第三十六話 権利と義務

 冒険者組合が用意した宿屋は、かなり上等な物だと思う。

 食事もかなり高級な物なのだろう。だが、味がしない。宿屋の主人に礼を言ってから部屋に戻る。部屋には、今、判明している事がまとめられている物が置かれている。


 これを、ビルドアップしていくしか無いのか?

 もう少し、アップデートしやすい感じにまとめ直すか?


 羊皮紙が大量に・・・いや、和紙を作ってしまおうか、あぁタブレットかパソコンが欲しい、こっちの世界にて、12年が過ぎたかなり慣れたが、メモを作成したり、簡単な覚書をする時に、スマホとは言わないまでも、タブレットかパソコンが欲しい。○ASYSポケットとかで十分なんだよな。ZER○3でもいいけど、ToDoを管理して、メモを作成する、その上で、思考をまとめるためのマインドマップを作る。手書きのマインドマップでも十分だとは思うのだけどな。


 思考を戻そう。今、解っているのは・・・。


 ライムバッハ家を憎く思っていたものが居た、その思惑に、リーヌス・フォン・ルットマンが利用された。

 ルットマン家は、完全にリーヌスの暴走に付き合う形になってしまった。母親が、溺愛していたという事から、思考誘導されたのだろう。確か、廃嫡されたはずだし、復帰させるための方法だとでも言われたのだろう。


 当面の的は、ヘーゲルヒ辺境伯。たしか、ライムバッハ家とは敵対関係だったはずだ。

 ”絵”を書いたのが、ヘーゲルヒ辺境伯だとは思えない。状況から考えて、”黙っていた”と、考えるのが妥当なのだろう。王都との距離の差があるとは言え、対応があまりにも早すぎる。報告書には、事件の3日前。ラウラとカウラが、王都を出る前に、娘である。ルットマン第一夫人を切り離した。事件発生と同時くらいのタイミングで、ルットマン子爵家の派閥からの離脱を発表。それも、ルットマン子爵家からの要請だと書かれている。

 そして、襲撃の翌日には、ルットマン子爵家の領地の再構成案を提出して、新しく男爵になる数家で分割する形での、領地案を王家に提出している。


 1人で、ヘーゲルヒ辺境伯の全員を相手にする事を考えれば、力不足なのは理解できる。


 情報も欲しい。帝国の情報がまったくないのが居たい。

 ボニート・ルベルティは、殺すしかなかった。奴が連れていたクズどもは、帝国に関しては、ほとんど何も知らなかった。


 ”あの方”と呼ばれた人物

 帝国に居ると考えられるが、不明。

 性別不明。年齢不明。本名不明。

 解っているのは、エタン/ブノア/クラーラの”上司”だという事。そして、ボニートに”力”を与えた。光魔法で滅んだ所を考えると、多分だが、闇属性なのだろう。アンデットを作る事ができるのか?生者をアンデッドにしたのか?闇属性を調べていけばわかるだろう。もしかしたら、闇属性が”あの方”に繋がる。道筋なのかも知れない。


 どうせ、帝国に問い合わせても返答が来るとは思えない、しかし、やらないよりはやったほうがいいだろう。俺が、”あの方”を探している事が、相手方に伝わる事で、何らかのアクションがあるかも知れない。


 これからの事も考えよう。最終目的は決まっている、”あの方”の排除だ。そのためには、最低でもクラーラに届かなければならない。


 差がどのくらい有るのか、今の俺にはわからない。

 わからないからと言って、立ち止まってしまえば、目標を果たすことができないのは解っている。見聞を広げよう。冒険者としての名声を上げよう。ボニートの話から、”あの方”がトップの組織がある。力あるものが上に行くようだ。それなら、力あるものへのアクションが有るのかも知れない。奴らの組織が一枚岩なら、ダメだろうけど、そうじゃなければ、クラーラやエタンやブノアへの対抗手段として、強くなった俺を求める可能性だってある。


 そうだ!

