第4話 来客したのは電車の車掌さん・・・・・・・ザザザザザザザ、物語に介入されています。直ちに対応してください。

 そんな時、眠りこけていたのは詠嘆のエクレツェア、よしき。

 彼は黒のこの上なくうるさい格好で立派な書斎の机の前に座っていると、心地の良いとは言えない振動で目が覚めた。

「な、だん、だだだ、じしんか?」

 えらく寝ぼけ眼で部屋を眺めるが、この部屋はまるで揺れているものがない。太一の部屋とは違ってしっかりとした防災設備が整っている。

 彼にはゆりかご程度の揺れに思たであろう。


 しかし、書斎の外は騒がしい。


「だれだー! こんな馬鹿力で門を叩いてる奴は!」

「また赤毛族がなんかしてるんだろ! こらターニャ!」

「その名前で呼ばないでくださいっす! それに私じゃないっすよ!」



 よしきは目をさますと大あくびをして隣のコーヒーを——

「目が覚めた? おはよう、よしき」

「ああ、おはよう。マナ」

 ……?

 すると彼の耳のそばで優しく囁く女性の声があった。

 女性は美しかった。汚れというものが一つもない無垢な存在。

 彼女は透き通るような美しいロングヘアーを重力の法則に従わせながら、よしきの書斎を歩き回り始めた。

「へー、いつもこんな部屋で仕事をしているんだ」

「ああ、そうだよ」

「でもあれでしょ? ここってあそこに似てるわよね? たしか、中学校の頃に面接の練習をした校長先生の部屋」

「ああ、確かにそうだよ」

「ふふふ、楽しいわね」

「ああ、楽しいよ」

 よしきにしては適当な答え方だ。全てに、ああ、がついていて、まるで心がその場にないかのようだ。

 マナ、彼女は一体何者なのか。その決定的な答えを彼女が言った。

「いやん、語り部さん。そこはまだ秘密でいいでしょ?」

 ● ……正直言って、俺もあんたのことをよく知らないんだよ。

 ● 何者なんだ?

「教えて欲しい?」

 ● 是非ともね。

「じゃあ、ちょっと待ってね」

 そう言うと彼女は何かを語り始めた。

「詠嘆のエクレツェアよしきは、目の前に知る優しい女の子を描写し始めるのです」

 何ぃ?


『ああ、美しい彼女。私の最愛の彼女は私にとってこの世の全てだ! 君がいればこの世なんてただの箱にすぎない! 私たちは一緒に暮らしていくのだ!』


 ● と、よしきがもうしたわけですが……これはいささかやっかいだぞ?

 ● まさか、詠嘆のエクレツェアの言動を操ったとでもいうのか?

 ● 語ればその通りになる語り部の私にすら不可能だというに。

 ● ……ああ、前から知っているよ。

 ● 君はよしきの彼女なんだろ?

「ええ、その通りよ」

 ● 異世界最強の男を完全に虜にしているわけだ。

 ● よしきはたとえ女にだって隙を見せないはずなのに。

「それはあなたが恋をしたことがないから言えるのよ。私たちは絶対に途切れない運命で結ばれているのだから、これくらい当たり前のことじゃない?」

 ● 確かに、君が可愛いのも美しいのも認めてあげよう。

 ● だがね、君が脚本に介入できるほどの能力者だってことがわかった。

 ● それはつまり、君がよしきをエクレツェア最強にした、ということだろう。

 ● 違うかね?

「さあね、またね〜」

 やっかいだな。よしきがこの物語を持ちかけてきたはずなのに、そのよしきを操る人間がいるとなると……

 ● 大丈夫かよしき?

