第8話 ワールドテラス

 宇宙、その世界は主に黒い色で構成されている。光はあるがそれは世界全体の約2割の物質に過ぎない。今、目の前に銀河系が浮かんでいるとしたら、それはどのような部屋か?

 人はそれをプラネタリウムというし、人はそれを宇宙の観測室と呼ぶ人も多いだろう。

 だが、この部屋は違う。

 おそらくこの部屋は、言うなれば神が作りたもうた部屋。ここが、世界と世界を観測する巨大な神殿。ワールドテラス、世界がふりそそぐところだ。


 よしきに連れられるまま入り組んだエクレツェア本部を進み、大きな部屋へ出た。

 まるでドームのようだ。天井には満天の星空、周囲は暗く、第一印象はプラネタリウム。しかし、中央に流れる光の滝が様々な輝きをちりばめながら部屋の中を滞留していることに気がつくと、ここはどうもっと何か別の場所だとわかった。

 マリは太一がその壮大さに気を取られている間に、過去の思い出を思い出していた。それは太一と共に過ごした星空の元の湖。あの時ほど時間が尊く、柔らかで過ぎ去っていくものを知らない。

 そして、それをここでまた感じることとなるとは思いもよらなかった。彼女の脳裏には暖かな感触とレモンの甘酸っぱい味が暖かくよぎった。

 それは太一も同じようだった。

 よしきと共に二人は光の滝に近づくと、前にいた彼が振り返った。

「どうぞ、座ってくれ」

 よしきは指を動かすと床から黒い物質を出して椅子を作った。二人に座るよう促す。己も椅子を作ってくつろぐと、さっそく本題に入った。


「まず、太一がキシヨと入れ替わっていた件についてだが。あれは、入れ替わっていたというよりも、皆が太一は死んだと思い込み、太一がキシヨだと思い込んでいた。といったほうがより正しい」


 太一は尋ねる。

「なぜそんなことをしたんだ」

「お前に起こった現象はフィガーによる凄まじい現実改変だ。それはなんとなくわかるだろ?」

「……一応な」

「だが、それだけじゃお前とキシヨの入れ替わりは起きない。理由がもう一個ある」


 よしきは光を眺めるとうっとりとして、

「輪廻転生、という言葉を知っているか?」

 太一が頷いたのでよしきは続ける。

「まず、言っておかないといけないことがある。お前は太一ではなくてキシヨだということだ。お前は太一と母親から名付けられる前に、キシヨと名付けられていた。だから、キシヨがお前の本当の名前だ」

「そんな馬鹿な……」

● 僕もできればそんなことにしたくなかったけどね。

● 説明するから聞いておくれよ。

 太一はうなだれるが、心のどこかではそんな予感がしていた。

 マリは理解しきれない。

「そんなことが本当にあり得るの?」

 よしきは一つ指を立てて、

「とある物理学者は脳を精密な機械と評し、死ねば機械が止まるのだから死後の世界はありえないと言い、意識だけが外に行くことも輪廻転生もありえないという。しかし、輪廻転生があるとしか考えられない出来事が世界でたくさん確認されているし、とある脳外科医は死後の世界があると語っている。それにだ、その物理学者は良い方向にものを考えれば世界は良い方向に向かうと述べている。しかし、それは科学的に証明されてはおらず、輪廻転生も科学的に証明されていないだけと考えれば、あり得る、と言わざるえない」

 パチン、そこで彼は指を鳴らした。

「だが、お前が生まれる前からキシヨと名付けられる方法は他にいくらでもある。必ずしも輪廻転生であるとは限らないんだよ。詳しいことは、お前の親友に聞いてみないことにはわからんなぁ」

● はい、おれに丸投げした。

 太一は頷くと、

「わかった、キシヨはまだ生きている。ということだな?」

「鋭いねぇ」

 よしきは思わず詠嘆を漏らした。

 マリも太一の鋭さにはたまに驚かされる。

 しかし、そんな彼も時たま心を踏み荒らしたものだ。彼女が悲しんでいること、思い悩んでいること、全てに土足で踏み込む姿は、図々しいというか鈍感というか。

 だが、彼の思考がたまに誰も彼もの追随を許していない時がある。それが今だった。

● どんどんおれの首がしまっているような気がする。

「なんで俺がキシヨについて聞いただけでお前の首が締まるんだよ」

 今はそっとしておいてくれ。


「だが、キシヨは俺かもしれんだろ?」


 よしきの言葉にマリは背中がゾッとした。彼の太一を弄ぶ瞳が、追随を許さないはずの思考からさらに高みからの眺めであることを実感する。同時に頭が否定した。

 マリにとって英雄的な太一の数段上なのならば、彼は一体なんなのか。神とでもいうのか? マリは鼻で笑った。

「嘘はよしてくれ」

 太一が少し怪訝そうな顔をして首を振った。

 すると続ける。

「だが、マリ様が俺とキシヨの入れ替わりに気がついていたことも全くない。それに1年前からと言っていたけど、多分俺たちが入れ替わったのはそのもっと前からだ。そうだろ?」

 よしきはにったり笑って、

「ハハハ、そうだよ。そこまで思い出していたんだね。でも、それ以上はどうだ?」

「微妙、かな」

「まあそれ以上は聞かない。またすぐに思い出すだろうからな」


 カツン、カツン、カツン、カツン。


 すると、無機質な足音がそのドーム内に響いた。その足元から流星や花火のように光に粒子が散りばめられる。そんな幻想的な彼がやってきた。


「お前がそいつをここに連れてきたということは、少しは思い出したということだな」


 よかった、彼が俺の一番信頼の置ける人物だ。

 優しい声だ。一同が振り服と大きなからだの美形な男性がいた。透き通るような肌を持ち、信じられないほどの美しい造形の顔を備える。身だしなみも神々しく、まるで神の国からやってきた王様のようだった。

