第三十五話 ボス戦


 最下層を目指すのは、初めから決まっていた。


 全速ではないが、魔物が出てきた場合でも、対処が可能な状況を維持しつつ、最速で最下層を目指す。

 エイダには、全力で索敵を行ってもらっている。


 アルバンも、カルラも、問題はなさそうだ。


 最下層の直前(だと思える場所)に、ボス部屋が設置されている。

 アルバンが、躊躇なく扉を開ける。俺とカルラを見たことだけは褒めてあげるが、開ける前に一言くらいは欲しかった。


 ボスは、黒い靄を纏っていない。


「相手は、キングエイプ。エイプ種の手下を5体」


 カルラがボス部屋を観察して報告を上げる。

 目視できる場所には、キングエイプしか見えない。カルラが、言っているのなら、キングエイプの後ろにでも控えているのだろう。


「兄ちゃん!おいらに、キングエイプをやらせて!」


「カルラ。サポートを頼む。アル。一人ではダメだ。カルラのサポートを受けるのなら、許可する」


「わかった。姉ちゃん。お願い」


「かしこまりました」


「エイダ。俺とエイプ種をキングエイプから引き剥がすぞ」


『了』


 アルバンが飛び出していくが、カルラがしっかりと後ろからついていく、キングエイプの攻撃動作をしっかりとキャンセルしている。


 俺とエイダは、後ろに控えていたエイプ種5体のヘイトを管理する。

 難しくはない。5体にスキルを浴びせる。キングエイプに当たらないように調整するだけで十分だ。俺たちに意識が向いた所で、アルバンとカルラが居る方向とは逆に走り出す。

 エイプ種は、しっかりと釣れた。


「エイダ。やれるか?」


『了』


 エイプ種を見ると、上位種は居ない。変異種が1体だけだ。


 これが最下層のボスなのか?弱すぎる?


 エイダがスキルを発動する。


 一撃では、倒せない。

 エイダのスキルは、それなりの威力がある。エイプ種が耐えられる威力ではない。半数は、倒せると思っていたが、一体も倒せないのは、計算外だ。


『マスター。エイプ種は、変異種です』


「変異種?通常のエイプと同じだぞ?」


 変異種や上位種は、色や顔つきが違っている。

 目の前の、エイプ種は一体を除いては、通常のエイプと同じだ。


『マスター!』


 エイダの声で、思考が戻ってきた。

 そうだ、考えるのは後だ。


「エイダ。エイプ種を引き離すぞ!もしかしたら、変異種に見えるエイプが本当のボスかもしれない」


『是』


 アルバンとカルラを見ると、問題はなさそうだ。

 キングエイプとは何度かダンジョン内で戦っている。多少は、強くはなっているようだが、想定の範囲内だ。


 後ろに居たのは、従えていたわけではなく、本当のボスが変異種に見えるエイプなのだろうか?


「俺が、変異種に当たる。他の4体を頼む。倒す必要はない。アルバンとカルラが駆けつけるまで持たせろ」


『了』


 大廻で、変異種に見えるエイプに肉薄する。

 見た目は、変異種だが確かに違う。これは、エイプなのか?


 今、俺を見た。

 ダンジョンの中に居る魔物との戦闘は、それほど難しくない。ヘイト管理が、外に居る魔物や人よりも格段に楽だからだ。

 でも、変異種は俺が攻撃を仕掛ける前に、俺を見た。ダンジョンの中では発生しない事象だ。ウーレンフートのダンジョンの様に、パターンデータを改変してあったり、パターン学習をさせてあったり、戦闘データから学習させているような状況で無ければ、外から魔物を連れてきて、育てる必要がある。


 理由は解らないが、こいつ変異種が最強だ。

 戦闘が開始したら、入口が閉まった。それに、俺たちが攻撃を開始するまで、動かなかった。いくつかの状況から、この6体がボスだと言っている。しかし、違和感しかない。イレギュラーな状況だ。


 変異種は、通常のエイプの変異種では考えられない位に強い。

 速度は、同じ程度だが、力が数倍は強い。動きは、エイプ種と変わらない。力だけが強くなっている?


「アルバン!カルラ!キングエイプが終わったら、エイプ種を頼む」


「うん」「はい」


 え?

 エイプが、放出系のスキルを使った?


 動きに翻弄されなければ対処は可能だ。

 じっくりと削っていく!