「ふわあああああ、まあ気にするな。ずずずずず」

 大あくびをしてコーヒーをすすったわけか。いいだろう、お望みなら進めてやる。

 よしきは眠たそうに頭をかきながら指でドアを手招きする。

 するとひとりでに扉が開いた。

「メアリー、どうやら客人が俺を訪ねて門を叩いているようだが、当てて見せようか?」

 すると3秒ほど後にブロンドで短髪の美しいOLが現れた。メガネ姿が刺激的で、泣きぼくろに魅力の黒を讃えている。

 彼女はため息をつくと、

「毎度毎度私が尋ねる3秒前に扉を開けてくれてありがとうございます。お客様が来ていますよ。あなたがおっしゃるであろうお方です」


「失礼する」


 すると、招かれるまでもなくズカズカと書斎の中にガタイの良い男が入ってきた。帽子から靴まで軍服のような身なりはよく見ると清潔で勲章もなければ腕章もない。

 彼は軍人ではないのだ。しかし、身なりからはいかついイメージを与える。

 40代ほどのその男性は黒い髭を蓄えて、日で少し焼けた小麦の肌にごつごつとした後を残し、文句があるのかと言いたげだ。

 よしきは少し楽しそうに、

「いや、文句はないんだが、大層馬鹿力で門を叩いてくれやがって。電車の車掌ってのはそんなに力仕事だったのか?」

 髭面の男は帽子を脱いで鼻で笑う。

「それは石を運んでいたからだ。そんなことより、一ヶ月前に頼んでいた仕事の話だが、期限は2週間前にとっくに過ぎている。お前らしくないじゃないか。仕事が遅れるのは信用問題だぞ?」

 よしきは椅子の上に左ひざを立てて、顎を触りながら、

「お前は編集者かなんかか? 要するに催促に来たってわけね」

 しかし、今の彼はそんな話に興味がなさそうだ。今にも口笛を吹きそうな表情で空を眺める。

 髭面の男はよしきの机に肘をつき、膝で座ると目線を合わせてきた。

「話を戻そう。我々エクレツェアターミナルの車内マナー向上計画について、発想屋のお前の力を借りたいと言っているんだよ」

「話をそらそうとする前に話を戻すんじゃねぇよ。今、かぼちゃプリンの話しようと思ってたのに」

 よしきの言葉を無視して話を続ける。

「我らエクレツェアターミナルは様々な客人を乗せて運ぶ仕事だ。そこには100パーセントの愛情が求められる。つまり、誰も傷つけず、守り抜かなければならない」

 よしきは髭面の男に顔をずいっと近づけて、

「何言ってるんだ。乗客保護率100パーセントのおたくらがこれ以上マナーを向上させる必要もないだろよ」

 髭ヅラの男はさらに顔を近づけて、

「お前も知っての通り、人間というのは常に100パーセントは無理だ。我らとて、客は守り抜いてはいるが、己の傷は絶えない。乗客を守り抜くというのならば、駅員も皆無事でないと困る」

 よしきは髭ズラの男の顔の至近距離まで顔を近づけ、寄り目がちで言った。

「それはわかっている。だが、後少し待ってくれ。もう少しでいい案が思いつきそうなんだ」

 すると、髭ズラの男は立ち上がって顔を引き離した。

「いいだろう。しかし、後一週間しか待てん。それまでに用意しろ」

 そういうと部屋を立ち去って行く。

 よしきはそれを呼び止めて、


「後三日」


 彼の足が止まる。

 よしきはこう呼びかけた。

「後三日だ。キューゴよ。お前に言われるまでもなく準備は進めていた。資料はその時に届ける」

「承知した」

 そう言い残すとキューゴは書斎を出て行った。

 メアリーがつぶらな瞳で提案する。

「やはり、あなた一人で仕事を抱えすぎではないでしょうか? 自営業ではないのですから、もう少し周りに仕事を回しても良いのでは?」

「すまん、俺もプロの経営者じゃないんだよ。キューゴは古い知り合いだからな、俺の手でやりたい。そこにはやっぱりエンターテイメントを追求したいからな」

 彼女はため息をついて「コーデルさんがいてくれて良かったですね。彼の力なしではあなたはとっくに過労死してますよ」

 よしきはその発言を鼻で笑うと関西弁で、

「アホ言え、コーデルが俺より経営者に向いているのはわかるが、月60時間働いたくらいで死んでたまるか」

 するとメアリーは手帳を取り出して、

「確かに勤務時間ならそうですが、プライベートでもあなたの頭は仕事のために動いているようです。脳波を測定した結果、月に130時間。これではホワイト企業と言われる立場がありませんねぇ」

 それを聞くとよしきはうんざりして「はぁ、まじかぁ」

 メアリーは手帳をめくる。

「今日のスケジュールをお伝えします。午後から会議・会議・会議・会議」

「そんなの嫌だわ、ぶっとばすぞお前」

「はいはい、ハラスメントハラスメント。次は午後四時からカウンセリングと診療。それで今日の仕事は終わりです。あと、コーデルさんが呼んでいます」

 よしきは目の前で手を組んで、

「場所は?」

「中央会議室です」

「行ってくる」

 その瞬間、よしきは黒い煙を少しだけ残してその場から消えてしまった。

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