 強くなる。


☆★☆ ユリウス Side


「ギル。アルがどこに居るのかわかるか?」

「冒険者組合だと思うぞ」

「そうか、すぐには帰ってこないよな?」

「あぁそう聞いている」


 ギルが、どこからその情報を仕入れたのか聞きたいが、今はアルが居ないのが丁度いい。


「クヌート先生。少し時間をください。ギル。ギード。ハンス。も、一緒に来てくれ」

「クリス。エヴァたちは大丈夫か?」


 奥から、クリスの声が聞こえてくる。


「問題ありませんわ」


 エヴァが帰ってきたのはちょうどよかった。


「エヴァは?」

「ユリウス様。わたくしよりも、エヴァンジェリーナ様の事を気にされるのですね」

「クリス。何を言っている」

「いいえ、解っておりますわ。わたくしなぞ」

「クリス!」


 クリスをにらみつける。


「やっと、顔をあげられましたね。ユリウス様。アルノルト様の事が気になるのはわかりますが、下を見てばかりでは、いけませんわ。アルノルト様に、無理に笑わせて、わたくしたちが、アルノルト様に気を使わせてどうするのですか?ユリウス様。違いますか?」

「なっ俺は、だから俺は」

「”だから”何なのですか?ユリウス様。アルノルト様は、”笑った”のですよ。両親を理不尽に殺され、妹を殺され、大切な従者を殺され、乳母を殺され、師匠だと思っていた人に裏切られて、いいですか、ユリウス様。悲しんで、後悔して、わたくしたちに八つ当たりしていいのは、アルノルト様であって、ユリウス様。貴方ではありませんわ」


「それくらい。解っている」

「いいえ、解っていませんわ」


「何を根拠に!クリス。お前に、何がわかる!」

「何もわかりませんわ、わかりたくもありませんわ。ウジウジして、自分からやっと行動を起こしたかと思ったら、皆を呼び集めて、何を今さらするのですか?わたくしたちは、アルノルト様の事が知らされた時に、決めました。わたくしも、エヴァンジェリーナ様も、イレーネも、ザシャも、ディアナも、アルノルト様が求めるのなら、わたくしたちの身体で心が壊れないで居てくれるのなら、喜んで差し出すと・・・でも、アルノルト様は、わたくしたちを見て、”笑った”のですわよ。わたくしたちが自分を心配しているのではないかと思って、笑いかけてくださったのですわよ」


 知らなかった。

 知らなかったでは、すますことができない。俺は、何をした。アルに気を使っているといいなが、アルを、俺は、あいつに負けっぱなしで・・・。


 掴まれていた、腕を払う。

 クリスを見ると、こんな切ない顔をさせてしまっていたのだな。俺にしかできない事がある。


「すまん」

「いえ、言い過ぎましたわ」


 クリスの目から流れている物を拭き取る。


「クヌート先生。皆をお願いします」

「わかりました。ユリウス君」

「なんでしょうか?」

「いえ、なんでもありません」


 俺は、今、どんな顔をしている。クリスだけじゃなくて、先生にまで心配させるのか?

 アルと同じ事ができなくてもいい、マネするだけでもいい。心配させるな!


「先生。ありがとうございます。少し出てきますが、夜には帰ってきます」

「わかりました」


「ユリウス!」

「ギル。もう大丈夫だ。俺は、俺にできる事を、俺の権限でやる」

「わかった」


 先生に一礼して、応接室を出ていく。


 目的地は、王城。そこで、カール殿のライムバッハ家投当主としての登録を行い。俺が、後見人になる。


 と、意気込んで、王城に来た。


「後見人は、既に決まっておる。お主が、拗ねていた間に、立候補が多数あってな、その中から決めた」

「誰なのですか?」

「そんな事、お主には関係なかろう、子供のように拗ねて、何もしなかったのだからな」

「父上・・お祖父様も、俺は」


「よい。ユリウスもこうして、目が冷めたのじゃからな。ほれ、これが、立候補してきた者たちじゃ」


 お祖父様から、羊皮紙が渡される。

 そこに書かれてるのは、ライムバッハ家と敵対していた貴族の息子や孫たちの名前だ。


「これは?この中から?父上!本気ですか?」

「何を言っておる。当然の事ではないか?」


 確かにそう言われたら、何も言えなくなってしまう。

 いや、違う。俺は、アルに頼まれたのだ。カール殿をライムバッハ辺境伯にしてくれと!


「父上。わたしに、カール辺境伯の後見人をやらせてください。そのためなら、皇太孫の地位を返上いたします」


 沈黙が・・でも、俺は決めた。


「ハハハ」

「お祖父様?」

「ユリウス。そのリストは、ボツにした奴らじゃよ。裏取りはしていないが、ライムバッハ領を欲しがった奴らのリストじゃよ」

「え?それでは?」

「こちらが本物じゃ」


 同じように、羊皮紙を渡された。

 見知った名前が並ぶ。


「これは?」

「ホルストが、娘を伴って、訪ねてきた。お主が、皇太孫をやめてでも、”カールの後見人になるといいだす”と言ってな、そうなったら時には、この布陣ではどうかと勧められてな。そこに、載っている者たちには、お主が来たら、この人事は有効と伝えてある」