 特別にもっと描写してあげよう。

 髪の毛も筆のごとく毛並みがいい、がその大量の髪の毛をあらゆる方向にまとめて止めているのを見ると、少々奇抜で彼もまた普通の存在ではないことを表していた。

 彼の持っていた杖が常人には大きすぎるほど丈夫で太く、上部が輪っかが付いていて、それを振り下ろしただけで岩程度なら破壊できそうなほどだ。

 よしきは爽やかな笑顔で彼を眺めると、

「ああ、久しぶりだな、あき。彼は完全に思い出しているよ。自分を白堂太一だと言ったんだ」

「白堂……太一……なるほど、それは興味深いな」

 よしきは太一にも振り向いて、

「ちなみに、さっきの『マリはなんで太一とキシヨが入れ替わっていたことを知っているのか?』ということへの答えだが、それは簡単だ。俺が教えた」

「はぁ?」

 太一は理解が及ばない。知っていてなぜ隠す必要があったのだろうか?

 よしきはその疑問にすかさず答える。

「そもそも、俺がお前の世界に行ったのはお前を迎えに行くためだ。出会ったときに言っただろ? お前がキシヨに影響されたことで異世界に来れるようになったんだ。そして、そのことはマリにも伝えた。彼女も家計を遡れば異世界の人間だ、妙な勘ぐりを起こされてはたまらないからな。黙っててもらうように頼んだわけだ」

 太一はマリを真剣に見つめる。その視線が少しだけ恥ずかしくも感じた彼女は照れながら髪の毛を触る。


「マリ様、それでは連れ去られることも私がここに来ることも知っていたんですね?」

「その通りです、私はあなたに隠し事をしていました。申し訳ありません。それなのに、一緒にいましょうだなんて図々しいことを」

「ま、待ってください! 私は大丈夫ですから、頭を上げてください」


 よしきはどこからか取り出した陶器のパイプを持って、息を吸う。すると、空中に漂う光の粒子たちが螺旋に回転しながら彼の口の中に入っていった。

 それは彼の肺いっぱいを満たし、ストレスを全て抜き去っていくと、体の中で温められた。

 ふぅ〜、と全て吐き出すとよしきはこう切り出した。


「まあ、今のことからわかるようにだ、お前はここに来ることを望まれているわけだ。それもこれもお前がキシヨを探すため。それでいいだろ?」

 キシヨを探す。ようはこれだけだ。

 しかし、そうは言っても太一にはあてがない。

「要件はわかった。だが、どうやってキシヨを探すんだ?」

 よしきは、う〜ん、と唸って、のけぞりながら考えた。

「それは今日で一番難しい質問だねぇ」


 彼はまたしてもパイプから光の粒子を吸い込むと吐き出しながらたち地の前に顔を出して、

「結局のところ、ヒト探しはお前じゃなくてもできるんだよ。それも条件次第では結構簡単に見つかると思うぞ?」

 はぐらかすよしきに太一は震えた。

「それならなおさらわからないな。俺にどうしろと言うんだ?」

「だからここに連れてきた」


 ゴツンッ!


 よしきの声を合図に隣で聴いていた長身の男性が杖で床を強く叩く。

 床が壊れそうだと思いきや、そこから波紋を描くように光の粒子が分散し、部屋中に滞留していた粒子の滝の中に流れ込む。

 すると滝が一瞬、拍動したように響き渡り、あたりの粒子に体の芯にまで響くような影響を与えていた。


「世界列、展開」


 長身の男性が右手で空中をかき回しながら、粒子を操作し始める。凄まじい粒子の流れの中、正座を結ぶように手滝に線が描かれ始めた。

 太一とマリがその光景を見て絶句している間に、よしきは説明を始める。


「ここは異世界の天文施設だ。宇宙に星があるように、異世界は多く散らばっている。とあるところは流れが強く、とあるところは滞留している。そんな世界を我々エクレツェアは接続して、大きくなろうとしているわけだが、そのためには異世界の観測が必要不可欠だ」


 そこまで説明し終えると、光の世界の中に幾つかの線が縦に点をつなぎながら並び始めた。

 よしきは続ける。


「我々はこの装置によって、異世界を探索し、世界中を飛び回る基盤を作っている。さらに、この装置は人を探すのがお手の物だ。どこの世界にいようと、1・5世界以下ならば簡単に探し出せる。だが、この方法では少々限界がある。それが何かわかるか?」


 部屋中に粒子が漂い、その空間はまるで星空の下にいるかのようだ。


「あいつを見つけ出しても、お前たちに会うことを拒否すれば簡単に拒絶できてしまうってところだよ。キシヨがお前たちに会いたいと思われていなければ捜索しても全く意味がないんだ」


 太一とマリは気がついていた。キシヨが彼らの前からいなくなるのだから、彼が二人の前に自発的に姿を表すことはないだろうということを。

 よしきは続けた。

「だからお前らが直接会いにいく。そうすれば否が応でも会わざる得ない」

 アキがそのあらゆる方向にまとめた髪の毛を揺らして、

「そのためにお前は強くならなれけばならない。というわけだ」

 よしきも光の粒子たちに手をかざした。

「まあ任せておけ。ここは異世界の観測所。ワールドテラス。世界が降り注ぐ場所だ」







 引っ越しした方がいいかもしれんさね。

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