヘッダー部分かフッター部分のどちらかだとは思うけど、いくつかの武器と防具で確認してみる。


 ヘッダーだな。チェックサムらしき物が存在している。次は、チェックサムの計算方法だけど、通常のEXEと同じでやってみるか?


 あ!

 そうか!


 こんな簡単な事に気が付かなかった。


 魔物にチェックサムを付ければいい。ポップした魔物でも、ダンジョンプログラムで管理を行っている。体力を含めた各種のパラメータ、バフ・デバフの管理が行われている。

 パラメータ部分を除いた部分を使ったチェックサムを作成すればいい。

 それなら、ダンジョンプログラムで対応が可能だ。処理速度にも影響が少ない。ポップする部分にパッチを入れればいい。


 チェックサムエラーが発生したら、近くのアイテムを調べればいい。そして、本体はリソースに還元すればいい。

 そこから、ワクチンを発動していいだろう。接触感染での感染が確定している状況だから、学習させればいい。


 いくつかのプログラムの複合になってしまうけど、一つ一つは小さいモジュールに出来そうだ。


 次いでだから、アイテムのデータ解析も行っておこう。

 まずは、データを集めて・・・。


 パワーが足りないな。


『マスター!』


 エイダからの連絡が来た。


『どうした?』


『黒い石の排除が終了しました。前室に戻ります』


『わかった。ラスボス前で連絡を入れてくれ、ボスを弱くする』


『了』


 3時間後に、ボスの前に到着したと連絡が入った。

 情報はエイダが持っている。最短で最下層まで来るのは簡単だろう。


 ボスをゴブリン1体に変更してから、ボスの部屋に突入させた。

 簡単に倒して、問題を解いて・・・。


 戻ってきた。


『マスター。まだ感染が行われていない、黒い石がありました』


「大丈夫なのか?」


『はい。マスターが作ったワームで無力になりました』


 俺が作った?

 そうか、使ったSurfaceはエイダと繋がっているのだったな。

 それなら、俺が作った物を使うことはできただろう。異常系を簡単に組み込んだα版に毛が生えた程度の物だが、エイダが使うのなら問題はないだろう。リリース版は作っていなかった。デバッグ版で動かしたのか?


 それなら・・・


「消滅はしなかったのか?」


『はい。モジュールの破壊が成功しても、黒い石のままです』


 まだ何か、仕掛けがあるのだろう?

 でも、チェックサムやパリティチェックが組み込まれていないのなら、やりようはいくらでもありそうだ。


「エイダ。デバッグ版なら、動作ログは吐き出されただろう?転送してくれ」


『了』


 動作ログが流れて来る。

 黒い石のデータ領域も流れてきた。


 え?

 あぁ・・・。なんだかなぁ・・・。難しく考えすぎた。

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