 アルバンとカルラが、キングエイプを倒した。

 これで、エイダの負担が減る。


「エイダ!解析!」


『了』


 エイダも解ったのだろう。

 カルラとアルバンが、エイプ種に接近して、攻撃を開始した瞬間に離脱して、変異種の解析を行う。


『マスター!変異種は、キングエイプの3倍の体力。力は、5倍。スキルは解析失敗。複数の所持を確認』


「わかった」


 想像以上だ。

 勝てない相手ではない。カルラとアルバンも、エイプ種の相手をしている。向こうも余裕はないが、問題はなさそうだ。


 俺も、ゆっくりはしていられない。

 武器を取り出す。


 エイプの変異種。

 これからは、今までとは少しだけ違うぞ!


 武器を持った俺に、変異種は構えを変える。

 やはり、通常のダンジョンで発生するボスの動きではない。ウーレンフートで設定したから解る。これは、戦闘訓練やデータを組み込まれた個体だ。


 刀を構えながら、スキルを発動する。

 意表を付くような攻撃には対応が(まだ)できないようだ。


 高位のスキルが来ないと判断したのか、スキルを無視して突っ込んでくる。

 いい判断だが、もう少しだけ賢くなって戻ってこい。これは、悪手だ。


 肉薄する。変異種の足にスキルを集中する。風属性のスキルだ。無視して突っ込んでくる。スキルは、変異種の皮膚で弾かれる。その後に、同じ風属性のスキルを腕に放つ。今度は、雷属性を付与した物だ。


 無視して、俺の首を掴もうとしたエイプの腕にスキルがヒットする。

 風属性のスキルは、皮膚に弾かれる。しかし、雷属性のスキルがエイプの身体を痺れさせる。ほんの少しの時間だが、動きが止まる。俺には、十分な時間だ。


 エイプが俺を掴もうとした腕を、切り落とす。

 絶叫がボス部屋に響き渡る。


 え?


「兄ちゃん?」


「あぁ・・・」


 通常なら、腕の一本を切り落としても、ボス戦が終わることはない。


 アルバンとカルラも、不思議な状況に混乱している。


「エイダ!」


『解析失敗』


 エイダでもダメ?


 俺が腕を切り落とした変異種もどきが絶叫を上げた。

 ここまでは、想定していた。


 問題は、カルラとアルバンが相手していたエイプたちが、黒い靄になって消えてしまった。


 変異種も、腕だけを残して黒い靄になった。


 カルラとアルバンが倒したキングエイプに黒い靄が集まっていく。

 復活するのかと構えたが、復活する様子はない。


 数秒後に、魔法陣が現れた。

 これは、ボスが討伐された証拠だ。この時点で、腕が有った場所にドロップが現れる。腕は通常のボス戦の様に消えている。


 キングエイプは、魔法陣が現れた瞬間に黒い石を残して消えてしまった。


 ボス撃破の報酬はしっかりと出ている。


 最下層に繋がる魔法陣が表示されている。上に戻る為の魔法陣もある。


「エイダ。魔法陣を調べてくれ」


『了』


 エイダが解析を始める。

 アルバンとカルラは、ボス部屋の様子を調べるが、黒い石が残された以外は、通常のボス部屋だ。


『マスター。通常の魔法陣です。赤が下層への魔法陣で、青が1階層への移動です』


「わかった。下層に移動するぞ」


「兄ちゃん。黒い石はどうする?」


『マスター。確保をお願いします』


「どうした?」


『マスター。スキルの痕跡があります。今までの物とは違います』


「触っても大丈夫か?」


『大丈夫です。結界で覆いました。スキルが漏れないようにしました』


「わかった」


「旦那様。私が持ちます」


 カルラの申し出は嬉しい。

 しかし・・・。


 カルラを見ると、アルバンに持たせるのは、何かあった時に対応が難しい。俺は、論外だといいたいようだ。エイダでは、スキルがウイルスなら被害が大きくなりすぎる。カルラなら、異常状態の耐性が強いだけではなく、対応も慣れている。


「わかった。カルラ。頼む」


「はい」


 カルラが、黒い石を持ち上げる。

 エイダが結界を張っているので、手から少しだけ浮いているのが不思議な状況だが、異常はなさそうだ。スキル発動にトリガーが必要なのかもしれない。

 俺が持っている容量が小さいマジックバッグをカルラに渡して、使うように指示する。中身には、何も入っていない。大丈夫だとは思うが、トリガーが解らないだけに、用心は必要だ。

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