「え?来なかったら?」

「その時には、ライムバッハ領を、王家直轄領にして、辺境伯は取り壊して、カール殿には、法衣貴族として、王都で過ごしてもらう事になっただろうな」

「な・・・それは」

「ギリギリだったな。期限は、明日だったのだからな。よほど強く、ホルストの娘に言われたのだろう」

「・・・はい。でも、俺は!」

「よい。解った。この布陣なら、お主も納得できるか?」

「はい。これ以上求めるのは、俺があまりにも惨めになってしまいます」

「よろしい。それでは、明日。皆を集める」

「はっ」


 一礼して、部屋から出ていく。


 先程渡されたリストを手に握っている。重要書類だが、これは、俺が持っていく事に意味があるのだ。


☆★☆★


カール・フォン・ライムバッハを、ライムバッハ家の当主とする。


ただし、カール殿の年齢が若い事もあり、次の者を後見人とする。


クヌート・アイゼンフート


クヌート・アイゼンフートは、現在幼年学校及び中等部の教師を行っているが、本年度を持って、その任をとく、準備が整い次第、カール・フォン・ライムバッハ辺境伯と、ライムバッハ領での作業を手伝う者とともに、ライムバッハ領に赴き、前ライムバッハ辺境伯の、エルマール、及び、アトリアの葬儀を、カール・フォン・ライムバッハの名で執り行う事とする。

ユリアンネ・フォン・ライムバッハは、カール・フォン・ライムバッハ辺境伯を、命がけで守った功績を持って、王都教会での葬儀執り行う事とする。


以下の者を、クヌート・アイゼンフートに、随員することとする。

ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロート

クリスティーネ・フォン・フォイルゲン

イレーネ・フォン・モルトケ

ギルベルト・シュロート

ザシャ・オストヴァルト

ディアナ・タールベルク


ギード、ハンスの両名は、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロートの従者として随員することとする。


☆★☆★


 俺は、クリスに甘えていたのか?

 アルに甘えていたのか?皆を導いているつもりで、皆に甘えていたのか?


 もう一枚の方は、アルに渡したほうがいいか?

 いや、考えろ。俺では、判断できない。クリスに、先生に、皆に相談しよう。


 寮にたどり着いた。

 俺がまっさきにやらなければならない事は決まっている。


「クヌート先生。それに、みんな。ありがとう。すまなかった」

「何のことでしょう?ユリウス君。さて、みんな揃っています。君は、どうしますか?」


 あぁ先生は、俺を見捨てないでくれている。


「もちろん、アルを殴る。でも、それは、今じゃない!」

「それもいいでしょう」

「はい」


 周りに居る皆が安堵の表情を浮かべている。

 アルだけ・・・いや違うな、俺がダメだったのだ。


「クリス。いいたい事は山ほどあるが、今は全部、飲み込む。そして、今際の際に、全部言ってやるからな。だから、俺よりも、1日以上長く生きろ、他の者もだぞ。いいか!これは、お願いではない。皇太孫としての命令だ!」


 笑い声が漏れる。

 今はこれでいいのかも知れない。


「皆に相談した事がある」


 俺は、渡された”もう一枚”の羊皮紙を見せる。

 最初、クリスが手にとって、ハンスとギードが見てから、ギルが見ている。


「ユリウス。これは?」

「なんでも、ライムバッハ辺境伯の、後見人として、立候補してきた者のリストらしい」


 ギルが、それを聞いて、テーブルの上にリストを広げる。

 皆がそれを覗き込むようにして見る。


「ユリウス様。これは・・・いえ違いますね。どうされるのですか?」

「それを、皆に相談したい。俺は、アルに渡したいが、アルは、やることがあると言っていた、だから、このリストの精査は、俺たちでやるべきだと思うのだが、俺たちには、もっと違うやらなければならない事がある」


 皆が、解っているのだろう。

 リストを見ながら沈黙で答える。


「なぁユリウス。このリストの人物、イーヴォさんに依頼として調べさせる事はできないか?」

「そうね。冒険者に依頼として出すのがいいかも知れないわね」


 ギルの意見に、クリスがのった形になる。

 実際、俺たちでは手に負えない・・・ことも無いが、ライムバッハ辺境伯に関わる事が決定している者が、このリストを調べる危険性は認識している。敵対行動を取られたりしたら、貴族の世界で未熟な俺たちでは、太刀打ち出来ないかも知れない。

 イーヴォ殿には、貧乏くじをひいてもらう事になるかも知れない。


 これは、イーヴォ殿を呼んで話をしたほうがいいだろう。


 それから、細々とした決めごとを話し合った。

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